出会ったその日に恋に落ちた30代の女性ふたり。彼女たちの前には、恋や仕事、家族のことなど考えなければならないことが山積みで――。ときめきとほろ苦い思いが交差する大人の女性同士の関係を描いた志村貴子さんの『おとなになっても』が待望の実写ドラマ化! それを記念して、志村貴子さんに実写化への思いやご自身の創作について伺いました。
Huluオリジナル「おとなになっても」あらすじ
ダイニングバーで出会った小学校教員の大久保綾乃(山本美月)とその店で働く平山朱里(栗山千明)。初対面ながらも意気投合したふたりは、そのまま一晩を共に過ごす。キスをして、再会を約束するふたりだが、綾乃には夫が居た。自分の気持ちに整理が付かない綾乃は、夫の渉(濱正悟)に「気になる女の人がいる」と告げる。
――ドラマ化おめでとうございます!
志村 ありがとうございます。
――2話目まで観せていただきましたが本当に素敵でした。序盤、主演の山本美月さんが教室に入ってくるシーンが本当に綾乃ちゃんで、栗山千明さんも本当に「朱里ちゃんがそこにいる!」という感じで。まずは、このキャスティングを聞いた時の感想をお聞かせください。
志村 すごい! ぴったり! と思いました。周りからも「めちゃめちゃ合ってるじゃん」と驚かれたぐらいです。うまくキャスティングしていただきました。
――脚本に関して、「こうして欲しい」「ここだけは守ってほしい」といった要望を伝えられたりは?
志村 こちらから事前に何か伝えるといったことはなかったですね。プロットや脚本を送っていただいて、「ちょっとこれは流れ的に自然じゃないかも」とか、「こういうセリフは言わないかも」といったことを、ちょこっと訂正していただいたりはあったんですけど、そういうのも全部汲んでいただいて。
――そうだったんですね。志村さんが描かれる光や空気って、柔らかくてふんわり明るく、春の木漏れ日のイメージがあるんです。でも、映像を観ると、夜のシーンが、当たり前ですけどすごく夜で、街の明かりの玉ボケがふわっと入ったりして。こういう朱里ちゃんと綾乃ちゃんもいるんだなと思って、それがすごく新鮮でした。
志村 それ、私にもちょっとありました。マンガでしか表現してこなかったことを実写でどう表現するかは、想像するしかなかった訳ですが、実際に映像として完成されたものを観ると、全てがより明確に、具体的になって、「こうなるんだ!」という新鮮な驚きがありました。
――志村作品の春の木漏れ日部分を、エンディングの海の映像が担っているのかなと思ったりして。そこに、スタッフの方々の志村作品愛を感じてジーンとしました。
志村 エンディング、すごく素敵でしたよね。私もほろりとしてしまいました。
――ネタバレにならない範囲で、印象に残ったシーンなどあればお伺いしたいです。
志村 全てというか、綾乃が教室に入っていくような何気ない動作ひとつ見ても感極まってしまったというか。自分のマンガは全部ふわふわしているんですけど、生身の人が演じてくださることで、「この子たちは本当にいたんだ」と実感させてもらえたのが大きかったです。あと、内容とは関係ない話なんですけど、自分が書いたセリフを生身の人が話すのを改めて聞いて、「結構、恥ずかしいことを言わせてるな」「今からでも変えたい!」とか、そういうことをずっと考えていました。
――実写化やアニメ化の際に俳優さんや声優さんが話す、ご自身の考えたセリフを聞いて、「うわー!!」となるマンガ家さんのお話は何度か伺ったことがあります。
志村 アニメ化していただいた時も、気恥ずかしさみたいなものがあったりしたんですけど、実写化はより現実的になるので、なかなか難しい時間でしたね。対峙しなきゃいけない時間と言うか。恋愛系の作品ってすごく素敵なんですけど、照れくさい部分もあって、それが自分の描いた作品となると余計に、「こんなこと言うかな? 現実で。言わない、言わない」となってしまう。それを素敵に表現してくださるプロの俳優さんは本当にすごいと思います。様になりますよね。
――たしかにですね。一見ゆるふわな綾乃ちゃんのミステリアスな魅力や、今まで辛い恋愛をしてきた朱里ちゃんが最初は警戒している感じが様になっていました。綾乃ちゃんが朱里ちゃんを押し倒すシーンも印象的で。栗山さんがパッと目を見開いて「きゅるん」って表情になるところで、「それ、マンガのきゅるんと同じヤツ!」ってなりました。
志村 原作を読んでくださってる方には、そこを楽しみにしていただきたいです。「お二方ともすごく可愛い表情してるから見て!」みたいな。
――最後まで観るのが楽しみです。志村さんはもう最後までご覧になったんですよね?
志村 はい。でも、観るのにすごく緊張したんです。物理的に離れて観たぐらい。
――画面から距離を置いて?
志村 近距離で観れなくて、部屋の一番遠い所から観ました。撮影中の見物人みたいな感じです。「なんか撮影やってるぞ」みたいな。
――その様子を想像してしまいます。実際の撮影現場には行かれたんですか?
志村 タイミングが合わなくて……。貴重なチャンスをどぶに捨ててしまいました。
――その他のキャスティングについてもお伺いしたいです。原作では、グイグイくるタイプの義母・依子と綾乃の微妙な関係も描かれていて、ドラマではそれを麻生祐未さんが演じていらっしゃいました。
志村 原作の依子はふくよかでちょっと図太い感じですが、麻生さんには線が細いイメージがあったんですね。それで、「美しすぎない?」「たおやかすぎない?」と思ったんですけど、素晴らしく演じてくださって。
――渉役の濱正悟さんを取材した「CREA」編集部から、撮影現場の雰囲気もとてもよかったと聞きました。現場で対話を重ねながら夫婦の形を作り上げていったそうで、作品にかける愛がスタッフの方も、演者の方にもたくさんあったんだなと。
志村 ありがたいです。依子と渉のシーンは、親子の会話が本当に自然で、つい自分が書いたセリフだということを忘れて観入ってしまいました。
――大人になってからの恋愛のお話なので、仕事や家族を巡るリアルな困りごとも盛り込まれていますもんね。そんな作品が完結したのが2023年で、それから2年経ちましたが、改めて思うことはありますか? たしか連載当初のコピーが「胸騒ぎの大人百合」だったかと思うんですけど。
志村 描いている時はいっぱいいっぱいでしたし、すぐに次のお仕事が始まったりしたので、しみじみ振り返る余裕があまりなくて……。そうですね、読み切りや同人誌で、大人同士の女性の恋愛も描いたことがあったんですけど、長編は初めてでしたし、長編作品ならではの難しさがありました。もちろん、短編には短編の難しさがあるんですけど。
――主役のふたりが活き活きとしたキャラクターであればあるほど、物語はどこまでも続けられる訳で、どの時点で締めくくるかは相当難しそうです。原作に関しては、いつぐらいに「ここを着地点にしよう」と決めてらっしゃったんですか?
志村 当時のことは本当に記憶になくて、何を考えていましたっけ? という感じです。
(編集 「物語をどう閉じるかというのは結構、直前に決まったにもかかわらず、クライマックスのネームをいただいた時は、展開が見事で『天才!』と思った記憶があります」)
――確かに最終回に絡むあのキャラクターは、直前で都合よく登場したキャラクターではなく、数巻前に登場しましたよね。
志村 遠投したボールを、「そろそろ、あの辺りに落ちそうだな」と、拾いに行くようなやり方で、その都度、描いているんです。「未来の私に期待!」って感じで。
――それは、ご自身を信頼していらっしゃるということでしょうか?
志村 その場しのぎじゃないですかね? そういう生き方をしてきて、それが仕事に出てしまっているという感じがしないでもないですけど。
――とても素敵な締めくくり方でした。綾乃と朱里の関係がこの先どう変化していくかは分からないけれど、個として地に足着いているふたりだから、これから先もいい距離感で関係が続いていくんだろうな……とふたりを見送るようにして本を閉じました。その後も余韻が続いて。
志村 そう言っていただけるとありがたいです。読んでくださった方が物語を補完してくださるので、「いいの?」と思いながら、それに甘えるやり方で続けてきたなと思います。
志村貴子(しむら・たかこ)
1973年、神奈川県生まれ。1997年『ぼくは、おんなのこ』でデビュー。代表作『青い花』『放浪息子』はテレビアニメ化された。2015年、『淡島百景』が第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。2020年、『どうにかなる日々』のアニメが劇場公開。その他、『こいいじ』『娘の家出』『敷居の住人』『ハツコイノツギ』など、著書多数。2025年、『おとなになっても』が自身初の実写ドラマ化。
文=山脇麻生
写真=末永裕樹