3月27日から4月6日まで上演された、玉田企画2年半ぶりの新作『地図にない』。作・演出を手がける玉田真也の故郷である石川県でのフィールドワークを通じてつくられた本作は玉田企画の新境地を拓き、映画監督やお笑い芸人などさまざまなゲストを招いたアフタートークも盛り上がりを見せた。終演後は4月9日(水)より配信も開始される。
そんな本作を考えるうえで欠かせないのが、日ごろ自身の劇団でも劇作家・演出家として活動するふたりの俳優、石黒麻衣と金子鈴幸の存在だ。玉田と石黒と金子、現代演劇のフィールドで活躍する三者は、どのようなコミュニケーションを重ねながら本作に臨んだのか。
──『地図にない』に出演された劇団普通の石黒麻衣さんとコンプソンズの金子鈴幸さんは普段劇作家・演出家としても活動されていますが、今回玉田企画に参加してみていかがだったでしょうか?
金子鈴幸(以下、金子) 僕は客演で出演する機会自体少ないですし、台本が完成している状態から参加することが多かったので新鮮でした。僕も自分が書くときは今回のように稽古しながらつくっていくことが多いのですが、こうしたプロセスに俳優として参加するのは面白かったですね。普段は台本がない状態で稽古してるとみんな不安になってしまうんじゃないかと思っていたんですが、いざ俳優として参加してみると、この先どうなるのかワクワクする気持ちもあるんだなと感じました。
石黒麻衣(以下、石黒) 今回ご一緒してみて、玉田さんは演出も脚本も守りに入らないのがすごいなと思いました。私も稽古しながら書いていくタイプではあるんですが、一度書き始めたら大幅に変更することはないんですよね。ただ、玉田さんは稽古を通じてガラッと方向性を変えることも厭わない。その勇気が本当にすごいと思います。
玉田真也(以下、玉田) 劇作家・演出家だから進め方を相談するというより、ふたりは俳優として十分面白いですし、あくまでも俳優として接していると思います。もしかしたらそのうち「ここどうしたらいいかな」と言い出すかもしれないですけど……(笑)。
金子 そのときは気兼ねなく言ってください(笑)。
──みなさんは日ごろからさまざまなカルチャーに接していると思うのですが、最近注目されている映画や番組、音楽などはありますか? 稽古の前後などで話したりすることもあるんでしょうか?
金子 稽古終わりにみんなでご飯を食べたときは、みんなに「timelesz project」(timelesz・旧Sexy Zoneの追加メンバーを決定するオーディション。通称タイプロ。Netflixにて配信)を布教してましたね(笑)。個人的には、最近昔の映画のリマスター上映が多いので、映画を観に行くことが多いです。デビッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』とか。いまも伊丹十三のフェアをやっていて、『マルサの女』をちょうど昨日観てきました。
玉田 そうなんだ。映画だと僕は黒沢清をよく観てて、『蛇の道』とかを新文芸坐で観ましたね。毎月やってるんですよね。
石黒 逆に私は最近ぜんぜん観れていないですね。映画を観るとその作品で頭がいっぱいになってしまって。消化するまで時間がかかるので、目の前に作品に取りかかれなくなってしまうんですよ。
金子 僕は石黒さんと真逆かもしれないですね。作品をつくっているときは、いろいろな映画を観たり本を読んだりしてしまいます。2行くらいの文章のためだけに資料を買ったり、近いジャンルの作品を手当たり次第に観てみたり。
石黒 つくっているときに観ると作品に集中できなくなりません?
金子 実はそうなんですよ。一応参考になるかもと思って観るんですけど、結局頭に入ってこなくて途中で止めることも多くて。ほんとに意味あるのかな? と思いながら観てますね(笑)。
石黒 どんどん頭の中に入ってきてしまって、書いている作品の文体も引きずられてしまうんですよね。だから最近はスイスの風景の映像みたいな、影響を受けにくいものしか観ていません(笑)。
──そんな石黒さんが演劇に取り組むうえでなにかの作品から大きな影響を受けたことはあるんでしょうか?
石黒 演劇を始める前にたまたま深夜の再放送で観た佐々木昭一郎の『四季ユートピアノ』という映像作品ですね。ドキュメンタリーのようなタッチで撮られた作品なんですが、ストーリーもあって、現地の人が演技もしてるんですが、あらゆる動作があまりにも自然すぎてドキュメンタリーなのかフィクションなのかわからなくなるんです。これくらいリアルなものを演劇で再現できたらと思っていました。
金子 前も話してましたよね。40年以上前の作品だからぼくもまだ観れてなくて。
石黒 幻想的なシーンとリアリズムに満ちたシーンが両立されていて、すごく面白いんですよ。この作品がきっかけとなって演劇を始めたわけじゃないんですが、ことあるごとに思い出す作品ですね。
──最近は映画やテレビだけでなくYouTubeなどでもさまざまなコンテンツが発信されていますが、YouTubeを観ることも多いですか?
金子 めっちゃベタに、ラランドのYouTubeチャンネルやNOBROCK TV(「佐久間宣行のNOBROCK TV」)を観てしまいますね。
玉田 僕はさらば青春の光のYouTubeを全部観てます。メインチャンネルだけじゃなくて「裏さらば」ってサブチャンネルとか個人チャンネルまで観てるんですけど、どれも面白くて。五反田のビルにある事務所に毎日仲間たちが集まって、中学生が部室でふざけ合っているようなテンションで面白いコンテンツがポンポン上がってるのがいいんですよね。こういう生き方ってすごいなと思って。
金子 たしかに、サブチャンネルとかの方が観ちゃいますよね。ぼくもきちんと企画された動画よりも、NOBROCK TVのサブチャンネルでみんながメシ食ってるやつみたいなのが好きなんですよ。それぞれがお気に入りの松屋の食べ方を紹介する動画とか、めちゃくちゃ美味そうで。
石黒 そんなのあるんですね(笑)。
金子 ドレッシングを混ぜてかけて食べるのとか、実際にやっちゃいましたから。めっちゃ美味かったですよ(笑)。
石黒 私は中川家のYouTubeを観たりしますね。中川家のコントが好きなので、YouTubeで観れるのが嬉しいんです。
──映画やYouTubeはある意味演劇の仕事ともつながるものだと思うんですが、ほかにも趣味はあったりするんですか?
金子 それがないんですよね……。趣味をつくろうと思って去年山に登ってみたんですけど、いま登山ブームだからケーブルカーに乗るのも2時間待ちとかで。結局行かなくなってしまいました。
玉田 疲れて脚本を書けないときとかテンションが乗らないときとか、本当は趣味があるといいんだろうなって思うよね。そういう時はどうしてる? 今日は休もうと思っても、休むって何するんだっけ? と思っちゃったりして。
金子 寝るか、銭湯行くか、友達と会うかですかね。
石黒 私も友達に会ってご飯を食べるくらいです。本当に頭を空っぽにしたいときは、脱出ゲームをやってます。
玉田 脱出ゲーム?
石黒 はい。スマホアプリで遊べるやつがあって、一時期やりすぎてほとんどの謎を解いちゃいましたね。作家さんごとの作問スタイルまでわかるようになっちゃって。
金子 ストレスが溜まったときとか追い詰められたときとか、意外といいのかもしれないですね。
玉田 オードリーの若林さんもラジオで言ってたよね。映画とかを観ると結局考えてしまって疲れがとれないから、頭の別の部分を使う作業をしたほうがスッキリするって。
石黒 でも、私の場合は脱出ゲームにハマりすぎて、どんどん速く脱出できるようになってしまったせいで、かえって頭が休まらなくなってしまいました(笑)。
──みなさんはほかの劇団の作品をチェックされる機会も多いと思うのですが、影響を受けた劇団もあったりするのでしょうか?
金子 ずっと好きなのは大人計画ですね。圧倒的に速度と密度がすごい。演劇を観るときって時間を気にしてしまうことも多いんですけど、情報量がすごいから一切時間を気にすることがなくて。ほかの劇団なら、去年浅草九劇で上演されたヒトハダの番外公演『杏仁豆腐のココロ』が面白かったですね。脚本ももちろんいいんですが、舞台上で実際にご飯をつくったり食べたりしているのがよかったというか、強度を感じさせられました。
玉田 僕の場合はナイロン100℃ですね。笑いの要素と人間ドラマの要素のバランス感覚がすごく気持ちいいし、リズム感もすごく面白い。とくに『噂の男』という作品は芸人さんの舞台裏を描いた作品なんですが、芸人さんたちが主人公だからツッコミとかも自然でいいんです。最近観た作品だと、ウンゲツィーファはずっと面白いですね。毎回新作を観れているわけではないんですが、(ウンゲツィーファの主宰を務める)本橋(龍)さんの感情と作劇がめちゃくちゃ密着している感じがして。自分にはない要素なので、すごく面白いです。
石黒 私も大人計画さんは本当に好きですね。あとは自分が演劇を始めたきっかけが劇集団「跛行舎」を主催されている方のワークショップだったんですが、その影響はいまでも受けています。その劇団は全員が面白いと思える作品ができるまで絶対に新作公演を行わないんですけど、そのストイックさがすごいなと。あとは城山羊の会も、大きな声を出したり派手な演出があったりするわけじゃないのに、お客さんの集中力が途切れないような作品をつくっていて、本当に素晴らしいなと思っています。
──いまも多くの劇団が面白い作品をつくっている一方で、こまばアゴラ劇場が閉館するなど、東京の演劇シーンには変化も起きていますよね。
金子 青年団の影響は大きいなと思います。ある意味青年団が王道として機能していたけれど、いざなくなると野良の人が出てくるしかなくなってくる。他方で名古屋から「優しい劇団」という若い劇団が1日だけ稽古して無料カンパ公演を野外で行うような活動を展開しているなど、オルタナティブな動きも活発になっていくような気もしています。
玉田 僕が青年団に入ったときは、岩井秀人さんや松井周さん、柴幸男さんなど、少し上の世代の方々が注目されていて、なんとなくメインストリームっぽいものがつくられてたんですよね。だからぼく自身も頑張ろうと思えていたけれど、いまは当時ほどわかりやすい流れがないかもしれないですね。みんなが同じ作品を観ているような状況が生まれづらくなり、「共通言語」が失われていくと、個々の劇団がそれぞれ頑張っていかなければいけなくなる。演劇を取り巻く状況はこれから変わっていくのかもしれません。
玉田真也(たまだ・しんや)
1986年、石川県生まれ。劇団「玉田企画」主宰。演劇のみならず映像作品も手がけ、2019年には『あの日々の話』で初監督を務める。2020年、テレビドラマ『JOKER×FACE』(フジテレビ)の脚本で第8回市川森一脚本賞受賞。本公演『地図にない』は玉田企画として2年半ぶりの新作。待機作として、監督を務めた映画『夏の砂の上』が2025年7月4日全国公開予定。
石黒麻衣(いしぐろ・まい)
茨城県生まれ。独自の会話における間と身体性によって醸し出される緊張感を特徴とする“劇団普通”を主宰。俳優業やドラマの脚本など、活動の幅を広げている。4月25日に初日を迎える、惚てってるズ 第二回公演『惚て並み拝見』にも作演出として参加。5月30日(金)〜6月8日(日)に劇団普通の本公演『秘密』を予定している。
金子鈴幸(かねこ・すずゆき)
1992年、東京都生まれ。2016年コンプソンズを旗揚げし作演出を務める。2024年『愛について語るときは静かにしてくれ』が第68回岸田國士戯曲賞最終候補作品に選出。舞台のみならず映画『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』、ドラマ『ちはやふる-めぐり-』などの脚本も担当、俳優としても出演が続く。7月に新作公演を予定している。
文=石神俊大
写真=深野未季