「銀行口座にお金がドンと…」サカナクション・山口一郎に命じられカトマンズへ。旅嫌いの古舘佑太郎が“過呼吸”や“蕁麻疹”に苦しめられた旅路を語る

  • 2025年4月4日
  • CREA WEB

 多様なスタイルの旅が浸透した今、書店にはありとあらゆるタイプの旅行記が並んでいるが、ここまで後ろ向きな旅行記は他にないのでは?

『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』は、10代の頃からミュージシャンを生業としてきた古舘佑太郎さんが32歳でバンドを解散。人生に行き詰まったなかで、先輩ミュージシャンのサカナクション・山口一郎さんに「カトマンズに行け!」と命じられ、日本から追い出されるようにアジア9カ国を旅した記録だ。

 潔癖症で旅嫌いの彼が、初めてのバックパッカー旅で悪戦苦闘。トラブルに次ぐトラブルに翻弄されながらも必死で旅を続ける姿に、ページをめくる手が止まらなくなる! 旅先での行き場のない叫びが聞こえてくるような、エモーショナルでライブ感溢れる旅行記を書き上げた古舘さんに、今回の旅について話を聞いた。


数日後、銀行口座にお金がドンと振り込まれて


古舘佑太郎さん。

――そもそもの旅に出るきっかけは、サカナクションの山口一郎さんですよね。

 そうです。山口一郎さんと出会ったのは、かれこれ10年以上前。The SALOVERSって僕の最初のバンドの曲を気に入ってくれて、そこからなにかと応援してくださるようになったんです。僕が2度目に組んだTHE 2というバンドのラスト3年間は、プロデュースもしていただいていました。なので、THE 2が解散することになったとき、真っ先に報告に行ったんです。怒られるだろうなーと覚悟してライブ前の楽屋に会いに行ったら、開口一番「カトマンズに行け」と言われて、エッ?って。最初は意味がわからなかった。

 当時の僕は、カトマンズがどこにあるのかも知らなくて、オーストラリアにあるのかなと思ってたぐらいなんですよ。ひとまず、適当に返事して、一郎さんが忘れるのを待とうと思ってたんです。でも、ライブの後もガッツリその話になって。「とにかく俺の金で行け。自分の金で行ったらお前は自分の興味のあるところへ行って、楽をするのが目に見えてる。それじゃあダメだ。人の金で行きたくないところに行け」と言われて……。数日後、銀行口座にお金がドンと振り込まれていて、逃げられなくなった(笑)。

――山口さんも相当エキセントリックです(笑)。当時の古舘さん自身の状況としては、バンドが解散して目的を見失っていたような……?

 目的を見失うというより、もう、ここらで終わってもいいかな?ぐらいの心境でしたね。18歳でCDを出して、32歳まで10年以上も音楽にしがみついてきたけど、思うような結果も出せず、結局2度目のバンドも解散させてしまった。もう引き際だ、きっぱり音楽をやめよう、人生リセット!ぐらいの感じでした。

――そこから旅に出るまでは早かったんでしょうか?

 バンドの解散ライブが2024年の2月22日にあって、3月1日に日本を出発したので、かなり早いですよね。というのも、本当に行きたくない旅だから早く終わらせたかったんですよ。どのみち行かないといけないなら、早く出たら早く帰れるからって。バンドが終わって最速の3月1日の飛行機のチケットをとって、あれこれ考える暇もなく、あわてて準備をして飛行機に飛び乗りました。

「深夜特急」も「沢木耕太郎」も知らなかった


旅を共にしたNORDKAMM製のバックパックと。

――バックパックの旅自体はめずらしくありませんが、潔癖症で旅嫌いのミュージシャンが、口座に旅費を振り込まれて有無を言わさずカトマンズに飛ばされるって絶対ない。その設定だけでおもしろすぎます!

 いや、おもしろいと思う時点で僕よりすごい、旅の上級者ですよ。僕は旅自体、もともと本当に興味がなくて。バンドのツアーで日本はあちこち行きましたが、それは仕事だし、他のメンバーはツアーのついでにご当地のものを食べたり、散歩したりを楽しんでるけど、僕はそういうのもまったくしない。一度だけ18歳のときにひとりでニューヨークに行きましたが、雪がすごくて英語も喋れないし、一週間ホテルの部屋にこもってました。本当に失礼なんですけど、あまりに旅に縁がなかったので、「深夜特急」という言葉も「沢木耕太郎」さんという人物も知らなくて。そんな人間なので、最初は「早く帰りたい」しかなかったです。

――実際、古舘さんはタイに着いて早々、不安に駆られて注文した料理も食べずにレストランを飛び出したり、過呼吸になったり。本当にカトマンズまで辿り着けるの?とヒヤヒヤさせられます。

 やっぱり初っ端がピークでしたね。僕的には最初はSNSでも「ちょっと旅に出てきます」という感じに書いていて、行き先も書かなかったし、最悪一週間で帰ってもいいぐらいの逃げ道を作ってたんです。なんなら逃げ道が僕の唯一の帰り道だと思っていて。でも、バンコクに入った初日の夜、一郎さんが生配信番組で僕が2カ月間のアジアの旅に出たことをバラしちゃった。ここから2カ月は絶対に帰れない。終わった……って、退路が断たれた閉塞感がヤバかったですね。

毎日とんでもない蕁麻疹が出続けた


「もし最初にインドに行ってたら、すぐに逃げ帰ってた」

――そんな状況にもめげず、タイからカンボジア、ベトナム、ラオス、中国、バングラデシュ、そしてカトマンズのあるネパールから、さらにインド、スリランカへと、激闘の旅を続けていきます。アジア9カ国をめぐることも最初から決めていた?

 いや、出発する前はタイからカンボジアに行くことしか決めてなくて。そもそも最初はインドからネパール入ろうと思ってたんです。でも旅に詳しい人に「いきなりインドはやばい。お前じゃ絶対ムリだ」って言われて、まずタイに入って、ネパールめぐってインドに行く逆のルートに変えました。これが結果的に良くて、もし最初にインドに行ってたら、絶対にカトマンズにも行かず、すぐに逃げ帰ってたと思います(笑)。

 飛行機はとりあえずタイと日本の往復チケットと、タイからカンボジアのチケットしかとってなかったので、旅程はまっさらでした。タイに着いてからどうしよう?って。とりあえずバンコクから逃げたくて、サメット島というリゾート地に行って、そこでちょっと奮起して、飛行機をやめて陸路でカンボジアに入ろうとしたら、今度はビザが必要になって大使館に何度も通うハメになって。やっとの思いでカンボジアに行ったら行ったで……。

――アンコールワットツアーが肌に合わなすぎて体調が悪くなったり、午前4時にプノンペンに着いてゴッサムシティのような街を彷徨ったり、欲しくないネックレスを買わされてしまうくだりは、失礼ですが笑ってしまいました。

 今思えば笑い話なんですけど、そのときは「逃げ出したい」しかなかったですね。とりあえず隣のベトナムのホーチミンに逃げて、調べたら統一鉄道という列車でベトナムを横断してハノイまで行けるから、それでハノイに行って、バスで死の陸路といわれるラオスへの国境を越えて――。着いた先でこの次どうしよう?って調べながら行き先を決めていた感じでした。

――そんな旅の経験値を重ねて、潔癖症だった古舘さんもいつしか手を洗わず素手でダルバートを食べるまでになります。

 潔癖症って精神的なものだと思うのに、抵抗感なのか、最初は毎日とんでもない蕁麻疹が出続けたんですよ。今思えば、自分の中の毒を出してたようなものなのかもしれない。体が適応するため、僕が変化を遂げるために必要な過程だったのかなと思います。体って不思議ですよね。

取り返しがつかないぐらい自分のことが認められない状態だった


「行かされてる旅」が「自分の旅」に変わった

――嫌でしょうがなかった旅が日常になったと感じたのは、どの辺りでしたか?

 分岐点として大きいのは、やっぱりカトマンズに着いたときですね。ちょうど出発して1カ月の折り返し地点でカトマンズに降り立ったとき、自分の中の精神的変化がでかくて。僕は昔から自己肯定感が低くて、自分がやってきたバンドとか、いろんな仕事に対して、胸を張れるタイミングはあったはずなのに、ずっと自分で自分を認められなかった。本当に謙遜ではなく、自分のことが好きじゃなくて、取り返しがつかないぐらい自分のことが認められない状態だったんです。

 そんなどん底から100%受け身の旅が始まって、とりあえず「今日の宿をどうするか」みたいな目の前のことに必死で向き合ううちに、だんだん自分の意志で前に進めるようになった。カトマンズに着いたとき、カトマンズの景色と自分の心が重なって、ここに来られたのは自分をちゃんと信じられたからなんだって、初めて自分を認められた。これまでの僕は、ずっと他人の心の中に「正解」や「価値基準」があると思ってたけど、自分の中に全部あった。そう思えた瞬間、「行かされてる旅」が「自分の旅」に変わったんです。

古舘佑太郎(ふるたち・ゆうたろう)

1991年4月5日生まれ。東京都出身。2008年、バンド「The SALOVERS」を結成し、ボーカル・ギターとして活動スタート。2015年3月、同バンドの無期限活動休止後、ソロ活動を開始。2017年3月、新たなバンド「2」を結成。2021年6月に活動休止し、2022年2月22日にバンド名を「THE 2」に改め再開。2024年2月22日に解散。俳優としては、2014年、映画『日々ロック』でデビュー。以降、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』、NHK大河ドラマ『光る君へ』、映画『ナラタージュ』などに出演。主演映画に『いちごの唄』『アイムクレイジー』などがある。

取材・文=井口啓子
写真=深野未季

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