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「赤ちゃんを亡くした後のタンタン はニンジンを抱いて…」多くの人に 愛された“神戸のお嬢様”の一生

  • 2024年4月6日
  • CREA WEB

タンタン。(筆者撮影、以下同)

 中国・四川省の臥龍で1995年9月16日に生まれたジャイアントパンダのタンタン(旦旦)。28年半の生涯のうち、前半はさまざまな変化に見舞われ、最後の3年間は病と闘いました。

 4歳だったタンタンは2000年7月16日、「日中共同飼育繁殖研究」の一環で神戸市立王子動物園にやってきます。一緒に来たパンダはコウコウ(興興)。中国側はオスとして送り出しましたが、メスのタンタンとの間で繁殖できないと分かり中国に返還。代わって2002年12月9日に来たオスがコウコウの名を引き継ぎました。


四川省の臥龍で生まれたタンタン。

王子動物園内に展示された輸送箱と中国にいた頃のタンタンの写真(2022年7月31日)。

赤ちゃんとパートナーの死

 タンタンは2007年8月12日に死産となるも、2008年8月26日に出産。赤ちゃんは、国内で20年ぶりに誕生したパンダでしたが、3日後の8月29日に息を引き取りました。同年5月の四川大地震の影響で、通常なら出産・育児の支援に来てくれる中国ジャイアントパンダ保護研究センター(以下、パンダセンター)の専門家が来られなかったことも痛手でした。

 赤ちゃんを亡くした後のタンタンは、時おりニンジンを大切そうに抱き続け、舐めるように。パンダの母親が赤ちゃんに対してする仕草です。外で小石を拾ってきて、抱き続けたこともあります。この「偽育児」は2020年まで続きました。

 コウコウは2010年9月9日、麻酔から覚める途中で死亡。神戸市は賠償金として50万ドルを保険金で中国側に支払いました。コウコウの亡骸は中国へ送られ、王子動物園のパンダはタンタンだけになりました。


タンタンの屋外エリア。隣には、コウコウの死後もコウコウの屋外エリアがある。

2020年から四川省で暮らす予定だった

 タンタンがいるおかげで、観覧者は楽しんだり癒されたりしました。愛称は「神戸のお嬢様」。王子動物園と中国の技術交流も進み、同園のパンダ研究も進展。飼育員と獣医師はパンダセンターの雅安碧峰峡基地で研修を受けました。

 四川省の成都で2018年11月に開催されたパンダに関する国際会議では、老化が始まったタンタンの健康管理などをテーマに王子動物園の獣医師の谷口祥介さんが発表。タンタンの目の病気の治療やハズバンダリートレーニング(人間が検査・治療しやすい姿勢を動物が自主的にとれるようにする訓練)などについて話しました。

 タンタンは来園して20年となる2020年の7月15日を期限に中国へ帰ることが決まりました。「高齢のパンダなので、今後は体の負担が少ない場所で過ごさせたい。中国は高齢パンダの飼育経験が豊富なので任せてほしい」との中国側の意向でした。新居は四川省にあるパンダセンターの都江堰基地です。タンタンの4歳上の姉のバイユン(白雲)もアメリカでの約23年間の滞在を終え、2019年5月から都江堰基地で暮らしています。


王子動物園内に展示された「日中共同飼育繁殖研究」の成果の一部。

2020年に予定されたタンタンの帰国を前に、神戸の三宮で「ありがとうタンタン」。

中国への帰国が決まっていた25歳の誕生日。タンタンの好物を使い、飼育員が氷のケーキを手作りしてプレゼント(2020年9月16日)。

 ところがコロナ禍でタンタンの帰国は延期。翌2021年3月、加齢に伴う心臓疾患が判明して帰国は難しくなりました。治療には、王子動物園と連携協定を結ぶ大阪公立大学など、園外の人たちも協力。パンダセンターは2022年5月から獣医師や飼育員を派遣しサポートしてきました。

 タンタンは2021年11月22日から非公開。12月14日に公開を再開したものの、2022年3月14日から再び非公開となり、以後、一般公開されることはありませんでした。

麻酔なしで心電図検査もこなした

 タンタンはどんなパンダだったのでしょう。外見は、小柄で足が短め。とてもかわいらしいです。死の3日前の体重は98kg。元気な頃は80kg台だったこともあります。98kgは、栄養をとれずに痩せた一方で、心臓疾患によって体に余分な水分が溜まった結果です。


小柄なタンタン。

体重計に乗るタンタン。

 特技はハズバンダリートレーニング。早い時期から飼育員と一緒に取り組んできました。これが心臓疾患の早期発見と検査、適切な治療につながりました。心臓疾患の判明後は、聴診、視診、エコー検査、血圧測定、心電図検査、レントゲン検査が必要になりました。心電図検査では、タンタンを横たわらせて、体に数本の電極を取りつける必要があります。パンダは猛獣ですが、タンタンはトレーニングのおかげで麻酔や鎮静処置をせずに、これらの検査ができたのです。麻酔は危険を伴います。

「日々検査して、ずっと適切な治療をすることができました。タンタンは苦しむことなく過ごしてくれていたと思います」(谷口さん)

 タンタンの性格は、飼育員の梅元良次さんによれば、マイペースでちょっと神経質。給餌では苦労させられたそうです。そんなタンタンが長い間、心臓疾患のための薬を服用してくれました。「今となっては良い思い出です」と梅元さんは振り返ります。


マイペースなタンタン。

タンタンを観察する梅元さん。

 治療を始めてからのタンタンは、飼育員の吉田憲一さんが近づくと吠えることが増えました。それでも室内の柵越しに近づくと、タンタンは寝転がってくれました。「嬉しかった」と吉田さんは声を詰まらせながら、タンタンの死の翌日に語りました。

国内のパンダは8頭に

 王子動物園が中国の専門家に確認したところ、死亡時のタンタンは人間の100歳近くに相当するそうです。現在、国内のパンダは上野動物園4頭、アドベンチャーワールド4頭の計8頭。国内最高齢のパンダは、アドベンチャーワールドで生まれた23歳の良浜になりました。

 神戸市は以前から新たなオスとメスのパンダの貸与を求め、中国野生動物保護協会と協議しており、今後も続ける方針です。神戸市が進める王子動物園のリニューアル計画にはパンダのエリアも含まれますが、タンタンの死でこの計画がどうなるかは明らかになっていません。

 タンタンが約24年間を過ごしたパンダ館には献花台が4月2日から設けられ、花を手向ける人が絶えません。SNSでは多くの人がタンタンを偲び、感謝の言葉をつづったり、イラストを描いたりしています。

 タンタンが晩年を日本と中国のどちらで過ごしたほうが良かったのか、筆者には判断できません。ただ、王子動物園の飼育員と獣医師をはじめ国内外の人たちが、タンタンが幸せに生きられるように力を尽くしてきたのは確かです。

 たくさんの人から愛され、思い出を残してくれたタンタン。ありがとう。どうか安らかに。


タンタン。


中川 美帆 (なかがわ みほ)

パンダジャーナリスト。早稲田大学教育学部卒。毎日新聞出版「週刊エコノミスト」などの記者を経て、ジャイアントパンダに関わる各分野の専門家に取材している。訪れたパンダの飼育地は、日本(4カ所)、中国本土(11カ所)、香港、マカオ、台湾、韓国、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、カナダ(2カ所)、アメリカ(4カ所)、メキシコ、ベルギー、スペイン、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、イギリス、フィンランド、デンマーク、ロシア。近著に『パンダワールド We love PANDA』(大和書房)がある。
@nakagawamihoo


パンダワールド We love PANDA

定価 1,650円(税込)
大和書房

文・写真=中川美帆

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