日本に暮らしていればだれしも、一再ならずこの人の写真を目にしているはず。
広告写真から壮大な風景写真、CMに映画撮影まで、ジャンルを軽々と越えて数多の斬新なイメージを生み出し続けているのが瀧本幹也さんだ。
キャリアスタートから25年分のクライアントワークを一冊にまとめた『Mikiya Takimoto Works 1998-2023』刊行を機に、作家本人の声を聞いた。
話を伺ったのは、スタジオ機能を兼ねる都内の事務所だった。自作の美しいプリントが壁に掛かる室内は、整然としてミニマルな雰囲気。まるで瀧本作品の世界の中に迷い込んだかのよう。身を置いているだけで自然と背筋が伸びていく。
「何事につけ整理することは大事だと思っているので。雑然とした環境ではどうしても気が散りますし、必要なものが即座に取り出せないと集中力にも関わる。撮影スタジオは機材やらコードやらでとくにゴチャッとしがちなので、ここでは壁面のうしろにすべて収納できるようスペースを確保しています」
思えば瀧本さんの写真はいつも、構図、対象物の配置や距離感、色彩の調子やバランス、画面に込められた意味合いに至るまで、あらゆることごとの整理が行き届き、考え尽くされている印象あり。「整理が大事」とは表現をつくり上げるためのポイントでもあるのだろう。
このたび上梓された『Mikiya Takimoto Works 1998-2023』もまた、整理の賜物と感じられる。グラフィックとコマーシャルフィルムの二部構成で、初期の代表作「としまえんプール」や近作「ポカリスエット2023」、ロングランシリーズとなっているテレビCM「サッポロ生ビール 黒ラベル 大人エレベーター」などなど。続々と立ち現れる見知ったイメージがどれも凛として整っているのはもちろん、ページ構成もよく練られており、長い川の流れを追うごとくなめらかに快くイメージが連なっていく。
どのようにして、この美しい一冊を編んでいったのだろう。
「25年間の仕事を網羅しているわけではなく、全体の1割ほどをセレクトして載せています。それでも約600ページというボリュームになってしまいました。どう選んだか明確な言葉にはしづらいですけど、掲載してあるのがどれも自分なりに納得のいった仕事なのはたしかです。
25年分をまとめるとなれば、年代順に並べるのが定石かもしれませんが、今回はそうしていません。作品のテーマやトーンを見定めつないでいく手法をとりました。たとえば『TOYOTA 5大陸走破 AFRICA 2018』の次に『カロリーメイト 人間には、カロリーメイトがある。』が続いたりしているのは、撮影地がともにアフリカであるという共通点に着目した結果です。書籍のアートディレクションとデザインを担当してくださったアートディレクターの矢後直規さんといっしょに、遊び心も加えつつ構成を詰めていきました」
本書に載るクライアントワークとは別に、瀧本さんには自身の作品も数多い。世界各地の観光地を取材した『SIGHTSEEING』、人工と自然それぞれの極点とも呼べる光景を撮った『LAND SPACE』……。
それらと広告の仕事では、つくり方に大きな違いがあるのだろうか。
「撮っているときの意識は、作品でも広告でもほとんど変わりません。広告の仕事でも幸いなことに、自分の写真のトーンを欲していただくことが多いですし。
ただ、関わる人数はまったく違ってきますね。作品があくまでも個人の営みであるのに対し、広告はチームワークでつくっていく。まず発注者がいて、企画を立てる人がおり、アートディレクションも入って……と、たくさんの人が関わってくる。そうした仕事の大きい流れがあるなかで、写真のパートを担うのが自分だというつもりでいます。
仕事の一端を責任持って担うのはもちろんいいことなのですが、関わる人数が多いとそれぞれの仕事が、クリエイティブではなく事務的な作業になりがちなのは問題です。ものづくりの雰囲気を広告の現場でいかに生み出せるかといつも考えています。
チームワークであることのほかにも、広告の仕事は予算や納期や立場や人間関係……、さまざまな事情をはらみながら進行します。それらすべてを聞き入れていると、角が取れたつまらない表現になってしまったり、さらには表現と呼べないものになる恐れもある。
そこで写真家としては、いろんな条件を横目でにらみながら、その状況下で最もいい表現を成立させることに心血を注ぎます。広告の現場における写真家をサッカーにたとえてみると、シュートを打ちゴールをねらうフォワードでありストライカーの立場にあると思います。チームの皆が各ポジションについてパスを回し相手陣内へ攻め込んでいった末、最終的にボールを回してもらいゴールを決めるのが写真家です。
写真家としてはその役割を肝に銘じて、監督やコーチの指示がどうあろうと、観衆が歓声を送ろうともブーイングを浴びせてきても動じることなく、試合時間内にゴールを決めることに集中します。途中のボール運びがいくらうまくいっても、シュートが入らなければ仕事としては失敗とみなされてしまう。絶対に自分が得点を入れるという責任感は常に感じていますね」
なるほど「広告写真家=ストライカー」論というわけだ。広告の仕事では写真家の自由にできる余地が少なくて、表現者として満足できないのではないかとも勝手に想像していたが、勝敗を決するストライカーを任じているというのなら、やりがいも大きそうで納得がいく。
「まあへそ曲がりなところがあるので、言われたことをそのままやるのがイヤなだけとも言えますが。各現場で求められていることはもちろんわかるけれど、求められた分をそのまま返すのでは芸がないと思って、ついそれ以上のことをしたくなる。もっとこうできるんじゃないか? とどこまでも可能性を追求したいですし、妥協なく突き詰めてこそ、人の心に深く刺さるものができるんじゃないかと思っています」
瀧本さんの広告表現には、あえて手間のかかる方法で撮られたものが多い。CGを使ったり加工・合成すれば済みそうなところをそうはせず、現実に根ざした一枚の写真、一連の映像でイメージを生み出そうと、とことんこだわっていく。
そこまでする理由も、より人の心に刺さるビジュアルを探究しているからということになるのか。
「後からイメージを直したり切り貼りしたりすることをやり始めると、写真を撮ることが単なる作業となり、味気なくなってしまいます。効率はいいだろうけど、やっていて楽しくはない。
写真は僕にとって、とにかく楽しいもの。撮影しているときの高揚感はいまも毎回あって、それは10歳で写真を始めたころに感じていたものと変わりません。撮っているときの楽しさをずっと味わっていたいから写真をやっているのであって、仕事だからと効率だけ求めるというのは、僕には考えられないです」
ひとつ実例を挙げてもらった。本書にも収載されている「UNITED ARROWS green label relaxing」。
「この広告写真では、床の光の部分がブランド・ロゴのかたちになっています。これをリアルに撮影しようとすると、上方からスポットライトで照明を当てることとなり、服に影ができてしまう。洋服の広告なのにそれではまずい。
どうしようかとあれこれ考えた末に出した結論は、照明で影をつくらないこと。この光のところ、じつは背景にペイントを施してあります。薄く塗りを重ねて騙し絵のようにして、カメラのレンズ越しに見るとちょうどロゴのかたちに見えるよう調整しているのです。光でロゴをつくることと柔らかい光で服をきれいに写すことを両立させようと、あれこれ考えた結果です。
ふつうなら『光の部分は合成すればいいか』となるかもしれないけど、それでは写真表現としてきっと弱くなってしまう。なんとか表現として成立させつつ、問題点を解決する方策を必死に編み出しました。そう考えると、制約や違和感というのはあったほうがいいものですね。そこからアイデアが動き出すのですから」
Mikiya Takimoto Works 1998-2023
定価 9,900円(税込)
青幻舎
瀧本幹也(たきもと・みきや)
1974年生まれ。広告写真やCM映像をはじめ国内外での作品発表や出版など幅広く活動を続ける。写真と映像で培った豊富な経験と表現者としての視点を見いだされ、是枝裕和監督から映画撮影を任され『そして父になる』、『海街diary』、『三度目の殺人』と独自の映像世界をつくり出している。代表作に、『BAUHAUS DESSAU ∴ MIKIYA TAKIMOTO』、『SIGHTSEEING』、『LOUIS VUITTON FOREST』、『LAND SPACE』のほか、『Le Corbusier』、『CROSSOVER』など。
『Mikiya Takimoto Works 1998-2023』刊行記念トークイベント 瀧本幹也×正親篤
日程 2024年4月6日(土)
時間 16:30〜18:00
開場 16:00〜
料金 1,540円(税込)
定員 100名
会場 青山ブックセンター本店 大教室
https://aoyamabc.jp/products/0406-mikiyatakimotoworks19982023
文=山内宏泰