2023年はHuluオリジナルの日欧共同製作・大型国際連続ドラマ「THE HEAD Season2」でメインキャストのひとりとして出演し、今年はドラマ「アイのない恋人たち」で主演を務めるなど国内外で活躍中の俳優・福士蒼汰さん。「湖の女たち」では、松本まりかさんとW主演を務め、介護施設で起きた殺人事件を追う刑事・濱中圭介を演じている。身も心もさらけ出す覚悟を要求される難役を演じた福士さんに、本作への想いや共演者との撮影エピソード、さらに海外作品の現場の話などを語ってもらった。
■大森監督の演出方法を知り、「役作りは敢えてしない方向でいこうと決めました」
――「さよなら渓谷」以来となる吉田修一さんと大森立嗣監督がタッグを組んだ本作。オファーを受けるにあたり、台本や原作で一番惹かれたのはどんなところでしたか?
【福士蒼汰】吉田修一さんと大森監督のタッグなら、絶対におもしろいものになるだろうと思ったのが本作に惹かれた一番のポイントです。お話をいただいたあとに原作を読んだら、これまでに挑戦したことのない物語と役柄だったので“楽しそう”だなとさらに興味を引かれて。光栄な気持ちでお引き受けしました。
――福士さん演じる濱中圭介と、松本まりかさん演じる豊田佳代は、共に道徳的な通念を踏み外していく関係として描かれています。かなりチャレンジングな作品になったと思いますが、オファーを受ける際に迷いはなかったですか?
【福士蒼汰】実は僕自身は、この作品に対して全く迷いがなかったのですが、周りの方々が気を使ってくださっていたように思います。確かにディープなシーンはありますが、クランクイン前から僕の中でしっかりとイメージできていたので、不安な気持ちはなかったです。
――佳代への歪んだ支配欲を抱く若手刑事の圭介を演じるにあたり、どのような役作りをされましたか。
【福士蒼汰】今回、役作りは敢えてしない方向でいこうと決めました。というのも、大森監督は俳優が役として心から“言いたい”、“こうしたい”と思った瞬間にセリフを言ったり動いたりすることを求めていると知ったからです。役を作り込み過ぎてしまうと、お芝居が嘘っぽく見えるかもしれないという懸念があったので、現場での感情の動き方や相手との空気感を大切に演じるようにしていました。
――大森監督の言葉でハッとさせられたことはありましたか?
【福士蒼汰】撮影初日に圭介が家で着替えをするシーンを撮ったのですが、カメラが回って着替え始めたら「声やめて。今の声いらない」と監督が仰ったんです。自分では声を発している意識がなかったので、最初はその言葉の意味がわからなくて。それで自分のお芝居をモニターで確認してみると、着替えながら「あぁ」とか「んん」のように、体を動かしたときに少し声を出していたことを認識して。
僕はこれまで、動きに合わせて声を出してしまうのは自然のことだと思っていました。何か動作をしていることを伝えるために、効果音のようなものを声として発していたんだと思います。
――無意識にしていたことを、大森監督は演出として指摘してくださったんですね。
【福士蒼汰】大森監督は、そういった不自然な声は必要ないことを教えてくださいました。無意識のうちに出ていたものだったので、息を止めるぐらいの気持ちでもう一度着替えのシーンを演じたら、監督が「オッケー!それでいい」と仰って。その言葉にハッとさせられましたし、自分の中の“普通の感覚”を見直さないといけないなと気付きました。
■浅野忠信さんのお芝居に「この自然さこそが世界基準のリアリティなんだと感じました」
――圭介をどのように捉えて演じられたのでしょうか?
【福士蒼汰】介護施設で起きた事件で、財前直見さん演じる介護士の松本が容疑者として疑われる。でも圭介は、本当は心の中で松本をシロだと思っているんです。だけど浅野忠信さん演じる伊佐美は松本を犯人に仕立て上げようとしていて、その圧に圭介は負けてしまう。
圭介は正義感を持っているからこそ、圧力に抗えないことに葛藤していて、そんな中で出産間近の妻もいて。このまま型にはまっていく自分に嫌悪感を抱いているのだろうなと。そんな風に捉えながら演じていました。
――そんな状態の時に佳代と出会い、圭介はストーカーのように付き纏うようになります。最初は佳代が圭介に怯えていてとてもつらい気持ちになったのですが、松本さんとはどのようにコミュニケーションを取ってらっしゃったのでしょうか。
【福士蒼汰】圭介と佳代の関係性がなるべくリアルに見えるように、松本さんとは現場であいさつとセリフ以外の会話はしないようにしていました。松本さんご自身も佳代として現場にいてくださったので、撮影の合間やオフの時もコミュニケーションを取らないほうがよりよい作品になると思ったんです。松本さんから見た当時の僕は、怖くて冷たい印象だったのはないかと思います。
――実際に嫌われてしまったとお聞きしました(笑)。
【福士蒼汰】はい(笑)。先日、松本さんと一緒に本作の取材を受けたのですが、「本当に嫌いだった。今でもちょっと嫌い」と言われてしまいました(笑)。現場では会話をしなかっただけじゃなく、笑顔も封印していたので、嫌われるのも無理はなかったと思います。少しずつ嫌いな気持ちをなくしてもらえるように、今後は積極的にコミュニケーションを取っていきたいです。
――圭介は、ベテラン刑事の伊佐美から頭を叩かれるなどパワハラに近いことをされます。そんな伊佐美を演じた浅野さんとの撮影はいかがでしたか?
【福士蒼汰】浅野さんはとても優しくて、「福士くん、頭叩いちゃうけどごめんね。こうやって叩くね」と事前に伝えてくださるので、伊佐美とは正反対の印象でした。浅野さんはオンとオフの切り替えがあまりない方なので、カメラが回った瞬間に人柄がガラッと変わるような感じがなく。
だから、現場で僕自身が伊佐美の恐怖を感じることはあまりありませんでした。でも、完成した映像を見てみるとものすごい恐怖で。不思議な感覚でしたし、浅野さんの凄さをあらためて感じました。
――浅野さんとは現場で雑談をすることもありましたか?
【福士蒼汰】いろいろなお話をさせていただきました。「ハリウッドでお仕事をするきっかけになった作品はなんですか?」と質問したら「映画『モンゴル』で主演を務めたあと、海外の作品のオファーがいろいろと舞い込んできて、アメリカのエージェントも決まったんだよ」と教えてくださって。
ほかにもいろんなお話をお伺いして、自分が今やりたいと思えるかどうかでお仕事を決めているんだなと衝撃を受けました。浅野さんのお芝居を見ていると、この自然さこそが世界で活躍されている理由のひとつだと思うので、すごく刺激を受けました。
■また監督に挑戦できるとしたら「観る人の心を動かすようなヒューマンドラマを撮りたい」
――福士さんは2023年に配信された海外のテレビシリーズ「THE HEAD Season2」に出演されましたが、海外作品の現場はいかがでしたか。
【福士蒼汰】スペイン制作のドラマなので、撮影場所はスペイン、スタッフさんもほとんどがスペイン人。初めての海外作品ということもあり緊張していたのですが、ある日突然スタジオ内に音楽が流れ始めて、その瞬間にみんな踊り始めたんです(笑)。日本ではないことですし、スペインのお国柄が現れているようで、驚いたけど楽しかったです。僕だけではなく、スペイン以外の国から来られていた俳優さんみんな驚いていました。
現地スタッフの方々は「私たちはシエスタ(※日照時間の長いスペインで生まれた習慣で長いお昼休憩のこと)がないし、厳しい環境で仕事をしているんだよ」と仰っていましたが、数時間に1回はサンドウィッチブレイクがありましたし、ダンスタイムのあとも20分ほど休憩してから撮影を再開していたので(笑)、そういうラフな感じもとてもすてきだなと思いました。
――英語でのコミュニケーションはいかがでしたか?
【福士蒼汰】今回、スペイン人のスタッフさんは英語が話せる人と話せない人が半々でしたし、英語力も人によって全然違いました。僕もなんとかついていこうとしていたのですが、やはり最初の1カ月は、みんなで食事に行ってもなかなかコミュニケーションが取れなかったです。クランクインから1カ月ほど経って慣れたころには、積極的に話しかけるようになっていました。
――今年はアクターズ・ショート・フィルム4で短編「イツキトミワ」を監督されましたが、福士さんにとってどのような経験になりましたか。
【福士蒼汰】アクターズ・ショート・フィルム4には僕以外に千葉雄大さん、仲里依紗さん、森崎ウィンさんが参加されているのですが、皆さん演出が難しかったと仰っていて、僕自身は演出が1番楽しかったです。監督として俳優にどう演じてほしいかを話すときに、言葉もそうだし、その場の雰囲気や場所や時間によっても伝わり方が変わるので、タイミングを見計らって演出しなければいけないことが多々ありました。
でも、それは自分が俳優として現場にいるときも常に考えていることですし、全体を把握しながら進めていくやり方は僕の性に合っているんです。俯瞰で物事を見ながら物作りをすることが好きなんだなと、そんなことを実感した現場でした。
――監督を経験したことで、俳優として現場に行ったときの意識に変化はありましたか?
【福士蒼汰】監督やカメラマンさんのことを考えると、リハーサルと同じように決められた位置でお芝居する方が撮りやすいと思うのですが、あまりに決められたとおりにしてしまうと、結果的に“作品の世界の中で生きていない人”になってしまうのです。だからなるべく素直に感じたままお芝居をしたいと思う気持ちもあるので、難しいと感じる部分ではあります。
――また監督として映画を撮りたい気持ちはありますか?
【福士蒼汰】撮りたいです。今回は自分で脚本を書いたこともあって、より作品への愛情が大きくなったように思います。チャンスがあればまた自分で書いた脚本の映画を撮れたらうれしいです。アクション大作のような派手な作品もやってみたいのですが、観る人の心を動かすようなヒューマンドラマも撮りたいです。
取材・文=奥村百恵
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