京都の中心地・河原町に位置し、ファッション・ライフスタイルのトレンドの発信地・京都BALの3階にある「スターバックス コーヒー 京都BAL店」。エスカレーターを上がって行くと、スターバックスのロゴが描かれた直径120㎝もある球体をはじめとするアート作品たちが迎えてくれる。個性あふれる作品が並ぶスターバックスの店舗はどのようにして誕生したのか。その狙いに迫った。
■現代アートとお客をつなぐ、唯一無二のスターバックス
京都は美術系大学をはじめ、ギャラリーや美術館が多いアートの町だ。その中心地にある京都BAL店は、“アーティストたちの共同アトリエ”をコンセプトに2019年に誕生した。店舗設計から作品のセレクトまでアートディレクションを手掛けたのは、京都芸術大学教授でもある彫刻家・名和晃平さんが主宰し、京都を拠点に活動するクリエイティブ・プラットフォーム「Sandwich」。床に油絵具が散り配管がむき出しの天井が広がる空間には、異なるデザインのテーブルやイスを配置。若手アーティストの作品が約80点も並び、見慣れたスターバックスとは一線を画している。
お客と好きな作品について話す時間がとても楽しいと言うストアマネージャー(店長)の筒井 葵さんは、この空間を求めて訪れる常連客も多いと語る。
「アーティストやウェブデザイナーなどアート関係の方が多くいらっしゃいます。パートナー(従業員)も美術や映像などを学んでいるアート好きな人が多く、私を含め、みんなここで働くことに誇りを持っています」
バーカウンターの対面の窓からは、ビルの壁面にスターバックスの初代ロゴが描かれているのが見える。
「お待ちの間に後ろを見てみてください、なんて案内できるのはここならではですよね(笑)。席によって角度や高さが変わり作品の見え方が変わるんですよ、と伝えるとみなさん楽しんでくださいます。店内をまわって作品をゆっくり鑑賞しながら過ごしていただきたいです」
作品は不定期に入れ替わり、また購入されることもあり(一部購入不可のものもあり)、新しい作品をアーティスト自身が展示に訪れることもある。そんな時、筒井さんは積極的にアーティストと話をし、彼らの作品に対する情熱をパートナーと共有して来店客に伝えている。
「想いを聞くと、私自身、その作品に対して愛着も高まります。名和さんもふらりといらっしゃることがあって、何気ない会話からアートの楽しみ方、情報発信の方法などお店について相談をできるのが楽しいですね」
こうしたコミュニケーションはお客に店を、作品を、より楽しんでもらいたいという想いからだという。この空間で、パートナーたちはお客とアーティストの架け橋のような存在だ。
「コーヒーを楽しみながらアートを鑑賞するのはもちろん、お気に入りのアートを見つけていただけたらうれしいです」
■京都の中心地に、現代美術が集まる場所を
「京都はよく“伝統と革新”といわれますけど、“革新”のさらに先端を切り拓こうとする若手のアーティストがたくさんいる。その活動の一端を感じられる場所にしたいというところから始まりました」と語る名和晃平さん。スターバックスとSandwichでコーヒーとアートをテーマにした店舗づくりを検討していく中で、未来をつくる若者の支援が共通の想いとして浮かび上がり、京都BAL店誕生のきっかけとなったという。店作りには、河原町にあるからこそ “都市とアートがどう重なるか”という視点を重視したという。
2020年に京都市美術館が京都市京セラ美術館として生まれ変わり、2023年には東京から文化庁が移転。京都市立芸術大学も京都駅東側に移転し、若手作家が活躍する「ARTIST’S FAIR KYOTO」や国際的なアートフェア「Art Collaboration Kyoto」も開催されるなど、京都のアート色はますます強くなっている。
「そうしたアートスポットに加え、京都駅の南側にも新しいアートエリアができる計画があり、街の文化圏の縦軸が繋がりつつあります。この中間地点であり、京都市街の中心地とも言える河原町周辺は重要なエリアです。ここには僕が学生時代に個展を開いたギャラリーマロニエなど老舗の貸し画廊も多く、アートコレクターや評論家の訪れる一帯でもありました。そこに新たに、現代美術が集まる場をつくりたいと考えたんです」
店内には絵画や彫刻をはじめ、作風も手法も異なる個性あふれる作品たちが展示されている。これらは京都だけでなく、東京や大阪、名古屋など全国から集結した若手アーティストたちが手がけている。中には、名和さんが各地の講評会などで出会った際に声をかけてセレクトしたものも多いという。
「これは大西茅布さんが、小中学校時代に描いていたデッサンです。16歳の時にSandwichにポートフォリオを持ち込んでくれて、そこから展示を決めました。彼女はそのあと岡本太郎現代芸術賞のグランプリ・岡本太郎賞をとって、現在は東京藝術大学の学生です。他にもここに作品を展示している人たちは皆それぞれが活躍していて、なかなかすごいメンバーになってきています」
このように、精力的に活動する若手たちの初期作品を見られるのも面白みのひとつだ。
■展示する場所があるからこそ、創作意欲がわく
作品を展示しているアーティストたちに話を聞くと、この場所が彼らにとっても特別な存在であることがわかる。
素材のひとつにアスファルトを使う田村琢郎さんは、エントランスに展示されているスターバックスのロゴ入りの球体作品を作ったアーティストだ。
「この作品は、当初のプランの倍のサイズ・直径120センチというまだ作ったことのない大きさにチャレンジしたものです。経験の中でできるものを提示するのではなく、何を作りたいかで出来る方法を探すことをこの作品作りを通じて学びました」
現在は東京で活動しているが、当時の経験を今でも大切にし、京都に行く際は必ず店に足を運ぶ。
「普遍性ではなく、違う角度からのアイデアと、それを受け入れてくれるスターバックスの懐の大きさで魅力あるお店になっている。人の思い出に残る場所に作品を展示してもらえているのがうれしいです」
展示する場所があることがモチベーションにつながると力強く語るのは、油野愛子さん。さまざまな素材を組み合わせた造形で人の感情に向き合って表現し、京都BAL店には2つの作品を展示している。
「展示する場所がないと、ただの生産になってしまいます。展示する場所があることで制作する意欲やアイデアが湧き、クオリティも上がる。作品を気に入ってくださった方が購入してくださったらそれがまた意欲につながります」
写真を絵の具で転写するオリジナルの技法で作品を生み出す岡田佑里奈さんは、大学院生だった当時「ここに展示したい」と強く願い、名和さんに直接アプローチした。
「当時は展示されることが初めてで、すごくうれしかったです。さまざまなジャンルの作家さんがいるので私自身もすごく刺激的ですし、スターバックスのお客さんがいて完成する空間だなと思うので、そこもすごく魅力的です」
スターバックスの各店舗には空間に合わせたアートが設置され、コーヒーとともにゆったりとアートを楽しむことができる。しかし、現代アートがこれほどたくさん集まる店舗は、世界中でここだけだ。“カフェ”という客層の広さや入りやすさから、多くの人に気軽に現代アートに触れられる機会を提供し、またアーティストにとっては幅広い層に作品を見てもらえる場となっている。
さまざまな想いが込められた作品とともにお客を迎える京都BAL店へ、未来に羽ばたくアーティストの作品の力を感じに、ぜひ足を運んでみよう。