オンラインゲームでの対戦を競技化した「eスポーツ」の市場が成長する中、ゲーミング家具の需要も伸びている。ゲーミング家具とは、長時間のゲームプレイを想定して作られたゲーマー向けの商品だ。背中と肩を支えるハイバック仕様のチェアや、PCの使用に適した広くて頑丈なデスクなどが売り出されている。
ゲーミング家具は高品質かつ高価な商品が多いが、そのなかで注目を集めているのがニトリの「ゲーミング家具シリーズ」だ。低価格で高品質、まさに「お、ねだん以上。」の商品を次々に発売。2022年には、幕張メッセで開催されたゲームの祭典・東京ゲームショウ(以下、TGS)に初出展し、ゲーミング家具シリーズを使った“お部屋コーディネート”を披露して話題となった。
プロゲーマーだけでなく在宅ワーカーからの人気も高まっているゲーミング家具市場で、ニトリはどのように差別化を図り、顧客のニーズに応えているのか。株式会社ニトリホールディングス 広報部の前坂怜奈さんにお話を聞いた。
■業界に激震が走った「3万円以下で買えるゲーミングチェア」の裏側
ニトリのゲーミング家具の代表的なアイテムといえば、2019年1月に発売されたゲーミングチェアだろう。販売価格の相場が10万円を超える当時のゲーミングチェア市場において、3万円以下で買えるチェアの登場は多くのユーザーに衝撃を与えた。開発のきっかけについて、前坂さんはこう語る。
「企画が立ち上がったのは、2018年の4月頃です。eスポーツ市場が活性化する中、市場でのゲーミングチェアは軒並み10万円以上する高価なものでした。これを半値以下で提案できないかと考えました。また、チェアだけではなく、デスクやワゴン、シェルフなど、PCやゲームの周辺機器をまとめて購入できる環境にしたかったことが、ゲーミング家具に着目した経緯です」
当時、全国の店舗で商品を直接試すことができ、チェア以外のゲーミング家具もそろえられる企業はなかった。そのことも後押しとなり、開発に挑戦したという。
「開発にあたっては、ゲーム関連のイベントに積極的に参加することで市場認知を拡大するとともに、市場の情報収集に力を入れました。プロゲーマーの方にも意見やアドバイスをいただき、商品開発に活かしています」
情報収集には苦労した。ニトリにとって初のゲーミング家具開発。前例がない中、ゲームのプレイ環境に適した機能や、使用環境に合った周辺商品を考えるため、競合調査には相当の時間をかけたという。ゲーミングチェアに続き発売されたゲーミングデスクには、ヒアリングで得られた意見を反映したこだわりがいくつもあるそうだ。
「シリーズ全般に言えることですが、ゲームをするときの不平・不満・不便を解消できる仕様にしました。たとえばゲーミングデスクですと、長時間のゲーム使用環境をより快適にするために、天板の形状にこだわったり、天板のシートをカーボン調のPVC(※塩化ビニル樹脂)にしています。細かい部分では、プロゲーマーの方からの『飲み物のカップやヘッドホンを置く場所に困る』という意見をふまえて、カップホルダーやヘッドホンフックなどを設けました」
商品発売後も、ユーザーからの意見を反映して仕様変更を行っている。
「『フックやカップホルダーを使用しないときは、天板下に収納できる方がよい』と意見をいただき、商品を改良しました。また、『モニターやキーボード・コントローラーなどを置いても余裕がある奥行きのテーブルが欲しい』というアドバイスから、奥行きを60センチから75センチへ広くしたゲーミングデスクも商品化しています」
一見して通常のシェルフと機能面の違いが分かりづらい「ゲーミングシェルフ」も、重量のあるPC機器を置けるようにするため、棚板の耐荷重を重く設定しているという。高品質の商品を安価で売り出せていることについて前坂さんは、「弊社の強みである商品企画、製造、物流、販売までを一貫して行うビジネスモデルだからこそ安さの追求ができております」と話す。
■ユーザーの声から実現した「白いゲーミングチェア」
TGSへの出展も、ニトリならではの強みをアピールする目的があった。ゲーミング家具を一式でそろえることができ、さまざまなお部屋スタイルを楽しめるのが市場におけるニトリの強み。ゲーミング家具だけでなく、一緒に使う小物やほかの家具なども多く取り扱っているため、それらを組み合わせたコーディネートを提案したいという思いから出展を決めたという。
TGSではコンセプトの違う4種類のインテリアコーディネートを展示。白で統一された「WHITE」は、女性ゲーマーたちの意見から生まれた。
「ゲーミング家具を取り扱い始めた当初は、ブラック色をメインに展開していました。ところが情報収集を行っていく中で、女性ゲーマーの方から『ゲーミング家具にはホワイト色がない』というご意見を多くいただきました。それがきっかけとなり、ホワイト色のゲーミング家具を開発・拡大しました。実際に若い女性のお客様も増えています」
TGSを経て、それまでニトリのメインターゲットではなかった10代~20代の消費者から、「ニトリでゲーム部屋をコーディネートしてみたくなった」「今後ゲーミング家具を購入する際はニトリを検討したい」といった声が寄せられるようになった。出展が功を奏したのか、ゲーミング家具シリーズの売上は昨年比で120%と伸長しているという。
■Z世代は「動画視聴」のためにゲーミング家具を使用
成長産業として、経済産業省でも発展のための議論が活性化しているeスポーツ。ゲーミング家具市場も今後ますます競争が激しくなっていくだろう。商品認知が定着しつつある今、ニトリでは次の段階に向けてどのような戦略を考えているのだろうか。
「ゲーミング家具=プロ仕様と考えられがちです。しかし実際には、10代~20代がゲーミング家具を利用する目的は『動画配信サービスでゲーム実況を視聴する』が1位と言われています。そこで今後は、ハードユーザーだけではなくライトユーザー向けの商品開発も企画採用していきたいと考えています」
今後は市場最大の消費者グループであるZ世代からの困りごとを吸収し、「低価格でトータルコーディネートできる商品を提案していきたい」と、社を上げて意気込んでいるそうだ。「プロゲーマー向け」という認識の強いゲーミング家具市場の中で、ライトユーザーを取り込もうとするニトリが覇権を取る日は近いかもしれない。
取材・文=倉本菜生(にげば企画)