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“料理好き”新卒女子がキッチン用品開発に大奮闘!読んで美味しいお仕事小説「株式会社シェフ工房 企画開発室」

  • 2023年12月1日
  • Walkerplus

何らかの挫折を経験した際、どのような方法で立ち直るかは人によりさまざまだ。時間が解決することもあれば、夢中になれる“何か”を見つけて突き進むうちに新しい景色が見えてくることもある。森崎緩氏による小説「株式会社シェフ工房 企画開発室(角川文庫)」(KADOKAWA)に登場する主人公・新津七雪は、大学時代に大きな挫折を味わった。しかし、彼女はその挫折を機に、人生における生き甲斐ともいえる趣味を見出す。彼女が出会った趣味とは、「株式会社シェフ工房」のキッチン用品を用いた「料理」であった。本書は、新津を中心としてシェフ工房で働く人々の悲喜こもごもを描いた連作短編集である。
※2023年9月26日掲載、ダ・ヴィンチWebの転載記事です

新津は、幼少期からスキー競技に打ち込んでいたが、大学2年の夏に尺骨を骨折する怪我を負い、選手生命を絶たれてしまう。その後、新津は選手からマネージャーへと転向し、雑務に加えて選手たちの食事管理を担うようになる。尺骨とは、肘から手首までの2本の前腕骨のうち、小指側にある骨のことだ。その部分を痛めたため、重い調理器具は負担のかかるものだった。そんな新津にとって、「誰でもシェフの腕前に」をコンセプトとして軽量の調理器具を扱うシェフ工房の存在は、一筋の光であり救いだった。シェフ工房のキッチン用品のおかげで「料理が趣味」と言えるほどの腕前になった新津は、新卒採用を募集していた同社にエントリーし、見事採用された。

面接時、シェフ工房が販売するキッチン用品の魅力を存分に語ったことで、新津は「企画開発室」に配属となった。憧れの会社で新製品作りに挑戦できることを素直に喜ぶ新津。だが、彼女の中には未だスキー競技に対する未練が残っていた。その感情に拍車をかけるのが、同大学でスキーを競い合い、プロへの道を歩んだ友人・円城寺晴である。己の中に潜む嫉妬心に戸惑いを抱く新津にとって、夢中になれる仕事の存在が大きな支えとなる。

新津が配属された企画開発室には、個性豊かな面々がそろっていた。防音ブースにこもって企画書を煮詰める出町、企画開発室のクレーム窓口を自認する五味、彼らを見守りつつも必要な提言は欠かさない深原室長。3名ともに寛容な性格で、新人の新津を温かく迎え入れる。また、歓迎会をきっかけに親しくなった営業部の茨戸の存在も、新津の新生活に彩りを添えた。茨戸は「地元だから」という理由で同社に入社したものの、料理が不得手なこともあり、自社の製品に愛着を持てないまま日々を過ごしていた。そのため、新人でありながら商品に並々ならぬ愛着を持つ新津の姿は、茨戸からすると刺激的なものだった。新津が茨戸にシェフ工房の製品について語り、茨戸が新津に札幌の美味しい店を教える。いつしかそんな休日が増えていき、二人はその時間を「情報交換部」と呼びはじめる。

全体的に穏やかな登場人物が多い中、製造部の忠海の存在が本書の絶妙なスパイスとなっている。仕事というものは、「楽しい」だけで済むものではない。責任や対価が発生する以上、不手際を見過ごすわけにはいかず、時に厳しい意見が必要になることもある。企画開発室と忠海の存在は、はじめこそ相対するものに感じられるが、目指す地点は最初から同じであった。

仕事で扱うものがキッチン用品なだけに、本書では至るところで魅力的な料理の数々が登場する。私がもっとも惹かれたのは、第3章に登場する「とうきびピーラー」で作る“おやき”だ。トウモロコシの味噌バター炒めが、もちもちの皮に包まれる描写は、読んでいるだけで喉が鳴る。そのほかにも、北海道ならではのジンギスカンやスープカレー、二段スチーマーで作る煮浸しうどんなど、さまざまなメニューを楽しめる点も本書の魅力であろう。

仕事の上においても、新津は幾度となく挫折感や疲労感を味わう。だが、愛する自社製品と頼もしい仲間たち、そして美味しい料理の存在が彼女の心身を癒やしてくれる。

“「それでお金を稼いでご飯を食べていたらプロだろ」”

スキー選手のプロとして活躍する円城寺。シェフ工房のプロになった新津。そのどちらにも差異はないのだと、そう言い切った茨戸の言葉は、仕事や現実の壁に悩む多くの人々にとって、温かいポトフのように染みわたるに違いない。物語を読み終えた夜、私の心はなだらかで、幸福感と満腹感の余韻に浸っていた。心が満腹になると、なぜかお腹が空く。ぐう、と鳴ったお腹を抱えてキッチンに立った私は、「シェフ工房のキッチン用品がほしい」と切実に願った。

文=碧月はる

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