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弟は海外で人気に火がつき“逆輸入”、姉は“幻の技術”。共に入手困難…注目の陶芸家姉弟に迫る

  • 2022年11月8日
  • Walkerplus

日本各地に受け継がれている、さまざまな伝統工芸。少子高齢化が進み、作り手の後継者不足が叫ばれる一方で、伝統工芸の世界に魅力を見出し、現代的なアイデアを加えて技術を継承する職人もいる。世代やジャンルを超えた“古くて新しい”日本の伝統工芸の世界を紹介していきたい。

陶芸のまちとして知られ、「せともの」の語源にもなった愛知県瀬戸市。ここに現在、手掛ける作品が人気のあまり入手困難となっている陶芸作家姉弟がいる。彼らが生み出す作品は、展示会で“購入するための権利”が抽選になるほどの人気ぶりだ。

祖父と父は、瀬戸市の無形文化財にも指定されており、約1300年の歴史を持つ「練り込み」という装飾技法を用いて作品を生み出す陶芸家。そんな家庭で育った姉弟だが、手掛ける作風はそれぞれ異なる。弟の水野智路(ともろ)さんは、3代目として練り込み技法を継承。姉の水野このみさんは幻の七宝と呼ばれる「陶磁胎七宝(とうじたいしっぽう)」の技術で作品を制作している。

■海外からも注目される「飾り寿司」のような陶芸
水野智路さんが継承する「練り込み」とは、果たしてどのような技法なのだろうか。「細かく絵柄を設計してから作るので、多くの方が考える“陶芸”とは少しイメージが異なるかもしれません」と智路さんが語る通り、その制作過程は長く複雑だ。

「色付けした粘土を、設計した絵柄に合わせてドット絵のように積み重ねて模様を作ります。それをスライスして板状の粘土を切り出し、ろくろなどで形成していきます。切り口に同じ柄ができるのが特徴なので、飾り寿司をイメージしてもらえればわかりやすいと思います」(智路さん)

練り込みの器は絵付けのそれと異なり、表も裏も同じ柄になる。色粘土を積み重ねるために膨大な時間が掛かるが、そのぶん、絵付けでは出せない独特の味わいが生まれる。智路さんは伝統的な練り込みの模様に留まらず、自身のアイデアでユニークな柄を編み出し、今では国内外から熱視線を浴びている。しかし、作家として独り立ちするまでには苦労もあったと振り返る。

■「どこかに勤める」という発想がなかった
自宅の1階に陶芸工房があり、幼いころから祖父や父の横で粘土に触れ、時には練り込みの作品も作ってきたという智路さんとこのみさん。「自分も将来は陶芸をやるんだろうな」と感じながら育った智路さんにとって、陶芸家になることに迷いはなかったという。

「そもそも、『どこかに勤める』という考えが自分の中になかったんです。ものづくりが好きで何かを作る仕事がしたいと思っていて、たまたま親が練り込み技法の陶芸家だったので、僕も自然にこうなりました。もし、生まれたのが陶芸家の家じゃなかったら…。木工とか、刀鍛冶とか、バットを作る職人さんとかになってみたいかな(笑)」(智路さん)

しかし、陶芸家として生活をしていくのは決して容易ではなかった。智路さんは大学を卒業した後、陶芸の専門学校を半年で退学し、その後はアルバイトをしながら練り込みの陶芸作品を作り続けた。

「当時は展示会に出展しても、1週間で1個しか売れないなんてことも。そもそも練り込みというもの自体が知られていないので、『練り込みってなに?』『絵付けとどう違うの?』という説明をするだけで精一杯でした」(智路さん)

■突然、海外から注目を浴びる
そんな智路さんに転機が訪れたのは、2016年のこと。Instagramにアップしていた制作風景の動画が海外から注目されはじめた。

「ある日、『動画を自分のWebサイトに転載していいですか?』と海外の方からメッセージをいただいたんです。それがきっかけでフォロワーが100万人以上いる海外の陶芸紹介サイトにも転載されて、フォロワーが爆発的に増えました。今でもフォロワーの6〜7割は海外の方です」(智路さん)


さらにその約1年後、「海外から注目される陶芸作家」として“逆輸入”のような形で日本のメディアでも取り上げられるように。2022年10月現在、智路さんのInstagramのフォロワー数は18万人におよぶ。

粘土を切り糸でスライスし、柄の断面が表れる様子を記録した智路さんの制作風景には驚きとワクワク感があり、人気になるのも頷ける。

「ありがたいことに作品を購入してくださる方が増えたので、2017年にアルバイトを辞めて、そこからは陶芸1本に。それでも未だに『バイトをしていたほうが今より収入がよかったのでは…?』と思うこともありますよ(笑)」(智路さん)

■水野智路=パンダが定着。しかし悩みも…
伝統的な練り込みの模様には、網代(あじろ)や縞、鶉手(うずらで)などがあるが、智路さんの作品はパンダを中心に、星や相撲など、現代風のポップな柄が特徴だ。

「展示会などで説明してもなかなか絵付けとの違いを理解していただけないので、『なにかキャッチーな作品を作らなきゃ』と思っていたんです。そんなとき、何人かのお客様から『パンダって作れないの?』と言われて、作ってみたら好評でした」(智路さん)

今ではすっかり“水野智路=パンダ”のイメージが定着。「パンダ柄の作品が欲しい」という需要に応えるべく、ひたすらパンダと向き合う日々だ。しかし1つの模様を作っても、1回分の粘土から切り出せるのは約12枚、1カ月で制作できる作品は50点ほど。どれだけ作っても『買えなくて残念だった』と言われてしまう。

「以前、要望に応えようと1週間必死で制作したら、体調を崩してしまって。効率が悪いので、無理のない量を作ることにしました。お金を稼ぐためにはたくさん作って、もっと高値で売るべきなのかもしれませんが…。ずっと前から買ってくださっている方々がいますし、大幅な値上げも考えていません」(智路さん)

フルーツや恐竜など、作ってみたい柄はいくつもあるが、今は手が回らないと残念そうに話す。「でも、来年3月に名古屋で開催する展示会までには新作を作って、パンダ以外の柄も見ていただきたいです」(智路さん)

■陶芸×ダーツ!?ジャンルを越えた可能性
ちなみに智路さんは、2021年にプロ資格を取得したダーツ選手という顔も持つ。プロとしてダーツの試合でいろいろな場所に行くが、これは練り込みの営業活動も兼ねているのだとか。

「ダーツをしながら地元・瀬戸や陶芸のことを話したり、僕が練り込みで作っているパンダ柄でダーツのグッズを作ったり。おかげで、ダーツの会場で出会った人に『パンダの人だ!』って言われることも(笑)。ダーツと陶芸という異なるジャンルですが、僕がハブになって垣根を越えて一緒に楽しいことができたらいいなと思っています」(智路さん)

■陶芸家として食べていくのは大変
一方、姉の水野このみさんは現在、岐阜県にある窯元で働きながら「陶磁胎七宝」の作家として活動中だ。子供のころから、ものづくりや絵を描くことが好きだったこのみさん。「将来はおもちゃを作る人になりたい」と考え、大学では児童文化学科で発達心理学などを学んだという。

「将来を考えたときに『やっぱり陶芸がやりたい』と思い、大学卒業後は陶芸を勉強できる学校に進むことを考えました。でも陶芸家として作品づくりだけで食べていくのは大変なので、不安になって…。迷った末に大手化粧品メーカーへ就職しました」(このみさん)

それでも、好きだったものづくりに関わる仕事は諦めきれず、転職して得意なイラストの仕事などに携わってきた。本格的に陶芸の道を歩むきっかけになったのは、2011年の東日本大震災と、その翌年に近しい親戚や知人を相次いで亡くしたことだったそう。

「『自分の人生、やりたいことをやらなきゃ!』と感じたんです。ものづくりが好きだということ、祖父と父が陶芸をやっていたこと、そして私しかできないことを考えて、一度は諦めた陶芸の道へ進むことにしました」(このみさん)

そうして陶芸を学ぶための専門学校へ入学したこのみさんだが、「陶芸を学ぶだけでは仕事にならない」と感じていたそう。

「私は本格的に陶芸を始めた時期が遅かったし、絵を描くことは得意だけど、陶芸のまちである瀬戸には絵付けが上手な方がたくさんいる。陶芸で食べていくのなら“自分だけしかできないなにか”が必要だと思いました」(このみさん)

■完成までに約5年半の歳月を要した「幻の技術」
陶芸の学校に通いながら自分の強みを模索していた時期に、瀬戸市にある「愛知県陶磁美術館」で運命の出合いが訪れた。

「展示されていた陶磁胎七宝の花入れを見て、あまりのきれいさに驚きました。焼き物なのに、繊細で美しい模様が施されていて。絵付けでも練り込みでもなく、今まで見たことのない技法。一体何なんだろうと調べたら、当時すでに途絶えてしまっていた技法だということがわかりました。私はもともと細かい作業が大好きだったので、『これを再現しよう!』とそのときに決めたんです」(このみさん)

陶磁胎七宝は、江戸時代の終わりから明治時代のはじめに短期間だけ作られていた技法。通常、七宝は金属にガラス質の釉薬を焼き付けたものを指すが、陶磁胎七宝は金属でなく陶磁器に釉薬の焼き付けを施す。

その制作工程は、土台となる陶磁器を素焼きすることから始まる。土台ができたら、幅0.8ミリ〜1.0ミリ、厚さ0.1ミリ〜0.2ミリほどの純銀製のリボン「銀線」をピンセットで曲げて絵柄を形成。銀線は0.1〜0.2ミリの差でも仕上がりが大きく変わるので、作品によってサイズを使い分けているそうだ。そうして曲げた銀線を土台の陶磁器に貼り付けるため、次は透明の釉薬を糊がわりにして焼く。その後、色のついた七宝の釉薬を入れ、焼く。さらに色を重ねて、また焼く――。最後に約8種類の砥石でつるつるになるまで磨き、ようやく完成する。

「金属が土台であれば窯で何度焼いても問題ないのですが、陶磁器は焼き付けの過程で割れてしまうこともあり、完成に至るのが非常に難しいんです」(このみさん)

当時制作する人がほとんどおらず、正確な作り方の記録も残っていなかったため、このみさんが陶磁胎七宝の作品を完成させるまでには約5年半もの歳月を要した。銀線が溶けずに釉薬のみが定着する温度、窯の温度、釉薬の種類や配合など、研究と試験をひたすら繰り返した。途方もない作業に思えるが、「心が折れたことはなかった」と言う。

「毎回『もう少しでうまくいきそう』という感じだったんです。でも、実は完成したとは未だに思っていない。まだ形にできるものは限られているし、作ってみたいものがたくさんあるんです」(このみさん)

■好きなことをして、買ってくれる方がいるなんて最高
今は陶磁胎七宝の酒器やアクセサリーなどを中心に制作しているが、複雑で繊細な制作工程ゆえに、どんなに小さな作品でも完成するまでに1カ月はかかるという。陶芸の技術と釉薬の知識、絵柄を描くデザイン力はもちろん、手先の器用さや根気も必要だ。

「もともと特小ビーズの作品づくりが趣味だったくらい、とにかく細かい作業が大好きなんです。だから、好きなことをして、さらに出来上がったものを買ってくれる方がいるなんて最高だな、と思っています」(このみさん)

このみさんの作品で特に人気を集めているのが、金魚や鯉を描いたぐい飲み。白い磁器の上に銀線の鱗が規則正しく並んで輝くさまが美しく、まさに陶磁胎七宝の魅力を生かした作品と言えるだろう。



息抜きに散歩をしながらデザインの着想を得て、スケッチブックに描き貯めることも多いそう。「海が光るキラキラした感じを表現できないかなとか、自然からアイデアをもらうことが多いですね。いつも陶磁胎七宝ならではの絵柄を考えています」(このみさん)

■自己表現ではなく、喜んでくれる人のために
それぞれ異なる技法で作陶する2人だが、お互いの作品に対してどう感じているか尋ねてみた。

「姉は絵が上手で、それを生かして作品を作っていることがすごいと思う。僕は絵が得意じゃないし、ジャンルが違うというか…。自分には絶対できない分野です」(智路さん)

「弟は小さいころから物を作るのが本当に上手で、私はこんなに器用に練り込みで作れないなと思うんです。弟は簡単にやっているように見えるけど、私はその難しさがよくわかっているぶん、余計にすごいなと…。ユニークな柄で人を呼べているのも尊敬します。いつか弟の練り込み作品に陶磁胎七宝を施すなど、コラボレーションもしてみたいですね」(このみさん)

そんな2人に共通しているのは「誰かのために作りたい」という思いだ。「私も弟も『陶芸を通して自己表現をしたい』というタイプではないんです。陶芸が“仕事”として身近にあったからこそ、やっぱり喜んでくれる人のために作りたい。相手がいるからこそ続けられるんです」(このみさん)

同じ陶芸家の家に生まれながら異なる道を歩み、自分にしかできない仕事をする2人。2つの伝統技術が今後どのように進化していくのか、注目していきたい。


取材・文=前田智恵美/写真=古川寛二

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