
誰もが当たり前に見る、寝ている間の夢。そんな夢を一度も見たことがない少年が「夢を見るための世界」に誘われる短編漫画『夢に堕ちる』が、pixivコミック月例賞(2022年1月投稿分)の優秀賞を受賞した。
睡眠中の夢を一度も見たことがない小学生の男の子「恵一」。一度でいいから夢を見てみたいと思い研究をはじめた恵一は、ある日姉から“身につけて寝るといい夢が見られる”という不思議な道具を受け取る。
その夜、気付くと広大な砂漠のような世界にいた恵一。念願の夢が見られたと喜ぶ恵一は、その世界で「タオルケット・アンダーピロウズ」という女の子に出会う。タオルケットは、この世界が「現実世界で眠った人がやってきて、ここで寝ながら夢を見る」場所で、自分はそうした人々を世話するためにいるのだと語る。
見ようと思っていた「夢」とは違っても、不思議な世界の存在にワクワクする恵一は、タオルケットとともに家族やクラスメイトの見る夢を巡りはじめるのだが――というストーリー。
夢と現実の境界が曖昧になるような物語と、子供の頃に見る夢のように、奇想天外ながらもどこか不気味にも思える世界の描写に引き込まれる本作。ウォーカープラスでは今回、作者の立藤灯(@uguisucolor)さんにアイデアのきっかけやこだわりなど、本作制作の舞台裏をインタビューした。
■楽しくも恐ろしい淡いの世界、モチーフは『銀河鉄道の夜』
――『夢に堕ちる』を描いたきっかけを教えてください。
「ある時、知人と夢についての話になったとき、知人は毎晩のように夢を見ていて、起きても鮮明に夢を覚えていると言っていて、対する私は夢なんぞほとんど見なくて、しかも大抵は忘れてしまうので、寝てる間も楽しめていいなぁ、と感じたことがきっかけになります。
明晰夢なんてものは私にとってはもはやファンタジーの領域で、考えてみると、いくらレム睡眠やら脳波やら科学的根拠を並べられても、『夢』というものは自分のものしか確認できず、他人の語る『夢』が自分の体験している『夢』と同じようなものなのか、絶対にわからないっていうのは面白いです。そういう、他人とは真では分かり合えない、ということを本作で描けたらいいなと思い、制作しました」
――お話はどんなアイデアから生まれたのでしょうか?
「宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を私なりに描いてみたらどうなるだろう?という疑問から生まれました。夜の宙をゆく銀河鉄道のあのふわふわした感じを『夢』という題材で表現できたらいいなと。設定やキャラクターは初期構想から紆余曲折あり、現在の『夢に堕ちる』が出来上がりました」
――「夢を見るための世界」というのが独創的です。
「夢を見るための世界は、僕がグースカ寝てる間に、僕以外皆夢を見ているんじゃないかと考え、『じゃあ逆に夢を見てない人は、寝てる間どこに居場所があるのだろう?』という流れで、ベッドが並んだ空間が生まれました」
――タオルケットのいる世界には、子供の頃に見た不思議な夢の感覚を精緻に描かれた印象を受けました。
「タオルケットのいる世界は夢のコントロールルームのような場所で、本来は神様の領域です。作中では少ししか登場しないため、ワケがわからないですが、ギリシャ神話の夢の神の三兄弟が管轄していたようです。しかしそこを追放されてしまった弟が、刺客として送り込んだのが現世で拾った少女タオルケットなんじゃないでしょうか。彼女は何も知らず利用されているだけですけど。恵一もタオルケットも、神の兄弟ゲンカに巻き込まれた被害者ですね」
■「満足してもらえる夢オチ」を描いた象徴的なラスト
――夢という題材を象徴するかのように、その結末に読者からさまざまな解釈が寄せられていたのも印象的です。
「物語における夢オチという結末は読者に嫌われる傾向にあると思っていて、じゃあ逆に満足してもらえる夢オチを描きたいなと思って描きました。荒唐無稽で、整合性がちゃんととれてなかったりしても、『まぁまぁ夢だから』で自分を納得させて、好きなシーンをどんどん描けたので、曖昧さには正直助けられました。物語に余白を残すことはとても大事だと改めて気づかされました」
――利発でありながら子供らしい一面も持つ恵一と、エキセントリックに映るタオルケットのキャラクターも魅力的です。人物造形はどういった点を意識されましたか?
「まずはタオルケットの、空回るさみしい道化のようなキャラを思いつきました。すると今まで作った設定や展開を、タオルケットがぶち壊していくので、彼女の動向を追っていくのは楽しかったです。『キャラが勝手に動く』のを初めて感じた気がします。恵一は、暴走するタオルケットの相手役として、おとなしく、まじめな、フツーの子になりました。なので前半の、タオルケットが登場するまではかなり話づくりが地味になって辛かったですね。
人物造形で意識してる点は、登場人物の抱えてる問題の根本を探り、それがしぐさや恰好、行動に滲みでるようになるまで考えることでしょうか、まだまだできていませんが……」
――作者として、本作でやれてよかったことや、お気に入りの場面はありますか?
「ポベートールや最後のモルペウスなど、『結局なんだったんだあいつらは?』と思われるような、キャラを出せたことですかね。漫画は自由なんだと思えました。ラストのベッドの俯瞰は、チマチマずっと描いてたので思い出深いです。あとはタオルケットというキャラを生み出せてよかったです」
――本作はpixiv月例賞の優秀賞受賞をはじめ、読者からも多くの反響が寄せられました。
「反応がいただけるのはとてもうれしいです。また頑張ろうって気持ちになります。ありがとうございます」
取材協力:立藤灯(@uguisucolor)