貧困、紛争、気候変動、感染症...このままでは安定して世界で暮らし続けることができなくなるという危機感から、世界中のさまざまな立場の人々が話し合い、課題を整理し、解決方法を考え、2030年までに達成すべき具体的な目標を設定した「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」。17の目標・169のターゲット・232の指標から構成されたSDGsは、地球上に存在する全ての人に対し「誰一人も取り残さない」ことを誓うものであり、発展途上国のみならず、先進国も含め、世界全体が取り組む国際目標となっている。
企業が事業活動を通じて社会に貢献する「CSR(企業の社会的責任)」は存在するが、「CSR」は利益を還元するという前提の上に成り立つ傾向があり、業績が悪化した際には優先度が下がるケースも見られる。
一方の「SDGs」は、社会への還元という考え方ではなく、事業活動そのものに「持続可能であること」を組み込む点が大きな違いだ。従って、全ての企業が取り組むべき経営指標であり、事業活動そのものを見直す必要があることから、さらに一歩踏み込んだ思考と行動力が求められる時代となった。
今回は、日本が世界に誇る企業「トヨタ自動車」(以下:トヨタ)が目指すクルマを通した豊かな社会と、最新のクルマづくりを展示物や映像で紹介する企業展示施設「トヨタ会館」(愛知県豊田市)へ。実施中のSDGsにまつわる展示内容をはじめ、具体的な活動内容について取材した。
※感染症対策に注意して取材を行っています。
■“最新のトヨタの取り組み”がSDGsに繋がる
――今回の展示について、その特徴を教えてください。
【トヨタ会館担当者】「トヨタ会館」では、今回SDGsに関連する展示を常設の展示の中に導入しました。当館は従来から「クルマづくりを中心とした事業活動と社会貢献活動によって、豊かな社会づくりに貢献したい、一人でも多くの人に幸せになってほしい」というトヨタの想いを、“最新の取り組み”とともに紹介する展示館として機能しており、その思いと取り組みはSDGsに通じるものだと考えています。今回の展示は、言わばこれまで紹介してきた取り組みを、改めてSDGsの視点でもご覧いただけるように実施するものです。
具体的には、初めて来館された方が目にされるであろう館内紹介・館内マップ上に、SDGsとトヨタの想いや取り組みとのつながりを文章で示しました。また、マップ上にある各コーナーの紹介では、該当コーナーで展示している取り組みによって貢献可能だと考えるSDGsアイコンを表示しています。加えて、従来はご紹介できていなかった取り組みの中でも、ちょっと意外でホットな内容を大型のバナー(パネル)にして新たに展示することで、さまざまなSDGsに貢献しようとする当社の姿勢を知っていただこうと考えました。
■SDGsの取り組みについてトヨタが示す具体策
――各フロアで紹介されているSDGsに紐づく取り組みについて、具体的な注目ポイントを教えてください。
【トヨタ会館担当者】エントランスの左隣にある「環境と感動」のフロアでは、住みよい地球と持続可能で豊かな社会を実現するためにトヨタが取り組む、環境に優しいクルマの開発や、そのほかさまざまな環境に関する取り組みについて詳しく紹介しています。
その一つの例が「水素社会」です。電気は貯めておくことや遠くへ運ぶことが難しいエネルギーですが、これを貯めたり運んだりすることが比較的容易な水素という形を介する水素社会では、再生可能エネルギーを含む多様なエネルギーを無駄なく有効に活用することができます。こちらはジオラマと映像でもご覧いただけます。
水素は、使用してもCO2排出ゼロ。またいろいろな物質から製造できるので、尽きることのないエネルギーとして注目度が高く、トヨタでは2014年に燃料電池自動車の販売を開始しました。また最近では、水素を燃焼させて動くエンジン開発にも取り組んでいます。
目指すところはSDGsにもある「持続可能」であったり、最近よく言われる「カーボンニュートラル」であったりしますが、そのための選択肢や方法はたくさんあると考えています。冒頭、「ちょっと意外な分野でSDGsに貢献」という話もしましたが、今回作成したバナー(パネル)でご紹介している「トヨタの森づくり」もそうしたたくさんの方法の一つと言えます。
■究極の願いである「交通事故死傷者ゼロ」の実現に向けて
【トヨタ会館担当者】次に「安全と自由」のフロアでは、クルマがドライバーの安全運転をサポートすることで事故を防ぐ仕組みや、万が一の衝突時に乗員・歩行者を保護するための仕組みを紹介しています。また、シミュレーターを使い実際に安全機能を体験していただくことも可能です。
トヨタでは、安全なモビリティ社会の実現に向け、人・クルマ・交通環境の「三位一体の取り組み」を推進するとともに、事故に学んで商品開発に活かす「実安全の追求」が重要と考えています。
■モノづくりで培った「トヨタ生産方式」技術を応用
【トヨタ会館担当者】さらに先に進むと「生産と創造」のフロアがあります。ここでは、「トヨタ生産方式」とプレス、溶接、塗装、組立の4工程、最新の生産技術や現場の工夫を、映像や模型でわかりやすく紹介しています。
「トヨタ生産方式」は、不良品などの異常があった際に、機械が自ら止まって、不良品を後工程に流さないということを基本的な考え方とする「自『働』化」と、「必要な物を、必要な時に、必要な量だけつくる」という考え方の「ジャスト・イン・タイム」が2本の柱です。
「トヨタ生産方式」と聞くと、徹底的にムダをなくし、効率化を図ることだけに思われがちですが、それは、品質のよい製品を、より早く、より安くお客様へお届けするための考え方であり、同時に、少しでもラクに働けるようにという、働く側にとっても配慮された考え方です。
この「トヨタ生産方式」の考え方を社会に取り入れた例として、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種会場の事例が挙げられます。トヨタは2021年4月に、豊田市、そして超低温帯輸送を得意とするヤマト運輸と三者連携協定を締結。
医師はもちろん、それ以外の人員や備品、駐車台数や接種時間など、「ワクチン接種に必要なもの」がどれだけ必要なのかという、「トヨタ生産方式」でいうところの「原単位」をもとに、会場レイアウトや運営方法を作り上げました。さらに現地で改善を重ねていくことで、来場者が負担なくスムーズに接種できる状況を実現しました。
■大きく進化した価値を社会に提供し積極的に社会貢献活動を推進
【トヨタ会館担当者】「企業と社会」のフロアでは、トヨタが目指している「もっといいクルマづくり」と「いい町・いい社会づくり」への貢献を、具体的な取り組みと共に紹介しています。
今回新たに展示したのは、「TABLE FOR TWO(TFT)」と「モバイルトイレ」の取り組みです。「TFT」は、先進国でカロリーを抑えた定食や食品を購入すると、1食につき20円の寄付金がNPO「TFT International」を通じて、開発途上国の子供たちの学校給食となります。これにより開発途上国の子供の就学率・出席率が飛躍的に向上しています。
トヨタでは、従業員食堂で「TFT」ヘルシーメニューを導入。1食につき従業員から10円、会社から10円を上乗せした合計20円を「TFT」に寄付します。従業員ひとり一人が社会貢献の意識を高めるとともに、開発途上国の子供達に温かな食事が届けられる活動として、現在も継続して取り組んでいます。
「モバイルトイレ」は「Mobility for All」の実現を目指して開発しているものの一つです。多くの野外施設では、車いす使用者を含め、さまざまな身体状況の方が利用する「バリアフリートイレ」の整備不足という現実があります。
そこでトヨタでは、バリアフリーに知見を持つトイレメーカーと協力して、移動型バリアフリートイレ「モバイルトイレ」を開発しました。快適・衛生的な多機能トイレを搭載し、自由に移動できる「モバイルトイレ」は、各会場に素早く設置することが可能です。
また、スポーツ観戦など、各種イベントへの参加がしやすくなるので、車いすを使用する方の外出の可能性を大いに広げられると考えています。障害の有無にかかわらず、誰もが行きたい場所に行き、やりたいことに挑戦できる社会の実現を目指し、今後も開発を続けていきます。
■「環境技術は普及してこそ社会に貢献できる」という想い
【トヨタ会館担当者】最後に展示車両フロアでは、最新のトヨタ車やレクサス車などを展示しています。なかでもモータースポーツやラリーの取り組みについて取り上げている「TOYOTA GAZOO Racing」のブースでは水素エンジンの開発についてバナー(パネル)で紹介しています。レースの現場で鍛えることで、より短い時間での開発が可能となると考えています。
トヨタでは、創業期より、モータースポーツ、スポーツにも力を注いできました。限界に挑戦する姿は、見る人に感動(ワクドキ)を与えます。より豊かな社会づくりに向けて、SDGsとともにこれからも大切にしていきたい価値のひとつです。
■「トヨタ」に関わるすべての人に「YOUの視点」を
――今回の展示は特にどんな方に観てもらいたいですか?
【トヨタ会館担当者】SDGs達成のためには誰か特定の人や団体だけではなく、よりよい社会のため、誰かのために各個人が考えて行動することが求められます。トヨタでは、ひとり一人の従業員が、「誰かのために」を考える「YOUの視点」を持つことが大切だと考えています。従業員はもちろん、「トヨタ会館」にお越しいただいている関係会社の方や近隣の方、トヨタに興味を持っていただいている多くの方に広く見ていただきたいと思います。
――「トヨタ」として「SDGs」を実践することで、社内・社外の反響はありましたか?
【トヨタ会館担当者】トヨタは創業時から誰かのために、社会のために「自動車を通じた豊かな社会づくり」「よりよい社会づくり」を目指し事業活動、社会貢献活動を行ってきました。2020年5月の決算発表時には改めて社長の豊田から「SDGsに本気で取り組む」との発言があり、このメッセージによって、社内・社外問わずトヨタの“本気の姿勢”が伝わったのではないでしょうか。
社内では、ひとり一人が自分でできることを考え取り組みを行う「Action! SDGs」が立ち上がり、意識改革が加速しています。取り組みを申請した従業員には誰かのために行動した証として、「SDGsバッジ」が配布されますが、こちらも廃材をリサイクルして内製するなど、従業員のSDGsへの貢献の想いを込めたものになっています。
■より良い世界の実現を目指すことへのトヨタの役割
トヨタの使命は、世界中の人たちが幸せになるモノやサービスを提供すること、つまり「幸せを量産すること」だ。トヨタが創業以来「誰かのため、社会のために」という想いで行ってきた事業活動、社会貢献活動は、「誰一人取り残さない」世界を目指すSDGsの精神に通じるものであると考えられる。
自動車業界が100年に一度と言われる大変革期を迎え、トヨタはこの変革に対応するコネクティッド・自動化・電動化などの新しい技術開発をはじめ、すべての人の移動を自由にするサービスの提供により、このSDGsの達成に近づけると考えている。改めてSDGsに本気で取り組んでいくことを決めたトヨタの姿を、「トヨタ会館」に足を運び、ぜひその目で確かめてほしい。
より良い世界の実現を目指すために、さまざまな取り組みを進めるトヨタに今後も注目したい。
取材・撮影/森澤直人(tracks)
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