「別に型にはまることないし、カッコつけたっていいと思う。オレもそうだった。でもオレ、いじめなんてしたことなかったよな。だって恥ずかしいだろ、誰か泣かしたり。いじめは最低だよ。カッコ悪いよ。」
1996年、Jリーグの横浜フリューゲルスに所属していた前園真聖が公共広告機構(現ACジャパン)のCM「いじめ、カッコ悪い。」に出演。いじめ問題が社会問題となっていた当時、前園が冒頭のメッセージを語るこのCMは大きな反響を呼んだ。
あれから25年。2021年3月4日、Jリーグが、前園氏を起用したSNSによる誹謗中傷防止のための啓発映像を公開。近年はSNSなどにより、人格を否定するような誹謗中傷が深刻な社会問題となっている。今回新たに作られたネットいじめ防止のための映像は、Jリーグ公式YouTubeチャンネルやJリーグ全試合会場の大型ビジョンで見ることができる。
「いじめ、カッコ悪い。25年前、そう言った。あれから25 年、今もいじめはなくならない。SNSでの誹謗中傷、ヘイト、人種差別。匿名で見えないところから誰かを叩いたり、誰かを泣かせたり。何度でもいう。ネットいじめはサイテーだよ。カッコ悪いよ。」
この映像、この言葉に込められた思いとは。「いじめ」「サッカー」「啓発CM」という3つのテーマから連想される人物としてメッセンジャーに起用された前園氏と、制作を担当したJリーグコミュニケーション部の吉田国夫氏に撮影後、話を聞いた。
■人の批判はしない、楽しいことを発信する
――25年前のことは覚えていましたか?
【前園真聖】撮影したことも、学校でいじめが問題になっていた時代背景もよく覚えています。「自分の言葉で」と言われて、あのようなセリフになりました。
――今回は「ネットいじめ」ということですが、当時とは“いじめの形”が変わってきているような気もします。
【前園真聖】そうですね。25年前と同じようないじめは今でも少なからずあると思います。でも今は、ネットでの誹謗中傷が社会的な問題になっていますよね。匿名だと相手が見えづらくて、何でも好きなことを言って誰でもたたいてしまう。そこが卑怯というか、すごくもどかしく感じます。
――いじめる側の自覚にも違いがあるような気がします。
【前園真聖】匿名だからばれないし、そこに責任感が伴っていないような気がします。お互いに知っている関係であれば、文字を打つときに「この表現で大丈夫かな」と考えるじゃないですか。でも、ネットだとそんなふうには考えずに気軽に発信して、受け取ったほうは追い詰められてしまう。そこが大きな問題ですよね。自分の名前を明かしたうえで同じことを言えるか、発信できるかと問われたら、きっとできないと思うから、言葉を発信する前にちゃんと考えるべきだなと思います。
――意見があって発信することとはまた違いますしね。
【前園真聖】もちろん匿名でも意見を言うのはいいことだと思います。今問題になっているのは、誰かをたたいたり、誹謗中傷をしたり、いじめたりすることであって、匿名がすべて悪いということではないと思います。ただ、匿名であることが、この問題を助長させている側面は少なからずある気がします。
――強い意見や意志があってということではなく、軽い気持ちで加担している人もいそうです。
【前園真聖】SNSの特徴である「情報の拡散」がネガティブに働いてしまう部分だと思います。それまで興味のなかったことにも便乗して加担する。こうした負の連鎖が続くのがよくないことなのだと思います。
――前園さんご自身はSNSの使い方をどのように意識していますか?
【前園真聖】基本的にはポジティブで楽しいことを発信したいと考えています。もちろん、すべての人が自分を応援してくれているとは考えていないですし、中には違う意見の方もいるとは思います。ただ、今のところは程良い距離感で接していて、自分自身も人の批判はしないように心掛けて、楽しいと思うことを発信しています。
■ネットいじめは「25年前より、カッコ悪い。」
――今後、ネットいじめを少しでも減らしたいですね。
【前園真聖】かなり前からネットいじめはあって、残念ながらそれが原因となって亡くなった方もいますし、早く対処しないとずっとなくならない気がします。SNS自体はすばらしいツールだと思うので、もっと有効に使われてほしいですね。
――サッカーで言えば、スタジアムで受けるブーイングやヤジとも違いますよね。
【前園真聖】僕が現役の頃にSNSはなかったですが、スタジアムでヤジを飛ばされたり、批判されたりもしました。ただ、それは直接言われるので、内容や場合によっては言い返すこともありました。でも、ネットだと相手が誰なのか全くわからないですし、そこに知らない人たちが集まってきて、たとえ事実でなかったとしても負の連鎖が広がっていきます。SNSの誹謗中傷は大きな問題ですね。
――そうした状況を踏まえ、今回の撮影を終えて、いかがでしたか?
【前園真聖】25年前の自分はやんちゃでしたからね。以前の映像を見て、なんであんな偉そうに言っているんだろうと思いました(笑)。あの当時だから許されていたんだと思いますけど、あの態度はないなと(苦笑)。(撮影)監督とも話し、今の思いを伝えたくて、しっかりと言葉を考えながら臨みました。あの当時のように「だめだよ」と強いメッセージで伝えるというよりは、「みんなはどう思う?これでいいの?」という気持ちで語り掛けたつもりです。
――いじめはカッコ悪い。この考えは変わっていないですか?
【前園真聖】そこは変わらないです。25年前より、カッコ悪いんじゃないですかね。もちろん、昔と同じようないじめもカッコ悪いし、問題だと思います。今のネットいじめは、匿名をいいことに会ったこともない誰かをたたき、場合によってはその人に興味もないのにみんながやっているからと加担してしまう、その考えは本当にカッコ悪い。ネットで誰かをいじめている人には何のリスクもないですから。僕にはわからないんですよね。本当の自分がいて、誰かをたたく“もう一人の自分”がいるということが。スマホを手に取ると誰かをたたいてしまう人は、はけ口を探しているのかもしれないですね。
――SNSやインターネットとの付き合い方について、あらためて感じていることを教えてください。
【前園真聖】楽しく使ってほしいと思います。もちろん世の中はいいニュースばかりではないですけど、できるだけハッピーなことを共有して、広げていってほしいです。大変なことがあればみんなで助け合う、そんな空間をつくってほしいなと思います。
――最後に、2021年のJリーグに期待していることを教えてください。
【前園真聖】昨年からコロナ禍でJリーグも選手たちもファン・サポーターの皆さんも一生懸命やっているのを外から見ていました。今シーズンはいつ通常開催に戻るのか分かりませんが、選手たちはピッチの中で一生懸命頑張っているし、ファン・サポーターの方が以前のようにスタジアムで楽しく応援できる日がまた来るといいなと思います。僕らはその日までJリーグを応援したいですし、みんなでサッカー界を盛り上げていけたらいいですよね。
■「ネットいじめ、カッコ悪い。」、Jリーグが伝えたかったこと
■「いじめ、カッコ悪い。」、Jリーグが伝えたかったこと
――今回の撮影を見届けていかがでしたか?
【吉田】25年前に前園さんのCMを見ていた世代なので、懐かしいというか不思議な気持ちでした。僕の中で当時の姿が印象に残っていましたし、今回あのCMのオマージュでいきたいという提案があったときに、私もぜひそうしたいと思いました。
――Jリーグとして伝えたいメッセージをあらためて教えてください。
【吉田】リアルないじめは過去も現在も問題として残っていますが、最近はSNSを使って匿名で無責任に発信するような風潮が主流になってしまい、いわれのない差別や誹謗中傷を目にすることがあります。Jリーグではそのような風潮に大きな危機感を持っていて、スポーツやサッカーのあるべき姿ではないという思いを強く抱いているので、本来の姿を取り戻したいですね。
――本来の姿を取り戻すために、どのような心構えが必要でしょうか?
【吉田】インターネットやSNSは情報を収集したり発信したりするうえで大事なコミュニケーションツールです。ポジティブなものとして使ってほしいですし、競うのはピッチ上だけにしたいと考えています。罵詈雑言を浴びせ合ったり、相手に対するリスペクトを欠いたりする行為はサッカーの世界にふさわしくないですからね。選手だけでなくファン・サポーターの方にもフェアプレーを心掛けてほしいなと思っています。
取材・文=浅野祐介