古くから春の花として親しまれてきた桜。桜といえば、まず思い浮かべるのがソメイヨシノだが、日本古来の野生種や交配で生まれた園芸品種など、現在日本で見られる桜の種類は500種以上。花の特徴や開花時期が異なる桜の中から、抑えておきたい11種の桜を紹介しよう。
※記事内の花の大きさは小輪(約2.5cm以下)・中輪(約2.5~3.5cm)・大輪(約3.5~6cm)・極大輪(約6cm以上)
■ソメイヨシノ(染井吉野)は日本の桜の代表格
日本で現在もっともポピュラーな桜である「ソメイヨシノ(染井吉野)」。北海道や沖縄など、一部の地域を除き、気象庁が桜の開花を発表した際はソメイヨシノの開花のことを指す。
花の特徴は、丸く中輪の一重咲きで、色は淡い紅色。花が落ちる頃に緑色の葉が育ち始めるため、開花時は花だけが枝を覆う見栄えの良さもソメイヨシノらしさのひとつだ。開花時期は、関東では3月下旬から4月上旬だが、2020年には東京で3月14日の開花を記録している。
ソメイヨシノの名前の由来は、江戸時代末期に、現在の東京都豊島区付近にあたる染井村で育てられた桜が、「吉野桜」と銘打たれて広まったことにあるとされている。吉野といえば、当時から奈良県・吉野山の桜が名所として知られていたが、ソメイヨシノと吉野山の桜は別の品種であることが調査で発覚。両種を混同しないよう、1900年(明治33年)に染井村発祥の吉野桜を「ソメイヨシノ(染井吉野)」と命名し、現在に至っている。
各地で見られる桜で、東京・目黒川や埼玉県の熊谷桜堤をはじめ、北海道の松前公園、鹿児島県の忠元公園と、北から南まで名所も数えきれないほど。
■ヤマザクラ(山桜)は和歌にも詠われた日本古来から伝わる野生種
「ヤマザクラ(山桜)」は、国内では本州、四国、九州に分布する野生種。現代のように交配でさまざまな品種が生まれる以前から日本の広い範囲で見られ、古来和歌などで詠われた桜もこの種を指すといわれている。現在見られる桜の中にも、ヤマザクラとの交配で誕生したものは多い。
花の色は白色から淡紅色で、花の大きさは中輪。赤芽、黄芽、茶芽など、多彩な新芽が開花と同時に成長し、成長した葉の裏面は白色を帯びるのが特徴。野生種であることから、見た目や花の数などが異なる変異種も多く、葉や葉柄(枝と葉を繋ぐ部分)、小花柄(枝と花を繋ぐ部分)などに毛がある薄毛山桜はヤマザクラの変種のひとつ。
また、山に咲く桜のことを総称して「山桜」と呼ぶこともあるが、カスミザクラやオオシマザクラなどの桜とは別種で、古くには花色が紅色の個体が多いベニヤマザクラに対して、シロヤマザクラの名前が用いられていたこともあった。見頃時期は関東・関西ともに例年4月上旬から4月中旬。ヤマザクラの名所としては、奈良県・吉野山や、茨城県桜川市の磯部桜川公園があり、古くから「西の吉野、東の桜川」と並び称される。
■オオシマザクラ(大島桜)は桜餅を包む葉でもおなじみ
「オオシマザクラ(大島桜)」は、日本の野生種のひとつ。名前の「オオシマ」とは伊豆大島に由来し、その名の通り、野生種は伊豆大島をはじめとする伊豆諸島を中心に分布し、伊豆半島や房総半島など、関東南部から静岡県にかけての比較的温暖な地域にも自生している。
ヤマザクラと同じく野生種のため個体差が多いが、花は白く大輪の一重咲きで、ヤマザクラやソメイヨシノと比較しても葉や花は大きめ。なお、ソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンを交配して誕生した、いわば親にあたる。また、花と葉は香りが強いことから、桜餅を包む葉といえばオオシマザクラのものが一般的。
開花時期は、個体・地域差があるが、東京では4月上旬が目安。伊豆大島のサクラ株は例年3月中旬~4月上旬が見頃時期だ。ポピュラーな桜だけあり、都内でも千鳥ヶ淵や隅田公園など、桜の有名スポットでソメイヨシノなどと並び、咲く様子が楽しめる。
■エドヒガン(江戸彼岸)は彼岸桜とも呼ばれ名木も多い
「エドヒガン(江戸彼岸)」は、本州、四国、九州に分布する野生種。「彼岸」の由来は、春のお彼岸頃に花を咲かせることからきており、開花時期は関東では3月中旬とソメイヨシノより早め。花は一般的には小さい一重咲きで、色は淡紅色。野生種らしく、花が白いなどの変異種も見られる。また、花が咲いた後に葉が開くのが特徴。
また、一般的に、エドヒガンを指して「彼岸桜(ヒガンザクラ)」と呼ぶこともある。「彼岸」を冠する桜はエドヒガンのほかにも、江戸彼岸と豆桜の雑種とされる「コヒガン(小彼岸)」や、富山県南砺市に自生地のある「越の彼岸」、枝の垂れた「しだれ彼岸」などがあり、さまざまな場所で見ることのできるポピュラーな桜のひとつ。岩手県・盛岡地方裁判所前の石割桜や、山梨県の山高神代桜など、エドヒガンの名木も多い。
■ヤエザクラ(八重桜)は八重咲きの桜の総称
「ヤエザクラ(八重桜)」は、花びらが増えて重なって咲くように見える八重咲きの桜の総称。八重咲きとは、桜の場合、花びらが20枚以上の桜を指すことが多く、対してソメイヨシノのように花びらが5枚の桜を一重咲きと呼ぶ。さらに、八重咲きの桜でも、菊の花のように大量の花びらをつけて咲く花は「菊咲」と呼び分けることもある。
八重桜は全国でさまざまな品種が栽培されており、八重咲き以外の特徴や開花時期も異なる。一例として関山(カンザン)、手毬(テマリ)、一葉(イチヨウ)、普賢象(フゲンゾウ)などの桜が知られている。八重桜の名所では、多種多様な品種が植えられた大阪の造幣局「桜の通り抜け」をはじめ、松前公園、新宿御苑、上野公園などがある。
■シダレザクラ(枝垂桜)は枝の垂れた佇まいが魅力的
「シダレザクラ(枝垂桜)」は、枝が垂れる桜の総称。一般的に品種としてのシダレザクラは、通常枝が上に伸びて成長するエドヒガンが下に垂れるものを指し、枝垂れ以外は、淡紅色で小輪の花を咲かせるエドヒガンの形質と同じ。開花時期も関東では3月中旬頃だ。なお、シダレザクラで花の色が濃紅色のものは「ベニシダレ(紅枝垂)」とも呼ばれる。
品種としてのシダレザクラ以外にも、木が枝垂れている桜には濃い紅色で八重咲きの「ヤエベニシダレ」や、里桜類の枝垂れ性として菊咲きの「キクシダレ」などがある。
エドヒガン同様、シダレザクラの古木も多く、樹齢1000年以上と推定される天然記念物の「三春滝桜」(福島県)や、京都府の円山公園を代表する桜「祇園枝垂桜」などが知られている。
■カンヒザクラ(寒緋桜)は沖縄で開花観測に使われる早咲き桜
「カンヒザクラ(寒緋桜)」は、ヒカンザクラ(緋寒桜)や、タイワンヒザクラ(台湾緋桜)とも呼ばれ、紫にも近い濃紅色で、中輪の花が特徴的な品種。花の咲き方は下向きで、花びらは散らずに、萼(がく)の付いた大きな花ごと落下するのも特徴的だ。
国外では中国南部や台湾に分布する桜で、国内では沖縄県で気温の関係で育てるのが難しいソメイヨシノに代わり、桜の開花の観測に使われている。有名な桜の品種として知られるエドヒガンは、ヒガンザクラ(彼岸桜)とも呼ばれ、名前は似ているが異なる種類の桜だ。
開花時期も早く、東京では3月中旬から、暖かい沖縄では平年1月中旬から下旬にかけて開花し、毎年1月下旬から2月中旬が見頃となる。沖縄県内では世界遺産・今帰仁城跡や、八重瀬公園などがカンヒザクラの名所として知られている。また、東京都の向島百花園の桜や、神奈川県の県立三ツ池公園など、首都圏をはじめ、本州でもカンヒザクラを見ることができる。
■カンザクラ(寒桜)はカンヒザクラとは別種の早咲き桜
「カンザクラ(寒桜)」は、カンヒザクラとヤマザクラの雑種と推定されている桜。花は淡紅で一重咲、大きさは中輪。東京での開花時期は例年3月上旬頃だが、名前の通り、場所によっては1月~2月に咲く早咲きの桜だ。
寒い時期に咲く桜が「寒桜」と呼ばれることや、沖縄などで咲く「カンヒザクラ」や名前の似ている「フユザクラ」と混同されることも少なくないが、品種としての寒桜は個別のもの。寒桜の名前を含む桜にはほかにも「大寒桜」や「修善寺寒桜」があるが、これらはカンヒザクラとほかの種の交雑種だ。なお、熱海市の早咲き桜「あたみ桜」は、カンヒザクラとヤマザクラの雑種と見られ、品種としては寒桜の一系統とされる。
寒桜が見られる名所としては、都内では新宿御苑や上野公園がある。
■フユザクラ(冬桜)は春と秋、1年に2回咲く品種
冬桜は、「コバザクラ(小葉桜)」とも呼ばれる白く一重の花の桜。別名の通り葉は小さめで、秋は10月~12月、春は4月頃と、1年で二度に渡り咲くのが特徴。なお、名前の意味が似ているので「寒桜」と混同されやすいが、見た目や咲く時期の違う別の品種。
冬桜の名所として有名なのが、群馬県の桜山公園で、「三波川の桜」として国の名勝および天然記念物に指定されている。同公園内には約7000本の冬桜が植えられており、毎年11月中旬から12月中旬にかけて見頃を迎える。11月中旬には紅葉と冬桜の両方を楽しめることもある。
■カワヅザクラ(河津桜)は伊豆の早咲き桜として人気
「河津桜(カワヅザクラ)」は、静岡県の河津町で発見された早咲きのサクラ。沖縄などを中心に咲くカンヒザクラ系と、早咲きオオシマザクラ系の自然交配種と考えられており、例年1月下旬になると花が咲き始める。さらに、3月上旬までの約1カ月間という長さで咲き続けるのも特徴のひとつだ。
一般的なサクラの品種であるソメイヨシノに比べ、河津桜は大輪で、濃いピンク色になる。一番の見頃といわれているのは、満開になる前の6~8分咲きで、河津町での例年の見頃は2月中旬から3月上旬頃。
河津町では毎年2月から3月にかけて「河津桜まつり」が開催され、桜並木のある河津川を中心に、町内各地で桜とともにさまざまなイベントが行われる。※2021年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止
■アタミザクラ(あたみ桜)は1月から開花し開花期間も長い
「あたみ桜(アタミザクラ)」は、その名の通り、熱海市を中心に栽培されている早咲きの桜。「熱海桜」と漢字で表記されることもあるが、熱海市では「あたみ桜」としている。淡紅色の花が下向きに咲く桜で、1871年(明治4年)頃、イタリア人によってレモン、ナツメヤシとともに熱海にもたらされたインド原産の桜といわれている。
例年1月から3月にかけて見頃を迎え、静岡県内で同じく早咲きの桜として知られる河津桜よりも開花が早く、日本で最も早咲きの桜ともいわれる。また、ひとつの枝で早く開花する花芽と、その後開花する花芽とが二段構えで花を咲かせることから、開花期間が1カ月以上と長いのも特徴だ。
熱海市の木に指定されており、1月頃から市内各所で桜を楽しめる。約60本のあたみ桜が植えられた糸川遊歩道では、「あたみ桜糸川桜まつり」も行われる。※2021年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止
■監修:田中秀明(たなかひであき)
公益財団法人 日本花の会結城農場長・樹木医。桜の名所作りを支援するため、全国に提供している桜の優良品種選抜および苗木生産、約350品種を保有する同会桜見本園の管理・保全、新品種の登録など、長年に渡り、携わっている。同農場は結城紬で有名な茨城県結城市にあり、一般に公開されている。
※新型コロナウイルス(COVID-19)などの関係により、今年の紅葉情報、観覧情報に変更が生じる場合があります。
※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。