日本の理想的な朝ごはんといえば、温かいお味噌汁とご飯をイメージする人がほとんどでは? ひと口にお味噌汁と言っても、地域によってだしや味噌の種類が違ったり、家庭によっても具材が異なったりと、そのバリエーションは無数にあります。
そんな、私たちにとって最も身近な郷土料理・お味噌汁を通して、さまざまな人間ドラマを描くのが『29時の朝ごはん〜味噌汁屋あさげ〜』。読めば、お味噌汁のように身も心も温めてくれるだけでなく、思わず真似したくなるレシピも満載です!
歌舞伎町の人々を癒す朝ごはん屋
物語の舞台は、眠らない街・歌舞伎町。その片隅にあるのが、夜の街とは少し毛色の異なる小さな定食屋「あさげ」です。朝の5時から開店し、提供するメニューは丁寧にだしをとって作る日替わりのお味噌汁と温かいおにぎりだけ。
そんな一風変わった朝ごはん屋を営むのは、アリスとうららの若い姉妹。ナンバーワンを目指す新人ホストや自分を着飾ることに疲れたキャバ嬢、飲み過ぎて一夜の過ちを犯した大学生…。夜の街に疲れた「ワケアリ」の人々が毎朝ふらりと訪れ、さまざまな人間ドラマが展開されます。
そんな、登場人物も読者も癒してくれる本作の魅力について、著者の佐倉イサミさんにお話を聞きました。
歌舞伎町で働く人々の「オフ」の姿を表現したい
――本作を描くことになったきっかけを教えてください。
佐倉イサミさん:担当編集さんから「姉妹が営む飲食店の漫画を描きませんか?」と提案していただき、そこから設定をもりもり膨らませました。
――歌舞伎町を舞台にしたのはどうしてですか?
佐倉イサミさん:新宿でアルバイトをしていたことがあって、その頃に歌舞伎町で働く人たちの「オフ」の姿をよく見ていました。いつかその様子を漫画で表現したいと考えていました。
――歌舞伎町とは対照的なイメージのある「お味噌汁」がストーリーの軸になっているのも面白いですね。
佐倉イサミさん:夜に働く人たちの休息時間は朝だろうな…と考えた時に、「朝ごはんのお味噌汁」がパッと思い浮かびました。それが、お味噌汁を題材にした経緯です。訳ありの人、地方から来た人など、それぞれの家庭や故郷の味にドラマ性を持たせることができたので、結果的に相性よくお話づくりができたと思います。
――タイトルが「朝5時」ではなく「29時」となっているのが印象的です。
佐倉イサミさん:実は、タイトルを考えるのが本当に苦手で…。担当編集さんが提案してくれたのですが、「29時」に夜からつながっている朝ごはんであることが表現されていて、とても気に入っています。
「ご飯漫画」としての読後感を大切に
――若いながらも、姉妹で「あさげ」を切り盛りするアリスとうらら。人物像を考えるうえで大切にしたことはなんですか?
佐倉イサミさん:歌舞伎町に染まらないけれど、そこで働く人たちに静かに寄り添う存在として姉妹を作り上げました。二人の親が歌舞伎町に染まっている人間なので、名前だけは源氏名っぽくしています。
――お店にやってくる人たちも、それぞれにストーリーがあり、人間味を感じて魅力的でした。キャラクターの設定はどのように考えたのですか?
佐倉イサミさん:私が実際に会った「癖あり」の人を漫画に昇華させた登場人物もいます。例えば、度々物語に登場するキャバ嬢のエレナは、学生時代にキャバクラで働いていた同級生がモデルです。当時、教室で一生懸命名刺を作っていた様子が印象的だったので。
――すべてのストーリーが万事解決!というわけではないですが、どのお話も読後はほっこりしたり、前向きな気分になれました。ストーリーを考えるうえで大切にしたことがあれば教えてください。
佐倉イサミさん:いつも編集長に言われていたのは、「読後感が最悪なものは避けるように」ということ。ベースが「ご飯漫画」なので、飯が不味くなるお話はやめようと、自分の中でボーダーラインを決めながら描くようにしました。それでも、何度かNGをうけて没になったものもあります(苦笑)。
――本作ではさまざまな「ワケアリ」の人間模様が描かれていますが、佐倉さんが最も思い入れがあるのは何話ですか?
佐倉イサミさん:3話目の朝帰りの大学生・山やんのお話が思い浮かんでから、作品の雰囲気や流れがスムーズに作れるようになったので、とても思い入れがあります。少しルーズな男子は今までの作品では描いてこなかったので、新鮮で楽しかったです(笑)。
漫画を読んで、お味噌汁を飲んで、身も心も温まってほしい
――お味噌汁になぞらえた素敵なセリフも印象的でした。例えば、7話目のアリスの言葉「味噌汁をゆっくり味わうことで心の毒気が抜けますよ」など。そういった、登場人物の心が動いていくようなキーポイントとなるセリフはどのように生まれたのでしょうか。
佐倉イサミさん:印象的なセリフと言っていただけて嬉しいです! あまり「これを言わせよう」と思いながらセリフを考えていないので、キャラクターが私の中で勝手に動いて喋ってくれたものに近いかも知れません。
――この作品を通して読者に伝えたいこと、感じてほしいことは何ですか?
佐倉イサミさん:生きていると、どうにも解決しない悩みや不安にあふれていますが、お味噌汁を飲んで一息ついて、少しでも身と心が温まりますように。漫画を読んで、そしてお味噌汁を飲んで…そんな気持ちになって貰えたら本望です。
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佐倉イサミさんが描くこの作品は、疲れた心や身体に染み入る言葉やお味噌汁レシピが満載。おいしいものに心癒されたい読者のみなさんに、ぜひ手に取ってほしいグルメ漫画です!
取材・文=松田支信