コロナ禍のなか、釣りやキャンプなどのアウトドアレジャーに注目が集まっています。
「密にならない場所で思う存分遊ばせてあげたい」と考えるファミリーも増えているようですが、アウトドアの魅力は遊びの豊かさだけではありません。
実は「育脳」の面でも重要なのですが……それはどうして?
「アウトドア体験は子どもの脳の発達にとって、いいことしかありません。それは、知的好奇心が育つからです」そう話すのは、東北大学加齢医学研究所教授の瀧靖之先生です。
瀧先生はこれまで老若男女16万人以上の脳画像を読影、分析してきた脳科学者。その研究の過程で「子どもの本当の意味での賢さ」はどのように作られるのかが見えてきたと言います。
「勉強をするうえでも人間関係を作るうえでも、もっとも重要なことの一つは知的好奇心を持つことと言えます。
高齢になっても知的好奇心を失わない人は、趣味が多く行動的で、人間関係も充実している。認知症にもなりにくい傾向があります。
それは子どもにも言えることで、知的好奇心があると学習したことが身につきやすく、学業成績とも関連するとの報告もあります。そして『本当の意味での賢さ』を持つ子どもに育っていきます」
「たとえば『不思議だな、おもしろいな』と感じる力、『なぜだろう』と考える力、興味を持ったことを調べる力、得た知識をさらに深める力……。
つまり、物事に対する興味や関心が強く、深く広く考えることができるということでしょう」
これらの力の原点にあるのが知的好奇心だと瀧先生は強調します。
「どんなものでも、『知りたい』『学びたい』という意欲があるから深まるし、好奇心をもって学ぶと記憶として定着しやすいのです。その効果は学習面だけではありません。
人間関係だって『この人はどんな人だろう』『理解したい』という好奇心があるから深まるし、思いやる心も芽生えるはずです」
ぜひとも育てていきたい知的好奇心。とはいえ「知的好奇心を持ちなさい!」と言っても持てるものではありません。
そこで瀧先生がおすすめするのが、アウトドア体験です。
「大事なことは『環境』を用意すること。親が何もしなくても、子どもを自然環境の中に置くだけで脳はおのずと育っていくのです。
その理由はいくつもありますが、以下の3つが代表的なものと言えます」
昆虫、植物、動物、魚介類、石や砂、空や宇宙…自然の中には子どもの心をときめかせる要素が無限にあります。
人工的な遊び(ゲームやテーマパーク)も魅力的ですが、やはり人の手で作られたものには限界があり、どこかで飽きるのです。
でも自然の興味は無限。
「私自身、子どもの頃は蝶に夢中でした。どうして蝶はあんなにヒラヒラ飛ぶの? どこに行けば違う種類の蝶と出会える?と興味津々でした。
それが生き物全般への興味、ひいては理系の学問へと結びついていったのです」
アウトドアでは予測不可能なことが起きるもの。突然雨が降ってきたり、ハチが飛んできたり、道が悪かったり…。そんなときこそ「賢さ」を身につけるチャンスです。
「どうすればとっさに身を守れるのか、問題解決できるのかを考え、不測の事態を楽しみに変える方法を身につけることができれば、人生のさまざまな場面で困難を乗り越える力になるはずです」
アウトドアでは困ったときには見知らぬ人とも自然に助け合うし、人から教わることも多いですよね。
「私は魚に興味があるので釣りが好きなのですが、一緒に行く友人は料理が好きで、釣った魚をその場でさばいてくれます。それぞれ楽しみ方が違うので、新しい発見も多いもの。
人との関わりは、子どものコミュニケーション能力をも育ててくれるはずです」
自然体験はもうひとつ、子どもが幸福な人生を送るためになくてはならない感情を育てると瀧先生は言います。それは「自己肯定感」。
「自己肯定感とは、自分は何かを成し遂げられる存在だ(自己効力感)という気持ちや、自分は何ものにも代えがたい大事な存在だ(自尊感情)と信じられる気持ちのことを言いますが、日本の子どもは諸外国の子どもに比べて自己肯定感が低いことが知られています」
自己肯定感が高いと、人はどうして幸せになれるのでしょう?
「自己肯定感は、自分を大切に思う気持ちです。自分を大切だと思うからこそ、自分以外の人のことも大事に思える。よい人間関係を築くうえで自己肯定感は欠かせません」
「うちの子、自分に自信がないみたい、と思うなら、ぜひともアウトドアへ。自然の中には『できた!』『やり遂げた!』と思える場面が多いのです。
魚を釣った、山に登ってきれいな風景を見た、最後まで歩き通した…、そんな体験は『自分にはできる!』という喜びを生みます。親だってたくさんほめてあげられますよね」
高いレベルの知的好奇心と自己肯定感があれば、人は迷うことなく自分の好きな道を選び、そのために勉強していくと瀧先生は考えています。
「例えば、医学部を見ると、勉強ばかりでなく何かに熱中した経験のある学生がほとんど。
スポーツでインターハイに出たとか、ピアニストになろうか悩んだとか、色々なことに没頭した方々が多い印象があります。
それは『才能がある』ということではなく、好奇心がものすごく高いのだと思います。そして『自分にはできる』という自己肯定感も高い。
この2つをぜひアウトドア、自然体験で育ててください」
そうは言っても、アウトドア未体験の親も多いはず。いきなりキャンプセットを抱えて山に入るのはハードルが高すぎるのですが……。
「自然は身近なところでも十分に楽しめますよ。都会にだって自然豊かな公園がありますよね。そこに出かけて子どもを野放しにして遊ばせてみましょう。
『虫を見つけた』『花がきれいだった』など何か発見があるはず。それを何度か繰り返してみてください。人間には『単純接触効果』といって、何度も繰り返すことで好きになるという特性があるのです」
自然をもっと堪能するには、事前の知識も必要だと瀧先生は言います。
「図鑑などで昆虫や魚、草花などを見ながら『あそこで見た花はこれだね』など結びつけると記憶が定着しますし、次への興味に結びつくものです」
家族で楽しむアウトドアのおすすめの一つは釣りだそうです。このコロナ禍でグッと注目が高まっていますよね。
「川釣りは少し技術が必要ですが、海釣りならシンプルな仕掛けでもけっこう釣れます。
釣れなくても、釣り糸を垂れて時間と共に変化する海を眺めたり、泳いでいる魚を見るだけでも、子どもの好奇心は刺激されます。
親子で魚を釣るためにはどうしたらいいか考えることも思考力を鍛えることにつながりますよ」
そして、最後にとても大切なのが、親が夢中になっている姿を子どもに見せることだそう。親が本当に楽しんでいなければ子どもも楽しめません。
ぜひ親子で一緒に、アウトドアを思いっきり楽しんでみましょう!
撮影(瀧先生分)/土屋哲朗
取材・文/神 素子