みなさん、こんにちは。ゴスペラーズの北山陽一です。
大変ご心配をおかけしましたが、手術は無事に成功し、また医師がびっくりするくらいの回復力だったので、4ヶ月でステージに復帰することができました。
ただ、手術直後は、正直に言って、どこまで回復するかわからない状態でした。
僕自身の感覚としても、手術を終えて全身麻酔がきれて意識が戻ったときには、生き返ったというか生まれ直したというような感じだったんです。それでも、こうして復帰したいまの時点から当時を振り返ると、たいていのことは笑い話になってしまいます。
病気がみつかってからは寝たきりになって、いろんな機能を一度失った状態になったわけですが、そのおかげでというか、例えば自分の足で歩いてトイレに行っただけで大きな達成感があったし、当初は舌も含め顔の左半分にまったく感覚がなくなった状態だったのが、そこからだんだん痺れてる感じになって、その後に回復していくという、実際に体験しないと絶対にわからないような感覚の、かなりエキストリームな部分を実際に体験することができたなあと思います。そして、そういうふうに一つずつ機能を取り戻していくのが本当に面白くて、“これは連載のネタになるな”なんてことを思ったりもしていました。
人前に出て仕事をする身として、すごくラッキーだったなと思うのは、大病したりひどい事故に遭ったりした場合に、一見してわかるようなダメージを受けてしまうことがありますけど、僕はそういうことがないまま復帰できました。厳密に言えば、いまも若干麻痺が残ってはいるんですが、外から見る分には絶対わからないと思います。
ちなみに、そういう話をすると、僕の身の回りの、以前から付き合いのあった人のなかにも「実は右足のここの部分の感覚がずっとないんだ」とか「わたしは頭のここの部分は何も感覚がないんです」という人がいて、そういう意味での仲間にならないと告白してもらえないことがあるんだなということを思い知りました。
つまり、生きていくことには差し障りはないけれど、麻痺とか何かの障害を、実はけっこう抱えている人がいるんだなっていう。そういうことを知ることができたのも今回の経験のひとつのプラス面だと思いますが、僕がいま感じているいちばんの収穫は、一度失ったものを獲得し直しているという感覚なので、いつでもその失ったところに戻れるんですよね。それは例えば、レストランに入ったときにウェイターさんがものすごく不機嫌でぶっきらぼうでも、“そこにいれることがうれしいな”と思えるということなんです。
病気する以前は、やっぱりプロがプロの仕事をしない場面に遭遇するとどうしてもストレスを感じていました。その上で、どうやって折り合いをつけて相手を許すかというのがひとつのテーマだったわけですけど、いまはもう単純に自分が生きているだけでありがたいと思えるんですよ。もちろん、“ムム…?”と思う場面はあるんですけど、それでも“なんか、あったんだろうな。
あなたもあなたの人生をがんばってね”みたいな(笑)。だから、そういうところまで僕が回復してきた、余裕を持てるようになってきたということだと思います。
それから、いまが人生でいちばんコツコツやってるかもしれないと思うんですが(笑)、それも大病を経験した上での収穫のひとつと言えるかもしれません。復帰するにあたって、少なくともステージ上にいるときは、その空間にいる人がみんな楽しいと思える状態をできるだけ早く取り戻したいと思っていました。
周りの人に心配してもらうことなく、また自分で限界を感じてシフトダウンするというようなこともなく、ステージ上で音楽をやれるっていうことです。そして、お客さんが音楽の世界に没入していくことに僕が邪魔にならない状態になるということです。そうなるには実績を積み上げていくしかないですから、どうしてもある程度の時間は必要ですし、そういう意味でもコツコツやっていくしかないんですよね。
この連載では、何かをやり遂げようとする場合に、そういうブレイクスルーが必要な壁を周りにいっぱい作っておいて、それぞれちょっとずつやってたら、あるときにパタパタと一気にクリアできるということをずっと言ってきました。
それは、単純に僕がひとつのことをコツコツやっていくことがあまり好きじゃなかったからでもあります。
しかし、今回は目の前にある小さなことを一つずつクリアしていくしか前に進めないという状況になって、ひとつひとつのハードルにきっちり向き合うという経験をしたわけです。結果、コツコツやることもそれほど嫌いではなくなったっていう。
それを選んでやったわけではなく、それしか方法がなかったんで、結果としてコツコツやることに対する耐性がついたかもしれないという感じです。
もっとも、数年経つと、その耐性はまたなくなってしまうかもしれないですが(笑)。
他にも、自分のなかの変化を感じることがいくつかあります。
それから、僕が病気をしたことがきっかけで僕の周りで起こった変化もいくつかありました。そういうことも踏まえながら、今回の経験をよりポジティブな方向へ結びつけていくことをいろいろ考えているんですが、そのあたりはまた次回に。