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Vol.108 脳の効率化が非常に進んだ社会の流れに巻き込まれないようにするには?

  • 2012年10月18日

 みなさん、こんにちは。ゴスペラーズの北山陽一です。

 前回の話のなかで「いまの世の中は、北山流に言えば、脳の効率化が非常に進んでいる社会」と書きましたが、すると反射的に「そういう社会の枠組みに組み込まれないようにするにはどうすればいいでしょうか?」という質問が聞こえてきそうなので(笑)、今回はそれについて書いてみたいと思います。

 まずは、ある有名な産婆さんの話です。その産婆さんのところに妊婦さんが行くと、最初に「好きな食べ物を10コ言ってくれ」と言われるそうです。で、次に行くと、その好物10コが少量ずつ用意されていて、「それぞれ30回ずつ噛んで食べなさい」と言われます。そして、「そうやって食べて、やっぱりおいしい、また30回噛んで食べたいと思ったのはどれですか?」と聞かれます。「逆に、おいしくなくなっていったものは、あなたの身体には合わないものだから、妊娠中は食べないでください」。

 少し解説を加えると、いま世の中に流通している食べ物はだいたい直接味覚センサーにおいしいと感じさせるように仕上げている、つまり効率良くおいしさを感じさせるようにしてあるわけですが、そういう食べ物は普通によく噛んで唾液と混じった後で消化すると、必ずしも身体にいいとは限らないというわけです。

 で、最初の質問に戻ると、脳の効率化非常に進んでいる社会の流れに巻き込まれないようにするには、例えば呼吸とか瞬きとか咀嚼とか、そういう自分が生きていくために普段していることに敏感になることが最初のステップになると思います。

脳の効率化が非常に進んだ社会の流れに巻き込まれないようにするには?  それから、例えば「野菜は嫌い」と言ってる人は野菜をナメてると思うんですよね(笑)。野菜って言っても、どれだけいろいろあると思ってるの?っていう。そういうことに対する感度は、できるだけ敏感であるべきだと思うし、その感度を育てていこうとする意識がとても大事だと思います。食事制限をやっている自分の実感に照らし合わせて思うのは、人間は満足も不満も自分で作り出すので、自分で“ここが世界”と決めてしまえば、そこにすべてがあることになってしまうんですよね。

 と書いたところで、話のベクトルは自分自身にも返ってきます。というのは、僕はひきこもりがちな人間だし(笑)、その一方でいろいろ妄想するのも大好きだから、つい自分の頭の中の世界で完結してしまうことがあったりするわけですが、そこには無理もあるし、限界もあることはよくわかっているつもりです。自分に刺激を与えて、その刺激によって自分をドライブしていくという循環に入っていくためには、どれだけ外に出ていけるか、エコ的に言えばどれだけ自然と直接触れ合えるか、ということだと思います。

 この連載を読んでくれている人のなかにも、毎日の生活について“何か面白いことないかなあ”とか“毎日ホントにつまんないなあ”と思っている人がいると思いますが、じつは日常のなかには確実にいろんな変化があるんだけれど、それに気づいていないだけだと思います。それは、人口調味料の味に慣らされてしまった人がマクロビオティックのスープを飲んでもほとんど味がしないように感じるのと、まったく同じ話です。

 それから、いまの世の中では、刺激や楽しみというものはお金を払って買うものだよというふうに考えるような洗脳作業で満ちあふれていますが、実際にはまったくお金を使わずに一人で刺激や楽しみを得る方法は、文字通り無限にあります。エンターテイメントを提供することが本業の僕としては、そういう無限の楽しみの魅力をよく知っている人が降れば増えるほど、わざわざお金を払って楽しむエンターテイメントの価値もいい方向に変わっていくはずだと期待しています。

 というわけで、僕は僕なりの刺激を得るために、早く見学取材に出かけたい!とムズムズしている今日この頃です。

 それから連載100回を特別なことは何もしないで通り過ぎてしまったので、 年末に向けての特別企画として、またみなさんの質問を受け付けたいと思います。例によって、質問はこの連載の内容に関するものに限ります。みなさんの質問で、僕自身も大いに刺激されたいと思っています。鋭い質問をお待ちしています。


※北山さんへ多数のご質問ありがとうございました!
回答につきましては、今後ぼんやり学会の記事内にて回答させていただく予定です。



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