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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第5回 園芸療法〜植物を育て、人も育てる

  • 2004年6月10日

このコンテンツは、「グローバルネット」から転載して情報をお送りしています。

園芸療法〜植物を育て、人も育てる

人間と植物との関わり-園芸活動の持つ意味 九州大学名誉教授 松尾 英輔氏

 従来の園芸では、野菜や果物などの生産と、それらの経済性が注目されてきた。ところが、江戸時代から庶民が親しんできた園芸も、都市の住民が猫の額といわれる庭や容器で楽しんでいる園芸も、それらとはおよそ縁遠いものである。にもかかわらず、多くの市民が園芸を実践していることは、市民が食べ物や経済的利益とは異なる多くの恩恵を実践の中で得ていることを示唆している。
 ここでは、他の活動にない園芸の特徴とは何か、その活動と生産物を通じてどんな恩恵(効用)を得ているか、園芸活動を暮らしの中にどのように生かすかをまとめてみたい。

園芸活動の特徴

 園芸は、植物の生長に関わりながら、四肢を使って植物に働きかける動作体験と植物を五感で認知する感覚体験との相互作用で進行する活動である。これを、植物を「栽培する」、あるいは「育てる」という。育てることは、ものや情報を手に入れることや造ることとは根本的に異なる。簡単にいえば、手に入れる・造ることは、対象の意思とは無関係に私たちの考えで進めうるし、目的達成に必要な時間も短くてすむ。育てる場合には、植物の栽培でも、子育ての例でもわかるように、その対象はそれ自体の遺伝情報に基づいて生長する生きものであり、私たちはその手助けをしているのである。対象は育てる人の意のままにはならないし、長期間にわたって、対象の様子をみながら、必要な対策を取らなければならない。

 この体験は私たちに人間としてきわめて大切な「育てる」ことを教えてくれる。育てることから、具体的にどのようなことを学びうるのであろうか。相手の存在を認めること、自分の意思どおりにならないものがあること、生きものとの関わりには時間がかかること、したがって、待つことや忍耐が必要であること、などがあげられよう。

 これらは現代社会においては影の薄い存在にみえる。このことが最近の深刻な社会問題、例えば、児童虐待、凶悪犯罪などの原因になっている可能性がある。育てることは生きものを通してしか学び・教えることができない。動物の飼養と並んで、園芸はこれができる。この点が園芸と多くのレジャー活動との違いである。

園芸の効用

 私たちはこの園芸を通していろいろな効用を受けている。これらの効用を簡単に示しておこう。

1)

生産的効用

野菜や果物、花、薬草や嗜好品の生産は、プロの農家だけでなく、家庭園芸に親しむアマチュアにとっても、重要でもっともわかりやすい、園芸の目的である。いわゆる、生産の喜びを味わえる。同様のことは、室内や室外の景観ができあがる喜びにも見ることができる。

2)

経済的効用

農家は、野菜、果物、花、薬草、嗜好品を生産し、それらを販売して経済的利益を得る。アマチュアにとっては、野菜、果物、花ができれば買わないですむ。庭の手入れは不動産価値を高め、身体を動かせば廃用性萎縮を予防でき、新鮮で栄養豊富な健康によい野菜を安心して食べて健康であれば、医者にかかる費用がいらない。

3)

心理的・生理的効用

花や緑を見たときに不安や緊張がほぐれて気持ちが静まる。最近では生理反応でこれを捉える研究が進められている。また、体を動かすことによってストレスが解消し、協同作業が責任感、仲間意識、共通の価値観などを生み出す。

4)

環境的効用

花と緑の環境は心理的に安らぎや落ち着きを与えてくれるほか、物理的な環境条件を快適なものにする。例えば、温・湿度変化の緩和、防火、防音、防風、遮光、室内・室外の空気の浄化、土壌保全や水資源のかん養、小動物の保護などがある。

5)

身体的効用

農薬汚染のない、新鮮で栄養豊かな野菜や果物を食べることができるという栄養的な側面、運動不足を補う、機能回復を図る、脳や筋肉の廃用性萎縮を抑える、体調を整えるなどの運動機能的側面、身体の状態に影響する心理的側面などがある。

6)

社会的効用

園芸はコミュニケーションの場と機会を提供し、人間関係を円滑にする。活動の成果は地域景観の美化に貢献し、外部からの評価を高め、住民自体が誇りをもつようになり、連帯感を強め、地域社会の形成(まちづくり、村づくりなど)が促される。

7)

教育的効用

園芸とその生産物は、学校教育の場では、情操教育、理科教育、生物教育、農業教育、自然教育など、各種教科における教育の媒体として活用され、地域社会では、体験学習の一つとして取り上げられてきた。さらに、ほかの多くの活動では学べない行動である「育てる」ことを学び・教える「農芸教育」という視点が欠かせない。

8)

精神的・人間的効用

植物の栽培で好奇心がわき、注意力が養われ、観察眼が鋭くなり、五感も磨かれる。うまく栽培して達成の喜びを味わい、自信を得るとともに自己評価も高まり、意欲が出る。生長に時間のかかる植物とのつきあいで忍耐力が培われ、フラストレーションに耐えられるようになる。自分を当てにしている植物との関わりで責任感が養われる。できた野菜や花を人が喜んでくれると、自分の存在意義を知ることができ、よりよく、よりきれいに栽培しようという、いわゆる働きがいや生きがいを感じることができる。これらの経験の積み重ねで人間的成長が期待される。

おわりに

 以上のような園芸の諸効用の中で、従来は経済的効用が異常ともいえるほどに大きく取り上げられてきた。しかし私たち人間の幸福には金では買えない側面が多い。このような人間の幸福(治療やリハビリを含めた心身の健康、人間的成長などを含めた生活の質QOL=Quality Of Lifeの向上)を増進するために、園芸のもつ諸効用を活用しようというのが園芸福祉(Horticultural Well-being) の考え方である。園芸福祉はすべての市民が園芸を通してその効用を享受し、より幸福に生きることをねらいとする。

 ところが、市民の中には、高齢者も含めて心身に何らかの不都合をもつために園芸を自分だけでは自由にはできないので、その園芸福祉を推進するには誰かの支援を要する人もいる。このような市民が、専門家の支援によって園芸の効用を享受し、より幸福になれるようにしようとする手続きが、園芸療法(Horticultural Therapy)である。

 すべての市民が園芸のもつ意味を再認識し、より人間らしく、幸福に生きるべく、園芸に親しめるようになることを期待している。

 
引用文献
*松尾英輔(1986)「農芸教育の提唱(1)—農耕を通して行う教育:農業教育と農芸教育」日本農業教育学会誌17(2)、1−5
*松尾英輔(1998)『園芸療法を探る—癒しと人間らしさを求めて』グリーン情報、名古屋、257ページ
著者ご本人の了解を得て『グローバルネット』2003年11号掲載の記事を著者の了解を得て転載しています

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