キヤノンの電卓が、2024年10月で発売から60周年を迎える。同社は、第一号機で世界初のテンキー式電子計算機「キヤノーラ130」の発売以降、約400機種、累計2億9000万台もの電卓を出荷してきた。
この度、60周年を迎えるにあたり、キヤノン電卓の変遷を紹介するメディア向け説明会がキヤノンマーケティングジャパンの本社で実施された。時代の移り変わりと共に変化し続けてきたキヤノンの電卓には、一体どんな機種があったのだろうか? 会場には、千万単位機能電卓やカード型電卓、マウス・テンキーと一体化したパソコン連携型の電卓など、往年の機種がズラリと並んでいた。早速、キヤノン電卓60年のレガシーを紹介しよう。
キヤノンの電卓の歴史は、1964年10月20日に発売されたキヤノーラ130から始まる。当時の計算機のほとんどは、各桁に0〜9の10個のキーが並ぶ「フルキー式」だった。それを、キーの数を少なくして、より便利で手軽に操作することはできないだろうか、と開発されたのが、世界初のテンキー式を採用したキヤノーラ130。現在の電卓にテンキー式が採用されていることからも、同モデルがエポックメイキングな存在であることは明らかだ。
同製品は、利便性から圧倒的な支持を得た。その人気は、発売に先駆けて東京・晴海で開催された「ビジネスショウ」でもすさまじく、当時の大卒サラリーマンの初任給が1万円台の時代に39万5000円という高額商品であるにも関わらず、企業からの申し込みが殺到したほどだったという。
利便性の証ともなるのは、キーの配置である。当時のキーと現在のキーを見比べてみると、驚くことにほとんど変わっていない。キヤノン コンスーマ新規ビジネス企画部 コンスーマ新規ビジネス推進課 チーフの長 健夫氏は「キヤノンの電卓は、60年前には今の仕様がほぼ成り立っています。そこに、時代のニーズに合わせて『00』キーや軽減税率対応の機能などを追加して、さらに利便性を追求した製品を開発してきました」と、ユーザーの利便性に配慮し続けた開発背景を語った。
こうしたユーザーへの配慮は、製品のロングセラーへもつながった。たとえば「MP1215D-V」は、同社製品の中で最もロングセラーのモデルで、1987年の発売以降、21年間もの間愛用され続けた業務用のプリンター電卓。レジスターのように電卓で計算したものを紙で印字して残しておける機能を有する同モデルは、主に金融機関などで利用され、現在も後続モデルの「MP1215-D VII」が活躍中だ。
時代によって移り変わるニーズに合わせて開発されてきたキヤノンの電卓には、衛生意識の高まりから抗菌機能を備えたモデルも登場した。今や、同社製品の約半分が抗菌機能を備えているが、その始まりは1998年5月発売の抗菌電卓「HS-1200C」だった。抗菌電卓は国内で好評を博し、特に2009年発売の抗菌電卓「HS-121T」は、累計出荷98万台と、同社の電卓の中で最も売れたモデル(※)となった。
※2004年以降の累計出荷台数
そのほか、千万単位の「0」を一括入力でき、桁数をカンマ区切りと「億千万」の漢字表示とで切り替えも可能な、千万単位機能電卓「LS-120TU」や、2つの税率設定キーを備え、軽減税率の計算などにも便利、かつ小型の電卓「LS-105WUC」などが国内人気の高い製品として紹介された。
60年の間には、様々なアイデア製品も誕生した。電話番号を手帳に記して確認することが当たり前だった1978年には、21人分の名前と電話番号や生年月日が記憶でき、ワンタッチで呼び出し可能な電卓「パームトロニクLCメモ」が登場。
また、当時は現代よりもさらに小型軽量がフィーチャーされた時代でもあった。そうした世相から登場したのが、クレジットカードサイズの超薄型電卓「キヤノンカードLC-7」。1.9mmという超薄型で、8桁1メモリー。カラーバリエーションにはホワイト・ブルー・ブラックの3色を揃え、クレジットカードや定期券入れとしても利用できるレザータッチのケースもオプションで販売するなど、ファッション性も兼ね備えたアイテムだった。
「当時は、スーツやワイシャツのポケットに入れて持ち運べるという利便性が非常に重宝されました。このクレジットカード型電卓は、便利だと評判も良かったのですが、徐々に大型で見やすい方がいい、という方面にニーズが変化したことで、2008年頃には電卓のラインナップから消失してしまいました」(長 健夫さん、以下同)
2000年代は、パソコンが一般化した時代でもある。そこで、キヤノンが開発したのが、パソコンに接続して使用できるという電卓。中でも「KS-1200TKM」は、トラックボールとスクロールホイール付きで、通常の電卓として使用する「計算モード」とテンキーとして使用する「PC入力モード」が備わっていた。さらに、計算結果をPCにそのまま送信できるなど、1台で3役も4役もこなしてくれる同機種は、その便利さから多くの支持が集まった人気商品だったという。
そんな数あるユニークな電卓の中でもひと際目を引いたのが、2008年発売のマウス型電卓「LS-100TKM」だ。折りたたみ式ボディをパカッと開くと電卓が出て来る特異なデザインで、電卓・テンキー・マウス計3つの機能を搭載。本体を閉じたまま使用すればマウスに、開けばテンキー電卓として使用できる。こちらもパソコンとの連携が考慮されており、電卓で計算した結果をパソコンへと転送することが可能だ。
発売当時、営業を担当していたという長氏は「担当していた秋葉原の家電量販店さんでは、『これは面白い!』と、レジの前にワゴンで積んでいただきました」と、遊び心のあるマウス型電卓の人気を振り返った。
このように、時代のニーズに合わせた機能とともに身近な存在であり続ける電卓だが、国内市場は下降傾向にあるという。2019年には454万台だった出荷数が、2023年には330万台にまで下落。同社がJBMIA(一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会)の統計を基に予測した出荷数量は、今後さらに下落する見込みだ。その要因には、少子化による教育現場での需要減少、電子マネーをはじめとした様々なビジネスツールの登場、そしてコロナ禍を経て浸透したリモートワークなどにより、出社機会が減少したことなどが挙げられる。
一方で、先にも紹介した、千万単位機能や軽減税率対応の電卓など、金融機関を中心としたビジネスパーソンに需要が高い製品も存在する。「代替となるデジタルツールが増える一方、アナログのよさが見直されているシーンも少なくない」と、現状を解説した長氏は、「市場のニーズに合わせた変革と、長年ご好評をいただいている点の維持を両立した、長く愛される商品を届けていきたい」と、今度の展望について述べた。
2024年2月には、12桁卓上電卓「HS-1220TUB」「TS-122TUB」と12桁ミニ卓上電卓「LS-122TUB」が発売された。この3機種は、同社の電卓として初めて植物由来のバイオマス原料をキーの素材の10%に採用している。現段階では、耐久性の問題からバイオマス原料の使用割合に限界があるが、今後はこの課題を解消していき、電卓を通じてエシカル消費の促進や持続可能な社会の実現に、より貢献することを目指すという。
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