自著12冊を並べて「地産地消コーナー」と紹介する山田孝之さん。
いつのまにか路上遺産ハンター&浮世絵イラストレーターに。そして古書店をオープン浮世絵風イラストレーター・山田全自動として活動する山田孝之さんは、商業誌やWebメディアで連載しSNSのフォロワーは累計260万人を超す人気作家。「子どもの頃勘違いしてたことあるある」「絶滅危惧種あるある」など、絶妙な視点の「あるある」ネタを絵と言葉で表現し、「わかる!」「やられた!」と膝を打つ人が後を断ちません。
インスタグラム(@y_haiku)の投稿に1000件以上コメントがつくこともある 提供:山田全自動
一方、山田さんは寂れた路地裏や商店街に佇む味わい深い建造物、レトロなシャッターの看板、変顔のお地蔵さんなど自分がひそかに発見した路上ネタや隠れ観光スポットを記録するブログ『Y氏は暇人』を20年近く続けてきました。
「山田全自動は“わかる”と“わからない”の間を攻めていますが、『Y氏は暇人』は“わかってくれる人だけわかってくれたらいい”という感覚で、完全に趣味として楽しんでいます」
ふたつの作者が同一人物であることに気づいていない人も多いそうです。
『Y氏は暇人』として初めて自費出版した『福岡のB面』。
佐賀県鹿島市に生まれた山田さんは、2004年に関西の大学を卒業後、大手スーツメーカーに就職しますが、福岡市内の店舗を2年で辞めます。趣味でホームページをつくっていたことから、Webデザインの会社に再就職。
まもなくフリーランスとして活動し、クライアントから「イラストも描けない?」と聞かれたことがきっかけで、いろいろなタッチのイラストを描くようになりました。イラストをFacebookにあげては、4、5人から「いいね!」がつく日々。ある日、何の気なしに葛飾北斎の『北斎漫画』を真似して、「よく見たらギターを弾いている江戸時代の人」のイラストを公開したところ、200以上の「いいね!」がつきました。こうして“古いものに現代のアイテムが紛れ込んだイラストに短い注釈を入れる” 今の山田全自動スタイルが偶然生まれたのだそうです。
2011年にはWebデザインとイラストの会社を起業し、4、5年経つとイラストだけで食べていけるようになりました。以前からリトルプレスを自費出版して福岡の古本市で手売りするなど、本をつくって売る楽しさを感じていた山田さん。この頃から「Y氏は暇人名義で路上ネタ本を出さないか」と出版社から声がかかり、自らも企画を出版社に持ち込むように。『福岡路上遺産』(海鳥社)『福岡穴場観光』(書肆侃侃房)など郷土史やまち歩きの本を続々と出版しました。
「自分が書いた本が本屋に並ぶうれしさにハマっちゃったんです。ただ、本をつくるって想像以上に大変で、何度も挫折しかけました。“本出したい人あるある”に陥りましたね」と当時を振り返ります。
出版社から「画号をつけましょうよ」と提案され、家の周りをぶらぶらと散歩していたところ、「自由律俳句」(五七五や季語にとらわれない自由な俳句)の魁であった俳人・吉岡禅寺洞(よしおかぜんじどう)の句碑を公園で発見。「へえ、近所にこんな文化人が暮らしてたんだな」と縁を感じた山田さんは、この俳号にインスパイアされて山田全自動を名乗ります。
薬院(福岡市中央区)の三角公園に立つ禅寺洞の句碑。
AI時代を生きるため、自分のクリエイティブに「見切りをつけたい」すっかり売れっ子作家に見える山田さんですが、自分の作品をおもしろいと感じられない時期もあったそう。
「誰かに“わかる”と言われるたびに、何だかつまらないなあと。SNSで誰もが“あるある”をつぶやいているし、わかりやすいことに嫌気がさして」
ある日、「みんなついてこれるかな」という意地悪めいた気持ちから、少しマニアックなネタをSNSに上げました。それは、昔から好きだった「音収集」趣味から生まれた作品。
山田さんは高校時代、ポータブルカセットプレイヤーで友達の声を録音し、会話風にコラージュしたものを「無理やり友達に聞かせて遊んでいた」とか。
「操作する音も手間も好き」と愛機を取り出す山田さん。
「1990年代はテレビがアナログ放送だった時代で、深夜に天気予報が流れた後、放送休止信号が発信されたんですよね。画面が休止する瞬間が世界の終わりみたいで、怖いのにどこか心惹かれました。あの深夜の音と映像を編集したシュールな作品をつくったんです」
会心作を山田全自動のInstagramに公開したところ、フォロワーが激減。
「“よくわからないんで普通のあるあるを上げてください”っていうコメントが並んで。初めて体験した“炎上”でしたね」
山田さんはこの一件を経て、「共感されなくても、自分がおもしろいと感じる作品は発信しよう」とXアカウント・山田全自動みゅーじっく(@ytanet)を立ち上げました。
「僕は作家としての強いこだわりとか、こうなりたいとかあまりなくて。みんながいいね! と言ってくれることを続けてきただけで、作家としての自分はどこか“全自動”式に編集されてきた気もします。ただ、自分だけがおもしろいと感じるものを集めたい欲はあって」
半ば受け身とも思える姿勢で作家活動を続けてきた山田さんが、2020年代に入る頃、強烈な危機感から自分の意志で決断したことがあります。きっかけは、AIの台頭でした。
「僕の創作アイデアも表現もあっという間に学習されて、AIでもできる日が来る。そうなる前に、自分のクリエイティブにきちんと見切りをつけることも大事。創作一本で生きるのは怖い、次のおもしろいことを探そうと決めました」
本の背表紙がぎっしり並ぶ空間が、お腹痛くなるほど好き「次のおもしろいことって?」と自問する山田さんの頭に浮かんだのは「本」。
「本も本屋も好きで、大きい書店もまちの独立系書店も毎日のぞきます。いつか古本屋をやりたいと思っていた昔の夢がふとよみがえりました」
中学生の時から、山田さんは近所の神社で開かれる骨董市に通って、昭和30〜40年代の家電カタログや地図、漫画、レコードを集めていたそう。
「人間がものをコレクションする行為はずっとなくならないと思うんです。 僕は情報としての本ではなく、物質としての存在感や絵力が好き。古い本の背表紙がびっしり並ぶ空間に出合うと、ドキドキしてお腹が痛くなるほど興奮しちゃうんですよねえ」
本や紙もので埋め尽くされた狭い空間をつくってみたい。山田さんは突き動かされるように物件を探し、2023年冬、住吉エリアにカフェの居抜き物件を発見。
店名はジャンルと地名をシンプルに組み合わせた「ふるほん住吉」に決めました。ひらがなにしたのは、「かわいくて、誰でも入りやすい雰囲気にしたい」から。
バス停「住吉」から一本入るとレトロな風情の漂う通りに。
「住吉は『Y氏は暇人』ブログのネタを探しによく歩きました。商店街をぶらぶら覗きながら、老舗の食堂や喫茶店に入るのが定番。自分はここにいるのがふさわしいなと心が落ち着きます。古い地図を調べたら、3軒隣に“すみよし”という名前の古本屋があって。やっぱり、まちの歴史を知ると発見が多いですね」
前はカフェだった物件に残された什器や照明は再利用。木のカウンターに刻まれた文字も、古本に挟まるレシートもそこにいた人の跡を辿れることが楽しいと言います。
古書店経営といっても経験ゼロからのスタート。およそ15000冊の古本、古地図やカタログ類、300本のカセットテープなどを古書組合や全国の古本・骨董市を巡って仕入れました。およそ4か月の準備期間を経て、2024年4月26日に開店!
店に一歩入ると、路地裏に引き込まれるような感覚に。
入り口の「猫の棚」「アートの棚」から始まり、怖い話がびっしり並んだ文庫棚、水木しげるなど学習漫画が並ぶ棚など特に1970〜80年代の漫画や雑誌、古書が充実しています。ふと足元を見れば、古いトランクに「地元博多」や「純文学」のコーナーも。
ディスプレイは古本好きの漫画家仲間カラサキ・アユミさん(左)に依頼。
1980〜90年代の歌謡曲や洋楽のカセットテープが並ぶ棚を曲がれば、どんつきに鄙びた温泉街を歩くような錯覚を覚えるムーディーな旅情と色気が漂う旅雑誌や観光マップの棚が現れます。
店の奥にあるカウンターには、山田さんが尊敬する漫画家・つげ義春や楳図かずおの作品が並び、1990年代に一世を風靡した携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」も。「僕、ゲームボーイの修理が特技なんですよね」と笑う山田さん。
当面、山田さんはこのカウンターでイラストの制作もしつつ、自分の「おもしろアンテナ」に響くものや場をお客さんたちと共有する時間を楽しみにしています。
「これからイラストの仕事をどう続けながら店をやっていくのか、細道に迷い込むように手探りなんです。今自分がおもしろいと思うものを、20年後、30年後の世の中に預ける感覚。その頃に店の空間やものがどう感じられるのか、ワクワクしますね」
オープン直前、「昭和初期の福岡に80歳の山田全自動がいたよ!」と知人が珍しい和綴じ本を譲ってくれました。パラパラめくると、まるで「あるある歌集」。
「こういう出合いがあるから、ふるほんはやめられませんね」
information
ふるほん住吉
住所:福岡市博多区住吉4丁目14-3
電話番号:非公開
営業時間:11:00〜18:30
定休日:火曜
アクセス:JR博多駅から徒歩15分または西鉄バス「住吉」から徒歩3分
Web:ふるほん住吉
Instagram:furuhon_sumiyoshi
writer profile
Ayaka Masai
正井 彩香
まさい・あやか●兵庫県生まれ、福岡県在住。ライター歴20年以上。きのこと本が好き。地域の食や手仕事やまつりをつなぐ人の微かな声、名もなき人の暮らしを聞き書きしています。今日も追いかけて旅から旅へ。