(credit)撮影:新津保建秀
2021年3月から約3年間、休館していた〈横浜美術館〉。2024年3月15日(金)の『第8回横浜トリエンナーレ』開幕と同時にリニューアルオープンします。
リニューアルオープンを前に、ミュージアムメッセージ「みなとが、ひらく」が発表されました。
メッセージが生まれた背景や願い、リニューアル後の美術館がどんな場所になるのか館長の蔵屋美香さんに聞きました。
港町、横浜の美術館からのミュージアムメッセージ「みなとが、ひらく」発表された「みなとが、ひらく」という横浜美術館のミュージアムメッセージは美術館ではたらく職員へのヒアリングや議論を重ねて誕生したものです。
館長の蔵屋美香さんは当初、横浜のあちこちで使われる“港”という言葉を使わないメッセージを考えていました。しかし、どうもしっくりくる表現にたどり着かなかったのだとか。ミュージアムメッセージの作成を依頼したコピーライターの国井美果さんから“港”から逃げていてはきちんとした意思表明にならない。改めて“港”とはどういうことなのか、正面から考えましょうと提案され、港町にある美術館として“港”と向き合うことになりました。
そして最終的な候補となったのは「みなとを、ひらく」。しかし蔵屋さんはあと一歩だと感じていました。美術館という港が開いて、たくさんの人や文化、作品を招き入れること以上に訪れる人自身も”開いて”もらいたいと考えていたからです。
「『みなとを、ひらく』では、美術館が主語となって港を開いているだけに聞こえると思ったのです。お客様にも、従来の常識や固定観念のようなものから解き放たれて、世界がパーっと開いていくような経験をこの美術館でしていただきたい。それこそが私たちが伝えたいことでした」
「みなとを、ひらく」から「みなとが、ひらく」に変わったのはなんと、議事録用メモの誤字がきっかけでした。
「港そのものが主体となって自分で自分を開いていくような、視界が遠くまで広がって、明るく見晴らしのいいイメージが湧いてきました」
こうして横浜市民や美術館を訪れるすべての人に向けたメッセージ同時に美術館の職員にとっては行動指針となるミュージアムメッセージが「みなとが、ひらく」となったのでした。
「子どもと子育て世代にやさしい」を入り口に横浜らしい多様性を館長の蔵屋さんは、2020年4月に横浜美術館の館長に着任。着任してすぐ取りかかったのは、2023年度以降の10年間における美術館の運営方針を定めてまとめることでした。
そのとき地元横浜の特徴を美術館の活動にも反映させるべきだと考え、多様性を大きな柱にしました。
「はじめて横浜で働くことになり、横浜には約170か国の国籍を持つ人が住んでいることを知りました。さすが国際港湾都市です。それでは美術館は同じように多様性に富んでいるか、と考えました。これまでモネやウォーホルに代表されるような欧米の作家による作品は多く展示してきました。ところが、横浜にゆかりの方が多い中国の作家はほとんどその実績がありません」
作品については、これまで対象にしてこなかった国や地域の作家をリサーチすることに。一方で、美術館には庶務部門や教育部門といったさまざまな部署があり、何をすることが多様性を積極的に受け入れることにつながるのかと戸惑う声も上がってきました。そもそも多様性という言葉は、なかなかひと括りにはできません。
じゆうエリア(イメージ図)画像:乾久美子建築設計事務所
「すべての多様性に対して、それぞれ取り組むことは難しいので、まずは『子どもと子育て世代にやさしい美術館』を柱にしました。国籍や貧困など、子どもたちにもそれぞれ多様性があります。この柱に沿って運営することで、子ども以外のいろいろな人にとってもやさしく開かれた存在になれるのではないかと考えた結果です」
横浜美術館には「子どものアトリエ」という幼児から12歳までの児童を対象とした人気の施設があり、子どもたちを招き入れる実績は豊富です。その経験と実績を踏まえて、あらためて展覧会が子どもたちにとってやさしい場所かどうか考えました。すると、例えば作品解説はどのぐらいの高さに貼るか、大人向けとは別に子ども向けの解説があったほうがいいのではないか、赤ちゃんが泣いてしまったら案内や誘導はどうするかなどと、具体的な課題が見えてきました。
この子どもと子育て世代に向けた取り組みの一部は3月15日から始まる『第8回横浜トリエンナーレ』から実現します。
横浜トリエンナーレ開催中はこどものアートひろば「はらっぱ」と名付けた部屋が設けられることになっています。部屋の中は乳幼児や一緒に訪れた保護者が安心して休憩できるような空間になります。室内では予約不要の簡単なワークショップも開催される予定です。
「お子さん連れでなくても、のぞいてみていただきたいです」と蔵屋さん自身も楽しみにしている様子。
横浜トリエンナーレが6⽉9⽇(⽇)に終了したあとは、半年ほど準備期間に入って設えを整え2025年2月にあらためて全館始動することになっています。
御影石が多用されたグランドギャラリー。撮影:新津保建秀
全館始動後には、横浜美術館のシンボルともいえる開放的なスペース、グランドギャラリーの「じゆうエリア」に誰でもくつろいだ時間を過ごせるようにといくつもの椅子やテーブルが置かれます。「じゆうエリア」は2024年11月から一部がオープンします。
じゆうエリア(イメージ図)画像:乾久美子建築設計事務所
「チケットを買わなくても入れる無料エリアなので、展覧会に入場されない方でも、座っておしゃべりしたり、コーヒーを飲んだり、もちろん展覧会のあとに休憩していただいても。建物の前にある『美術の広場』で遊ぶお子さんたちにも入りやすい工夫をしていきたいと思います」
やさしい日本語を使うことで、より多くの人が美術を楽しめる場所にところで、ミュージアムメッセージ「みなとが、ひらく」はすべてひらがなです。これは漢字によって固いイメージになることを避けただけでなく、子どもたちはもちろん、やさしい日本語なら読める横浜在住の外国にルーツを持つ人たちに向けたメッセージでもあります。
蔵屋美香さん。千葉県生まれ。東京国立近代美術館企画課長を経て、2020年より6代目横浜美術館館長。
「展覧会のタイトルも、難しい言葉が使われると、意味がわかる人向けだと受け取られてしまうことがあります。なるべくやさしい言葉で、誰でも理解できる、でも考えると深いもの。そういうものをミュージアムのメッセージや、今後の展覧会タイトルやプロジェクトの名前にしていきたい。それは私が着任して最初に考えたことのひとつでした」
休館中には、コレクション作品約700点分の解説文をやさしい言葉で書き下ろす通称「やさしい日本語プロジェクト」も実行されました。
蔵屋さんが学芸担当者に目安として提案したのは、美術を専門としない20歳前後の大学生が読んでわかるような言葉で長さは300字程度の文章であること。
「多くの人は言葉でものごとを考えます。ところが美術作品を見るということは、色や形や構図などから発せられる『視覚言語』という別の言語を読み解くことなのです。ほとんどの方はそんな訓練は受けていません。だから例えば絵画の隣に、こういうふうに見るといいですよと文章によって導くものがあると、もっと多くの人が美術作品にアクセスできると考えています。今回の取り組み自体は小さなことですが、将来に渡ってじわじわと美術を楽しむ人が増えることにつながると期待しています」
約3年のリニューアル工事を終え、活動再開を控えた横浜美術館。これまで以上に幅広い人に開かれた場所になりそうです。
information
横浜美術館
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
TEL:045-221-0300(代表)
開館時間:10:00〜18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜、年末年始 2024年3月14日(木)まで休館中
※開館日・時間は展覧会により異なる場合があります。
Web:横浜美術館公式サイト
writer profile
Saori Nozaki
野崎さおり
のざき・さおり●富山県生まれ、転勤族育ち。非正規雇用の会社員などを経てライターになり、人見知りを克服。とにかくよく食べる。趣味の現代アート鑑賞のため各地を旅するうちに、郷土料理好きに。