前回からだいぶ時間が経ってしまいましたが(申し訳ございません)、連載が4回目となりました。株式会社See Visionsの東海林 諭宣(しょうじ あきひろ)です。今回もどうぞよろしくお願いします。
2023年7月、秋田県では豪雨災害に見舞われ、私たちの活動する秋田市南通亀の町も、水に浸かりました。次回お伝えする〈ヤマキウ南倉庫〉は災害支援の拠点として、多くの方々が地域のために活動する中心的な場所になりました。
リノベーションによって使われていない空間をまちに開くことの意義が、このような非常事態にも発揮されるのだとあらためて気づきました。全国のみなさまのご支援により、亀の町は通常通り営業できるようになりました。ありがとうございました。詳しくは、次回以降にお伝えしたいと思います。
災害支援拠点となった秋田市南通亀の町の〈ヤマキウ南倉庫〉。
さて、これまでは僕たちの拠点である亀の町の変遷をお伝えしてきました。2015年に〈ヤマキウビル〉(詳しくはvol.2-3)という一棟のリノベーション拠点ができたことをきっかけに、僕たちのもとにリノベーション事業の相談が多くやってくるようになりました。
たくさんのオーナーさんと出会い、お話をうかがうと、こんな意見がありました。
「使ってはいないけれど、思い入れがあって手放せない」「維持をするにも売るにも、ご近所さんや親戚の目が気になってしまう」「誰かに使ってもらいたいけれど、活用の仕方もわからない」
さまざまな理由や思いによってなかなか売るには至らず物件が置き去りにされてしまう。これが全国の空き家・空き店舗問題の最たる理由なのかなぁと実感し始めました。
しかし、〈ヤマキウビル〉をはじめとする僕たちのリノベーション事業は、「オーナーさんと一緒に事業をつくっていく」ということに自負があるため、事業計画も含めて物件活用方法を提案し、さまざまな課題をオーナーさんと一緒に解決してきました。
今回はその代表例のひとつ〈シェアハウス治五右衛門(じごえもん)〉についてお伝えしながら、「オーナーさんと育む空き家活用方法」を紐解いていきたいと思います。
敷地に価値なし、エリアに価値あり舞台となったのは、僕たちの拠点である亀の町から5キロほど離れた秋田市西部に位置する新屋地区。豊富な湧水や味噌、醤油などの醸造業がさかんなまちで、奥行きの長い「町屋建築」など歴史的なまちなみも多く残るエリアです。
ご相談をいただいたのは、小松田園子さん。小松田さんのご実家は約150年続いた呉服店で、ご実家でひとり暮らしをしていたお兄様が亡くなり、生家を相続することになりました。
内蔵を残した状態で建て替えていたため、内蔵つきの築25年の住居。
月に1度くらいは、小松田さんが現在暮らす横手市から片道1時間ほどかけてご実家に戻って風を通したり、お掃除したり、そしてお仏壇もとても大切にされていました。
建物の状態は良く、そのまま住むこともできるほどきれいでしたが、ひとりで維持するには大変なほど部屋数が多く、蔵の中には物がたくさん。それでも、大切にしてきたお仏壇もあるし、自分が帰れる場所として手放したくはない。
そんな問題を抱えていたときに、亀の町のリノベーション事業をご覧になって僕らのもとに連絡をくださいました。すぐに当時リノベーション事業部にいた筒井友香(現 あくび建築事務所代表)とともに内見しに行きました。
ビフォー。物件の裏側と裏庭。リノベーションは元の物件をよく観察してイメージを膨らませています。
エリア調査から見えた、空き家活用の可能性小松田さんの第一印象は、とっても元気な方。そして、事業意欲もある方でした。「なにか一緒にやりたい!」という思いを持ってくださっていたからこそ、「この人とならオーナー出資のもと、事業計画を立てられるのかもしれない」という予感がありました。
建物は築25年の内蔵つきで、丈夫な木造の住居。小松田さんは「仏壇は残したい」という思いがあり、まるごとリノベーションをするのではなく、仏壇がある和室は手をかけずにそのまま生かすことに。
物件を見てお話をうかがい、周辺のマーケティング調査をして、僕らが導き出した活用方法は「女性専用の美大生シェアハウス」でした。
近くに秋田公立美術大学があること、そしてその学生の半分以上が県外出身だという情報から、「県外からきた大学生が一緒に食卓を囲める場所をつくったらいいのではないか」と提案しました。
原状をうまく活用しながらリノベーションすることで低予算に抑え、初期投資を短い期間で回収できる事業計画も合わせて提案。小松田さんにも納得いただき、オーナーさん出資によるリノベーションがスタートしました。
三方よしのリノベーションオーナーさんの思いを大切にすることはもちろん、住む人にとっても、地域にとっても、いい場所となるように、以下の3つをリノベーションの方針として掲げました。
・細かく分かれた間取りを活用して、複数人が居住できる間取りへ変更
・内蔵を入居学生が自由な時間で創作活動できるアトリエに活用
・地域の人々にも気軽に立ち寄ってもらえる、学生作品の展示の場をつくる
シェアハウスの間取り。主に5つの個室とアトリエ、ギャラリー、和室とリビング・キッチンで構成されている。
設計デザインを担当した筒井から、写真とともにリノベーションのポイントをいくつか紹介してもらいます。
「道路に面して玄関とギャラリースペースを設けるため、道路面の開口部は大きいものに変更しました。イベント時には外からも様子が見えるように工夫しています」(筒井)
「小松田さんが大切にしてきたお仏壇のほか、和室ならではの丸窓などの意匠はそのまま残しました」
「建物の中心にあるキッチンでは、料理の得意なオーナーが学生たちに郷土料理を振る舞ったり誕生日会をしたり、居住者とオーナーの集う場所となっています」
「内蔵は24時間利用できるアトリエに。元は低かった天井の半分を吹抜けに変更し、大きな作品も気兼ねなく制作できるようにしました」
筒井は「きちんと手入れされていたので大規模修繕の必要はなく、多くは細かい内装替えや少し痛んだところの補修などで済ませられました。コスパのいい改修になったと思います」と振り返っていました。
さらに、オーナー小松田さんに今後もこの場所に関わり続けてもらうため、蔵の裏側に「管理人室」を設け、小松田さんが新屋に戻ってきたときに泊まれる部屋を確保しました。
このように、オーナーさんの思いを大切にしつつ、美大生が制作活動をしながら暮らせる住居スペースとアトリエ、地域の人とつながるギャラリーを併設した「三方よし」の新たなリノベーションシェアハウスが誕生しました。
僕たちがつけたシェアハウスの名前は、〈シェアハウス 治五右衛門〉。かつてその地で営まれていた呉服屋さんの屋号であった「治五右衛門」をそのまま引き継いで名づけました。
ロゴマークは、蔵の中で保管されていた暖簾(のれん)をもとに弊社が作成。建物だけでなく、グラフィックデザインも統括してプロデュースできるのが、デザイン会社であるSee Visionsの強みでもあるのです。
地域と学生に愛されるシェアハウスがオープン2017年春、無事にリノベーションが完了し、完成内覧会を開催しました。「治五右衛門さん」の愛称で親しまれたこの旧呉服屋がどう変わるのか、地域の方も気になっていたようで、たくさんの方に足を運んでいただきました。シェアハウスとして新たな役割を担うことを祝い、周辺の方とも関係性を築くいい機会になりました。
完成時の入居者募集のチラシ。
そして、いざ入居者募集の頃。
小松田さんは、自ら入居者募集のチラシを持って美術大学の入学式に出向き、シェアハウスの宣伝を行いました。すると、なんと、入学式のその日で5部屋すべての入居者さんが決まり、満室状態で稼働を始めることとなりました。きっと付き添いの親御さんがオーナーの小松田さんに直接お会いできたことによる安心感も大きな決め手となったのでしょう。
治五右衛門に初めて入居する学生さんには「これから愛着を持って暮らし、次の世代へ長く受け継いでいってもらいたい」という思いから、本人たちに最後、建物に手を入れてもらおうと、ギャラリースペースの天井と壁の塗装をみんなでDIYしました。こうしてたくさんの手で受け継がれていく〈シェアハウス治五右衛門〉が本格始動しました。
この計画の肝となったのは、「学生がいるまち」であることもそうですが、なによりも小松田さんのご実家への愛と、そして我々や学生さんと一緒になにかがしたい! という事業意欲が大きかったことだと感じています。
「学生となにか一緒にやりたい!」「学生の子たちにごはんをつくりたい! 一緒にごはんを食べたい!」
そんな思いで一緒にイベントを行ったり、新入生がきたときには秋田名物のきりたんぽ鍋をふるまったり。小松田さんもシェアハウスの一員のように関わりを持ち続け、〈シェアハウス治五右衛門〉のSNSでは、一緒に楽しい時間を共有する小松田さんと学生さんの姿がうかがえます。
シェアハウスで交流をする小松田さんと学生のみなさん(シェアハウス 治五右衛門 Facebookより)。
新しい入居者の歓迎会ではお料理が振る舞われることも(シェアハウス 治五右衛門 Facebookより)。
地元を離れて秋田にやってきた学生さんにとっても「秋田のお母さん」のような頼れる存在がいることはきっと心強いことと思います。スタートから4年の月日が経ち、初めに入居していた学生さんが卒業するタイミングがきても入れ替わりで新しい学生さんが入り、今でも満室の状態が続いています。
今やシェアハウスという垣根を超えて、トークイベントや落語会、地域イベントの出店場所として貸し出しをするなど、〈シェアハウス治五右衛門〉はまちとの接点として育まれています。
普段は離れて暮らす小松田さんも、大切なご実家に住んで日々家を見守ってくれる学生さんがいることに安心感を抱いています。
小松田さんのように「仏壇があるから自分の家として持っていたい。でも、近くで面倒を見られるわけでもないし……」という似たようなお悩みを抱えた空き家オーナーさんは、きっと全国にたくさんいるはずです。そんな課題を解決するのは、事業に全面協力いただけるオーナーさんの力なのかもしれません。
僕らのリノベーション事業で大事にしている「オーナーさんと一緒につくる」という思いが強く反映された空き家の活用事例〈シェアハウス治五右衛門〉のお話でした。
次回は冒頭でも触れた空き倉庫のリノベーションプロジェクト〈ヤマキウ南倉庫〉について。社内のチームが総動員でつくり上げ、「民間がつくる公共スペース」として育て続けている場所です。それではまた次回お会いしましょう。
つづく
information
シェアハウス治五右衛門
住所:秋田県秋田市新屋元町5-45
Web:シェアハウス治五右衛門
profile
Akihiro Shoji
東海林 諭宣
しょうじ・あきひろ●株式会社See Visions/株式会社スパイラル・エー代表取締役。1977年秋田県生まれ秋田市在住。都内デザイン事務所を経て、2006年、秋田市に〈株式会社シービジョンズ〉を設立。現在は、店舗・グラフィック・ウェブなどのデザイン、編集/出版・各種企画/運営などを手がける。近年では〈株式会社スパイラル・エー〉を設立し、秋田市中心部で〈酒場カメバル〉〈亀の町ベーカリー〉〈亀の町ストア〉〈亀の町UP TO YOU〉を運営。自社が入居する2015年のヤマキウビルリノベーション事業を機に、2019年の〈ヤマキウ南倉庫〉など、不動産活用によるエリアの価値創造を掲げ、各地の町の魅力を引き出す活動を精力的に行っている。好物はスイカ。http://see-visions.com
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編集:中島彩