クリエイティブな仕事は、東京よりもむしろローカルにあるのではないか。ローカルで事業を起こしたり、自分で移住したり。ローカルシフトしたクリエイターたちは、そこでどんなことを感じたのだろうか。
「普通のジェット機は高度10000メートル以上で雲の上を飛ぶけれど、1000メートル以下を有視界飛行するプロペラ機から見ると、日本列島はとてもきれいなのだとわかります。これは日本のものすごい資源。まさに津々浦々、海も森も地域ごとに個性があり、自然の力にあふれているんです。なおかつ千数百年にわたりひとつの国であり続けた文化的蓄積があります」原研哉
2019年に発表した、原さんが日本各地を訪れ、自身で撮影し、原稿を書く自主的なプロジェクト〈低空飛行〉について。
「毎日この景色を目にするたびに、豊かだなと思います。緑の木々、川の流れ、燃えるような夕焼け。家にいるだけで、写真を撮りたくなる瞬間がたくさんやってくるんです」川内倫子
2017年、豊かな自然が残る環境と、東京まで車で1時間という利便性を兼ね備えた千葉県に移住し、新築した家での暮らしについて。
「悔しかったんですよ。いい建物を設計しても、わざわざ広島まで見に来る人は少ない。だったらどうしても見に来たくなる、本当にいい建物をつくろうと思いました。仕事の本質は、“どこで活動するか”より“いいものをつくる”ことにある。ずっとそう思っているんです」谷尻誠
広島出身の谷尻さんは、2008年から広島と東京の2拠点生活を始めた。なぜ東京への完全移住ではなく、2拠点というスタイルを選んだのか?
「釧路と根室は同じ道東で比較的近いのですが、それでも釧路から根室に向かう途中で風景が一気に変わる。人の手が入っていそうな場所が圧倒的に減るんですよね。しかも緯度が高いので、太陽が斜めから射してくるような感じで、スコットランドとか北欧みたいなドラマチックな光なんです。こういう環境に身を置いてみるのはおもしろいかもしれないと思いました」スズキタカユキ
北海道・根室の土地に魅せられ、2015年から東京と2拠点生活を送るようになった。これまでスズキさんが知っていた北海道とは異なる根室を語る。
「庭の木々は、私よりもずっと長生きで、その長さに比べれば、私はほんのいっとき、ここにいさせてもらっているだけなんですよね。庭には、猪や猿や野ウサギもいたりして、そのへんを歩いている動物に会うと、お互い、この土地を借りて暮らしていることに変わりはないんだよな、と思うんです。みんなが同じ立場で共存している。そういう気持ちを抱かせてくれることが、ここを心地よいと思う一番の理由かもしれません」細川亜衣
熊本に移住し、最初に好きになったのは周辺の豊かな自然。そのなかで、人、植物、動物の生き方を語る。
「東京のようにコマーシャルやビジネス中心で動く世界って、実はすごく特殊で、それはみんなの“当たり前”じゃない気がするんです。食べて、寝て、生活をする、暮らし中心の世界がたぶん、多くの人の“当たり前”で、やっぱり、軸足としては地方の空気感なり、地方の生活をベースに持っておくほうが、僕自身は判断を間違えない、かなと」二俣公一
住まいは福岡。週の前半は東京へ行き、後半は福岡に戻り、週末はなるべく家族と過ごすという。そうした働き方の理由を話す。
「いまは、繊維を加工するまちの工場だけでなく、繊維の産地も相当難しい状況です。現在、原料はほぼ輸入で、国産はゼロと言ってもいい。だけど例えばコットンなら浜松など、産地は日本各地にあるんです。そうした産地ごとの特性をできるだけ残したい。そういう工場や産地を守るための環境を整え、その価値を伝えるところまでを含めて、『デザイン』だと思うんです」皆川明
皆川さんはファッション業界の構造のなかで、経営困難に陥っている町工場を憂い、さまざまな工場にテキスタイルづくりを依頼してきた。
「東京という、とても便利で人のつながりもある場所にいると、そのなかで手に入ることだけでほとんどのことが成立してしまう。でも、そうじゃない場所に身を置くことで、僕らみたいな凡人の集まりでも、新しいことや味わい深いことが表現できるのだと思います。薬草園の広い敷地と豊かな自然、そして南房総の魅力的な生産者。この環境を、東京から離れた場所ととらえる人もいれば、可能性の塊と見る人もいるでしょう。答えはまだよくわからない。ただ、僕らにとっておもしろいことが起こりやすい場所であることは確かです」江口宏志
“周辺”にこそおもしろがれる要素が転がっているので、よくわからないものを身の周りに置いておくという江口さん。千葉へ移住して自分自身を“予想外の場所”に置いたのもそのひとつだったのかもしれない。
「食材はほぼ美瑛町産、北海道産に絞っていて、 野菜や山菜はもちろん、米や小麦まで。砂糖もてんさい糖が採れるのでほぼ賄えます。東京のお店では、全国から選りすぐりの食材を集めていたんですけど、移住してからお取り寄せを一度やめてみようと決めて、去年1年は地元にあるものだけで料理をつくってみたんです。冬も我慢して、あるものだけでやりくりして。その経験が自信に大きくつながりました」たかはしよしこ
「店名の〈SSAW(Spring/Summer/Autumn/Winter)〉は、祖父の写真集に『春夏秋冬』というタイトルがあって、料理も“四季”を表現しているので、その共通点が後々つながればという思いが漠然とありました。家業と僕のやってきたこと、よしこのやってきたことはつながっていて、その先にあるイメージはひとつなんです」前田景
〈SSAW〉を美瑛にオープンし、そこで暮らすうちに料理への向きあい方に変化があったと話すよしこさん。前田さんは美瑛を撮った写真家である父、そして自分たちの店舗への思いを重ねる。
「僕自身、高校生の頃に写真のポストカードを見て影響を受けた。その額装屋さんが今もあることが、結構、支えになっています。そういう循環が、少しでもBOOKS AND PRINTSで起こってくれればうれしい」若木信吾
東京を拠点に活躍する若木さんは地元・浜松に書店を構え続ける。初期のお客さんだった学生が、今では写真家になりBOOKS AND PRINTSに写真集を置くようになった。地元で受け継がれるカルチャーの循環について。
「その土地にあった資源や素材があったから、技術が生まれ、産業になり、コミュニティができ上がる。そこまで遡って土地らしさを見出さないと、デザインはできません」服部滋樹
かつてはデザイナーが産地に行っても必ずしも歓迎ムードではなかったという服部さん。しかしgrafのスタイルは「つくりかた自体」をデザインすることにある。
「どこまで物理的な場所がボトルネックにならないように暮らせるかな、と取り組んでみるのはおもしろそうだと思いました。自然環境を享受したいと思って軽井沢に来たわけで、たとえば電波がつながらないといった不便な暮らしをしたいわけではありませんから」〈Sumally〉山本憲資
Sumally Founder&CEOの山本憲資さんは、軽井沢に拠点を移した。スタートアップ企業の代表が「距離をテクノロジーでハックする」ことで東京と変わらない暮らしの実践を語る。
「葉山の〈サンシャイン+クラウド〉(クルマで5分ほど)に作業場を間借りしています。山の上にひとりで住んでいると、人と接する機会があるのは大事です。部屋に入ればひとりですから、これもまた『孤独の調整』ですね。こういう“虫のいい”環境を獲得するのはとっても難しく、本当についていると思います。ローカルの生活はロケーションと憧れだけでは長続きしませんから」高橋ヨーコ
東京の目黒からバークレーに移住し、ベイエリアで10年ほど暮らしていた高橋ヨーコさん。日本に戻ることになり、横須賀市秋谷に住み始める。都会よりもローカルで引きこもるのはつらいと、働き方を話す。
「岩崎さんという、世界的に見てもなかなかいない農家の素晴らしさを伝えたいと思いました。それを料理人の立場で発信している人はいませんし。それにローカルでがんばっている人たちにエールを贈りたかった。それであれば、自分が物理的に動くことで一石を投じたい。僕は日本の未来は、地方が豊かになることがとても重要だと思っているんです」原川慎一郎
東京の人気飲食店を離れ、ひとりで雲仙にお店をオープン。そのきっかけは、雲仙にいる岩崎さんというひとりの農家。ローカルが日本の未来にとって重要であることを行動で表している。
「京都の御所とか、神社など、子供の頃の記憶とつながりました。 京都は水がきれいだったんだなと。仕事で世界各国に行きましたが、 鴨川のようにきれいな川がまちの真ん中を流れている場所はあまりなくて。そのときに、京都の美しさは当たり前ではないんだということに気がついたんです。〜中略〜自分はものづくりをしているほうが楽しいし好きです。でも水を通して、ここを守っていきたいという気持ちになりました」稲岡亜里子
6年間アイスランドに通い、美しい「水」の写真を撮ることで、癒やされ、元気になっていたという稲岡さん。家業のそば屋がある京都の水の美しさや、それが保たれている意義を認識した。
「東京から軽井沢に行ったときに、ものの少なさが気持ち良く感じて。それで逆に、東京にある、例えばワインセラーとか、いろいろなものが要らないのではないかと気づいたんです。それで東京のものも減っていきました」松尾たいこ
東京、軽井沢、福井と3拠点暮らしをする松尾さん。拠点の数と反比例して、ものの数は減っていく。移動を繰り返して暮らすことで、ものの本質を知り、不要なものは削ぎ落とされていった。生活への眼差しが変化する循環にもなっているようだ。
「僕が大分トリニータに携わっていたときも『かっこよくしなくていい』と言いました。かっこよくすることだけが正義とは限りません。ローカルに合わせたマーケティングがあると思います」清永浩文
中央の価値観に寄りがちな社会のなかで、「かっこいい」という価値観がすべてではない。ローカルから都会へと売り出していく、逆ベクトルの重要性を語る。
ローカルを「おもしろがる」東京にいながらローカルの事業を行う人、2拠点暮らしをする人、完全移住した人。ローカルへの関わり方は人それぞれだが、何か新しいことや心機一転、自分や会社の成長のための手段としてローカルが選ばれるようになっているようだ。
まだまだスローライフや田舎暮らしをローカルに求めるという風潮があるかもしれない。もしくは都会の対称語として捉えているかもしれない。しかし視点を変えれば、そこにはクリエイティブの種がある。今回の18人の視点を参考に、多様なローカルを“おもしろがって”みたい。
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コロカル編集部