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富士山の麓のまちで開かれる国内唯一の布の芸術祭、見どころを紹介

  • 2023年12月10日
  • コロカル

ジャファ・ラム(林嵐)《あなたの山を探して》(photo:Kenryou Gu)

織物産業で栄えたまちの景色が変わる

山梨県富士吉田市にとっての秋冬は、織物フェスティバルのシーズンだ。10月には全国各地のテキスタイルや雑貨などが集まる〈ハタオリマチフェスティバル〉(2016年開始)、続いて11〜12月には布をテーマにした国内唯一の芸術祭〈FUJI TEXTILE WEEK〉(2021年開始)が開かれている。

パシフィカ コレクティブス《Small Factory》ストリートカルチャーのアーティストがドローイングを描き、手染めの毛糸から制作。(photo:Kenryou Gu)

パシフィカ コレクティブス《Small Factory》ストリートカルチャーのアーティストがドローイングを描き、手染めの毛糸から制作。(photo:Kenryou Gu)

富士吉田市、西桂町を中心とした郡内地域は、織物産業の養蚕、撚糸、染色、織りを担う産地として1000年以上続く歴史を持つ。富士山がもたらす豊富な湧水が染色に適し、織物産業が盛んになったとも言われている。

しかし10数年前から社会や産業の変化により工場の閉鎖が続き、織物産業の再興を図るアート・デザインプロジェクトが複数立ち上がった。

移住者や市外から関わりを持つ人々の新たな力が加わり、使われなくなった工場や倉庫、店舗などをリノベーションしてホテルやカフェを立ち上げたり、アーティスト・イン・レジデンス施設や展示会場として再利用したりすることで、まちの景色が少しずつ変わってきた。

〈FabCafe Fuji〉。カフェのほか、テキスタイルの展示やライブラリーなどもある。(撮影:吉田周平)

〈FabCafe Fuji〉。カフェのほか、テキスタイルの展示やライブラリーなどもある。(撮影:吉田周平)

今年で3回目となるFUJI TEXTILE WEEK 2023(11月23日〜12月17日)のテーマは「Back to Thread/糸への回帰」。織物産業の歴史を保存・検証する「デザイン展」と、世界6の地域と国内からアーティスト11組がテキスタイルを用いて表現する「アート展」で構成されている。総合ディレクターを南條史生、キュレーターをアリエ・ロゼン、丹原健翔らが務めている。

今回は11月21日に行われたツアーの様子を紹介したい。

まちの記憶を保存する工場跡地などでアートを展開

「アート展」では、まちの記憶や職人の技術に触発されたアーティストの力作が続く。

今年メイン会場に加わった旧〈山叶(やまかの)〉は、地域を支える織機部品などの商社だったが、2023年3月に廃業。同展では、旧社屋と工場を生かし、皮膚と古着や家具の関係から記憶の物語を浮かび上がらせる池田杏莉、チェコのユニット〈スタジオ ゲオメトル〉ら5組のアーティストの展示や、「子どもアート展」を開催している。

今年メイン会場に加わった旧〈山叶〉。

今年メイン会場に加わった旧〈山叶〉。

なかでも地上9メートル、幅約20メートルの工場跡地に展示されたネリー・アガシのインスタレーションは圧巻だ。建物のファサードと同じ装飾の布地を〈山梨県産業技術センター〉(通称・シケンジョ)の技術提供で制作し、その布でつくり上げた。また、工場に残る什器などを用いて、記憶や想像力を掻き立てる空間に仕立てている。

「ローカルコミュニティの重要な場所が終わり、次につなげるタイミングに立ち合い、建物の歴史と個人の歴史を織り交ぜて制作しました」とアガシさんは語った。

ネリー・アガシ《mountain wishes come true》(photo:Kenryou Gu)

ネリー・アガシ《mountain wishes come true》(photo:Kenryou Gu)

左がイスラエル生まれ、シカゴ在住のネリー・アガシさん。

左がイスラエル生まれ、シカゴ在住のネリー・アガシさん。

屋上には、ジャファ・ラムがB反(傷などで一般に流通しない生地)を用いたインスタレーションを設置。

リサーチの際、海外からの観光客が横断歩道で富士山を写真に撮る姿に驚いたラムさんは「観光客に織物産業にも目を向けてほしいと思い、あえて富士山を隠すように雲をイメージしてつくりました。主婦でもある縫い子さんの手仕事への敬意も込めています。展覧会終了後はこの布を香港に持ち帰り、山を旅しながら故郷について振り返りたい」と述べた。

ジャファ・ラム(林嵐)《あなたの山を探して》(photo:Kenryou Gu)

ジャファ・ラム(林嵐)《あなたの山を探して》(photo:Kenryou Gu)

左が中国生まれ、香港在住のジャファ・ラムさん。

左が中国生まれ、香港在住のジャファ・ラムさん。

顧剣亭(Kenryou Gu)は、縦横1列ずつのピクセルを反復して複数の写真を織物のように編み込んでいく「デジタルウィービング」という独自の手法で、富士吉田の異なる時代の地図を富士吉田で織られた生地にプリントした。

「地図は、時間と空間を組み合わせたものでもある。それを表現するために、ほぐし織り(糸の1本1本に柄をつけてから織り上げる、先染め織物)の2層状態にインスパイアされて2枚重ねにしました」と語る。地元の人々は地図を見て昔話に花を咲かせているそうだ。

顧剣亭《Map Sampling_Fujiyoshida》(photo:Kenryou Gu)

顧剣亭《Map Sampling_Fujiyoshida》(photo:Kenryou Gu)

京都府生まれ、在住。上海育ちの顧剣亭さん。上から見るとピントが変わる。

京都府生まれ、在住。上海育ちの顧剣亭さん。上から見るとピントが変わる。

戦後に毛糸商を営んだ旧〈糸屋〉(前身は呉服店)では、下描きなしに布に直接刺繍を刺していく沖潤子による彫刻的な作品を展示。

ドキュメンタリーアクターの〈筒 | tsu-tsu〉は織り子の伝説をテーマにパフォーマンスを展開する。

沖潤子《anthology》(photo:Kenryou Gu)

沖潤子《anthology》(photo:Kenryou Gu)

続いて、新宿の文化服装学院の連鎖校として1980年代まで開校していたという旧文化服装学院へ。

看護師でもある津野青嵐(せいらん)は、幼少期にファッションへの道を示した祖母が臥床生活になり、祖母が集めた布と3Dペンで寝たまま着られるドレスを制作した。

また、ユ・ソラ(韓国生まれ、東京在住)による、日用品やレシートなどを布と糸でつくり出したインスタレーションも印象に残る。

津野青嵐《ねんねんさいさい》(photo:Kenryou Gu)

津野青嵐《ねんねんさいさい》(photo:Kenryou Gu)

ユ・ソラ《日々》(photo:Kenryou Gu)

ユ・ソラ《日々》(photo:Kenryou Gu)

伝統的な織物「甲斐絹」を掘り起こしたデザイン展

一方、デザイン展では、アートギャラリー〈FUJIHIMURO〉で「甲斐絹(かいき)をよむ」を開催。1世紀前に郡内地域でつくられ、羽織の裏地に使われた「甲斐絹」は、着物が衰退するまでは、文学にも登場したおしゃれの代名詞であった。

展示会場は、かつて県内外の客で賑わった歓楽街「西裏」に氷を提供していた〈富士製氷〉を、東京理科大学坂牛研究室の手で再生した旧製氷工場だ。その4つの氷室を展示空間として、地域で保存されている生地や羽織、道具などを展示。それぞれの絵柄に込められた意味を、写真家・川谷光平、詩人・水沢なお、研究者・五十嵐哲也(山梨県産業技術センター富士技術支援センター主幹研究員)が読み解く。

五十嵐さんは「羽織を脱ぐときにチラリと見える裏地の絵柄には意味があり、コミュニケーションを生む粋なメディアでもあった」といくつかの絵柄を解説してくれた。

「甲斐絹をよむ」展示風景。

「甲斐絹をよむ」展示風景。

絵甲斐絹(1913年)。竹虎図は、現代の学ランやスカジャンの刺繍にも通じる。

絵甲斐絹(1913年)。竹虎図は、現代の学ランやスカジャンの刺繍にも通じる。

また、旧田辺工場では、服地を中心にセレクトした生地を紹介する「MEET WEAVERS SHOW 2023」を開催(会期中の金・土・日曜)。山梨の織物と職人とのつながりをつくる。

「MEET WEAVERS SHOW 2023」展示風景。(撮影:吉田周平)

「MEET WEAVERS SHOW 2023」展示風景。(撮影:吉田周平)

富士吉田市で暮らしながら世界ともつながる

作品を案内してくれた副事務局長の杉原悠太さんにお話をうかがった。東京都出身で、大学で機械工学を学んだあとデザインの道に転向した杉原さんは、プログラミングの技術を生かしてウェブ制作、アートディレクションやグラフィックデザインと活動を広げてきた。韓国で5、6年暮らしたあとに帰国し、移住地を探していたときに友人に誘われ、富士吉田市を訪れる。

「富士山を初めてまじまじと見て、ここに住もうとその日のうちに決めたんです。まだ桜も咲いている春の一番いい時期でした」

FUJI TEXTILE WEEK副事務局長の杉原悠太さん。

FUJI TEXTILE WEEK副事務局長の杉原悠太さん。

また、スリランカの子どもが描いた絵をパターングラフィックに変えてテキスタイルをつくる活動もしていたという。

「富士吉田市に来てから機屋さんと出会って織物が身近になり、興味が深まりました。機屋さんのウェブサイト制作で織物ができるまでを紹介するページをつくるために、織りの全工程を撮影して回り、このまちにますます惹かれましたね」

移住当初、八木毅さん(FUJI TEXTILE WEEK 事務局長)が始めていたアーティスト・イン・レジデンスの運営に参加し、彼と「このまちでアートイベントをやりたいね」と話していたのが7年前。それから数年後、八木さんが市役所から聞いた文化庁の助成金を得て芸術祭が始まった。

清川あさみ《わたしたちのおはなし》。同作品を展示している〈KURA HOUSE〉も杉原さんが運営。空き家になっていた1950年代築の蔵と住居を2016年に借り受け、店舗やギャラリー、ライブなどに活用。(photo:Kenryou Gu)

清川あさみ《わたしたちのおはなし》。同作品を展示している〈KURA HOUSE〉も杉原さんが運営。空き家になっていた1950年代築の蔵と住居を2016年に借り受け、店舗やギャラリー、ライブなどに活用。(photo:Kenryou Gu)

「1年目はスタッフが少なかったので、イベントの企画やアーティストのコーディネートなどを兼業しました。アーティストの方々に産地を案内しながらお話をしていると、さまざまな視点からこのまちや織物産業を見ることになり、とても刺激的でした。機屋さんたちとのコラボレーションをマッチングすることも、織物をつくる大変さとおもしろさをあらためて実感し、勉強になりました。

2年目からはスタッフが増え、3年目になるとイベントの企画や運営のほうの業務が増えて、コーディネーターとしては参加できなくなってしまったので、アーティストの方々と密に関われないのが少し残念です」

一方、「デザイン展」は産地で蓄積してきた情報を整理して展示。

「1、2年目は産地の流れを体系的に理解できるような構成の展示でしたが、今回はこの産地の技術力を証明するルーツともいえる織物“甲斐絹”の文化とその技術にフォーカスを絞った展示となっています。この芸術祭において、デザイン展の存在は、産地の歴史を体感し、さらにアート作品に対する感じ方や想像力を広げてくれる展示だと思っています 」

裏地のおしゃれを楽しむエピソードから、まちの人々の気質もうかがえる。

「富士吉田の人々は移住者に対してとても寛大だと感じています。こういったイベントに挑戦させてくれることがとてもありがたいです」

富士山に見守られているようなまち。(撮影:吉田周平)

富士山に見守られているようなまち。(撮影:吉田周平)

「アートはもちろん、アートによって特別な景色が広がるまちも見てほしい」と杉原さん。自身の仕事も芸術祭も「山梨から世界につながるようなきっかけや動きをつくっていきたい」と展望を語る。

地域活性化を目指す芸術祭は全国で開かれているが、〈FUJI TEXTILE WEEK 2023〉では職人のまちの底力が感じられる。展示作品を巡ると、アーティストたちが大いに触発され、新たな挑戦をしていることがわかるからだ。

と同時に大きな工場跡地を展示空間として再利用できることは貴重なチャンスだけれど、工場の閉鎖に歯止めをかけたい気持ちはアーティストも同じ。そうしたさまざまな人の「願い」を感じながら、芸術祭を巡りたい。

information

FUJI TEXTILE WEEK 2023 Back To Thread/糸への回帰

会期:2023年11月23日(木)〜12月17日(日)

会場:山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺地域

開場時間:10:00〜16:00(各会場への入場は15:30まで)※月曜休

料金:1200円(高校生以下、富士吉田市民無料)

Web:FUJI TEXTILE WEEK 2023

writer profile

Yuri Shirasaka

白坂由里

しらさか・ゆり●神奈川県生まれ、小学生時代は札幌で育ち、自然のなかで遊びながら、ラジオで音楽をエアチェックしたり、学級新聞を自主的に発行したり、自由な土地柄の影響を受ける。映画館でのバイト経験などから、アート作品体験後の観客の変化に関心がある。現在は千葉県のヤンキー漫画で知られるまちに住む。『WEEKLYぴあ』を経て、97年からアートを中心にライターとして活動。

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