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「里山」 詳細解説

読み:
さとやま
英名:
Country-Side Forest

青森県にある三内丸山遺跡の縄文遺跡周辺では、クリが食用として栽培されていたと考えられており、いまから4000年以上も前に人の手が加わった森林が人家の周辺にあったことがわかっている。縄文の昔から、集落近くの森や自然は、その周辺の人々のくらしになくてはならないものであった。集落の人の手によって維持管理された森や自然は、食用としての木の実や山菜、燃料としてのマキ、肥料としての落ち葉など、豊かな恵みをもたらした。

里山は、人里離れた奥山ではなく、集落の近くにあって、地域住民の生活と密接に結びついた森や田んぼなどのある場所のことだ。里山の森林は、その土地に以前から生えていた自然の木が、災害で倒れたり、人の手で切られたりした後に再び生えてきたもの(二次林)で、コナラ、ミズナラなどの落葉広葉樹、柿や竹などさまざまな植生で構成される場合が多い。さらに、里山の周辺地域には人間の手によって田んぼや野菜畑、用水池などが作られ、これらの環境に昆虫、小動物などが集まって、里山を中心とした生態系が形作られてきた。

しかし、戦後、とくに1960年代以降、石油、ガス、電気などが家庭用燃料の中心になり、畑に化学肥料が使われるようになると、燃料や肥料供給源としての里山の役割が減少し、里山は荒れ果てたまま放置されたり、住宅地や工場用地、ゴルフ場などに変わったりしてしまい、荒廃の一途をたどっていった。

1990年代に入り、環境問題に関心が高まってくると、豊かな生態系を形作ってきた里山が再びクローズアップされてきた。全国各地に市民や企業、自治体などが「里山を守る会」などを設立し、保全活動を展開するようになった。たとえば、三重県名張市にある「赤目の里」は、以前は自然と人間の共生空間であったが、1990年代にゴルフ場開発の計画が持ち上がった。地域住民は1996年に環境保護団体「赤目の里山を育てる会」を作り、土地を買い取るナショナル・トラスト運動を展開。市民の拠出金によって多くの山林や田を購入することができた。そして、住民たちは地元の雇用にもつながり、都市との交流もできる環境保全型の保養施設「エコリゾート赤目の森」を建設し、新しい形での里山再生を実現した。

里山を保全することを目的とした里山条例も各地で制定されており、2002年5月には、都道府県レベルで初めて千葉県でも施行されている。千葉県では、条例に基づき里山基本計画が策定され、里山活動団体が中心となってちば里山センターが設立され、里山に関する活動を行っている。最近ではこのような里山の再生を通じて、動植物とのふれあいや自然の学習など、里山を子どもたちの環境教育の場として活用するケースも増えており、里山の役割はかつての村人と自然との関係だけではない広がりを見せている。

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