世界には、次世代へ引き継がれるべき持続可能な農業や、こうした農法を行っている地域がある。しかし、農業の近代化や開発の波に押されて、伝統的な農法の多くが姿を消しつつある。重要な農法や生物多様性などがある地域を守り次世代へ継承していくため、国連食糧農業機関(FAO)が2002年に開始したプロジェクトが世界農業遺産(GIAHS、ジアス)だ。後世に残すべき、生物多様性を保全している農業システムや景観などを、FAOが世界農業遺産として認定・登録する仕組みだ。
ユネスコが認定する世界遺産が歴史的な建築物や自然などを登録対象としているのに対して、世界農業遺産は農法を対象としている点が大きな特長だ。たとえば、中近東のマグレブ地方にあるオアシスでは、ナツメヤシなどさまざまな果物や野菜が生産されている。また、フィリピンにある棚田では、海抜の高い地域でイネを育てるためのかんがいシステムが独自の発展をみせている。2010年までに世界農業遺産として認定された地域はペルー、チリ、タンザニア・ケニア、アルジェリア・チュニジア・モロッコ、フィリピン、中国(3カ所)の8地域で、いずれも開発途上国だった。
しかし、2011年6月に開催されたGIAHS国際フォーラムで、新潟県の佐渡地域と石川県の能登地域が世界農業遺産として認定された。日本から登録されたのはもちろん、先進国での認定も両地域が初めてという快挙だ。佐渡地域については、佐渡島で受け継がれている森や水田、ため池、河川などが形成する生態系と景観を守る「生きものを育む農法」による、「トキと暮らす郷づくり」の取り組みが評価された。
一方、能登地域については、地域主体の管理の下で何世紀にもわたって行われてきた、農林産物の生産や持続的な生物資源の利用保全、そしてそれらが育んだ多様な生物資源と里山の景観、文化・祭礼などが多面的に評価された。両地域とも世界農業遺産として認定されたことを契機に、農業や観光の振興にこれまで以上に力を入れていく方針を表明している。日本には両地域だけでなく、棚田のように自然と共生した伝統的な持続可能な農法を守っている人や地域がたくさんあるだけに、認定申請を目指す動きが広がるものと思われる。
世界農業遺産として認定されると、国内はもちろん世界全体での知名度が高まり、海外を相手とした農産物販売や観光の振興などが期待される。同時に、さまざまな制約も生じる。申請書に記載した通りの活動や保全を行うことはもちろん、こうした取り組みがきちんと実施されているかを調査して年に1回は報告書を作成しなくてはならない。また、農法についても生物多様性を損なわない方法を採用することが求められる。