
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
交叉点に面して、全面ガラス張りの開放的な空間は、通りからも目を引く
関西編の第96回は、大阪市北区の「Oliver Coffee Roasters」。韓国出身の店主・金さんは、日本のコーヒー専門店での衝撃的な体験から、たちまちコーヒーの虜に。ほぼ独学で知識、技術を学びながら、たびたび日本の名店を訪ね、洗練されたスペシャルティコーヒーの味わいに傾倒。結婚を機に移り住んだ大阪で、ロースターとして念願の独立を果たした。とはいえ、「修業経験がないから、今もまだまだ勉強中」と、開業後も日々の研鑽に余念がない金さんに、日韓のコーヒー事情の違いや、海を渡った挑戦の足跡をうかがった。
店主の金さん
Profile|金容進(きむ・よんじん)
1981年(昭和56年)、韓国・ソウル生まれ。11年前、日本を訪れたときに、銀座の老舗・カフェ・ド・ランブルの、浅煎りネルドリップのコーヒーに衝撃を受け、コーヒーを生業にすべく会社員から転身。独学で知識、技術を磨くと共にスペシャルティコーヒーへの関心を深める。4年前に結婚を機に日本に移住し、各地のコーヒー店を訪ねて見聞と交流を広め、2023年、大阪市北区に「Oliver Coffee Roasters」をオープン。
■日本で初めて味わった浅煎り・ネルドリップの衝撃
ドリッパーは台湾のテイスターズコーヒー製を使用。抽出効率を高める独特のリブの構造で、しっかり濃度が出せるのが特徴
4年前、結婚を機に、韓国から日本にやってきた店主の金さん。母国での出店も選択肢にあったが、大阪で店を始めたのは、奥様の地元であることに加えて、日本のコーヒーにリスペクトを抱いていたことが大きいという「日本では、コーヒーの味の追求力がすごい。特に、際立った個性やクオリティを引き出すことに長けていると感じます。しっかりとその風味を感じようとするお客さんも多くて、自分がイメージしていた店は、日本の方が合うと感じたんです」
そう話す金さんが、コーヒーを生業にするにいたったのは、11年前、韓国で日本の食に関わる仕事を志したことが、そもそもの始まり。すでにコーヒー好きではあったが、目指すべき方向を決定づけたのは、初めて来日したときに訪ねた東京・銀座の老舗、カフェ・ド・ランブルでの体験だった。「そのとき、浅煎りのネルドリップコーヒーを口にして、とにかくショックを受けました。韓国ではまず出合わない味、こんなコーヒーもあるのかと。極端に言うと、果物にハチミツをかけたような感覚で、酸味や甘味に厚みがありました。果汁を入れたコーヒーかと思ったくらい(笑)。そのころ、韓国ではようやくスペシャルティコーヒーが出始めたくらいで、まだまだ酸味に対して馴染みがなく、酸っぱくて飲めないという反応が多くを占めていました。その背景もあって、余計に衝撃は大きかったですね」と振り返る。金さん自身も、まだコーヒーのことを詳しく知らなかったからこそ、インパクトは鮮烈。その1杯を飲んだあと、立て続けに違う種類のコーヒーを注文し、計5杯を飲んでいったそうだ。
ドリップコーヒー650円~。写真は唯一の中煎りのグアテマラ・エル インヘイト タンザニア農園。ワイニーな酸味とボディ感があり、余韻にナッティナ香ばしさが後を引く
帰国すると、ランブルの衝撃冷めやらぬうちに、コーヒーの勉強を始め、本格的にのめり込んでいく。自宅で手網焙煎も始め、SCAK(韓国スペシャルティコーヒー協会)のセミナーに通うなど、ほぼ独学で知識を広げていった。「手網で始めたときは、色の変化も見えるし、焼き上がる過程がめちゃくちゃおもしろかった」と焙煎にはひと際、興味を惹かれ、その後は小型のディスカバリー、業務用の直火式焙煎機へとステップアップし、経験を重ねていった。
■韓国と日本で感じたコーヒーカルチャーの違い
10種のコーヒーは時季ごとに入れ替わる
このころには、浅煎りでこそ際立つスペシャルティコーヒーの味わいに、すっかり心惹かれていた金さん。この間、日本にもたびたび足を運び、方々で評判の店を巡っていたのは、韓国のカフェ事情との違いも理由の一つだった。「韓国では、コーヒーのおいしさより、店の広さや雰囲気、パンやケーキなどの軽食メニューを求める傾向が根強くて、コーヒー専門のスタンド形式は少ない。だから、本当にコーヒー好きな人々は、日本にまで出かけていくことも珍しくないですね。また、日本と韓国では、コーヒーに対して風味の感じ取り方が違うように思います。韓国では深煎り嗜好が強いですが、それは濃厚で刺激のある料理が多い食文化の影響もあるかもしれません。感覚的に、韓国の浅煎りは日本の中煎りに近い、それくらい違いがあります」
両国のカルチャーの違いも体感し、自身が求めるコーヒーは日本の嗜好に近しいと確信した金さん。日本に移り住んでからは、さらに多くのコーヒー店を訪れ、時にイベントやセミナーにも参加。各地の店主との交流を広げるなかで、焙煎の指導を仰いだのが、前回登場したMel Coffee Roastersの文元さんだった。「当初は、日本のコーヒー店で働いて独立するのが夢でしたが、ちょうどコロナ禍にあたり、働き先が見つからなかったんです。でも、時間があれば気になる店に行って、逆にそういう時期だったからこそ、店で話をする時間もあって、いろいろ知ることができました」
開店当初、エスプレッソはMel Coffee Roastersの豆を使っていたが、昨年からオリジナルブレンドに切り替え
そうした状況の中で、金さんは「修業先がないならば、いっそ店を始めよう」と一念発起、2023年に「Oliver Coffee Roasters」をオープンし、開業後も、店を切り盛りしつつ日々、技術を磨く。毎朝、焙煎した豆のカッピングを日課にし、味作りに試行錯誤を重ね、現在はシングルオリジン10種にまでラインナップの幅を広げている。「豆のセレクトは他店にあまりないもので、かつ、自分が好みのウォッシュド主体に提案しています。たとえば、ブラジルの豆も、ある意味で“らしくない”、フルーティーな銘柄を選ぶなど、飲んだときの甘さとバランスを意識しています」と金さん。また、冬は香りの余韻が繊細なウォッシュド、夏はアイスでも果実味が際立つアナエロビックやナチュラルプロセスの豆の種類を増やすなど、季節ごとにセレクトを細やかに変えている。
焙煎度はほぼすべて浅煎りだが、実は1種だけ定番で中煎りを置いている。その心は、「近所のお客さんは深めの焙煎がお好きな方が多いので、この中煎りを代わりとして勧めています。これを飲んでみて、ほかの豆も試そうという方が多くて、浅煎りのコーヒーに興味を持つ入口にもなっています」
カフェラテ600円。ミルクを3回に分けて注ぎ、その度にスチームをかける、韓国のバリスタの技を踏襲。味にムラがなくクリーミーな口当たりが好評
■今も記憶に鮮やかな原体験を胸に新たな挑戦へ
毎朝7時から始める焙煎とカッピングが金さんの日課
店の立地は、商店街、会社、住宅街が入り混じるエリアとあって、客層は幅広い。今まで近隣にロースターがなかったという事情もあり、年配のお客や子ども連れのファミリーも少なくない。「開店してしばらくは、ティラミス目当ての方が多かったですが、今はここを目指して来てくださる人は増えてきました」という金さん。その中には、関西の人気コーヒーショップのスタッフの姿もよく見られ、金さんがこれまでに広げてきた同業のつながりを示している。
開店から1年が過ぎたが、「先々のことは、毎日のように考えている」という金さん。さらなるスキルアップを目指し、2026年には、KCRC(コリアコーヒー ロースティング チャンピオンシップ)への出場も予定している。「やっぱり、抽出より焙煎が好きですね。今は科学的なアプローチで、デジタル管理できますけど、ランブルをはじめ日本の喫茶店や自家焙煎コーヒーの老舗がやってきた、感覚的なやり方も大事だと思っています」と、先人へ敬意を抱きつつ、自身の技術を磨くことに余念がない。今後は豆の卸にも力を入れていきたいという。
自家製のティラミス800円。マスカルポーネチーズのみを使ったふわふわの食感が人気
「今の焙煎機は1キロだけど、5キロ、10キロと大きくしていきたいと、妻とはよく話しています。先々、大阪のロースターと言えば必ず名の上がる店にしていくことが目標。そのために、もっと仕事のクオリティを上げていかないと。お客さんにはスペシャルティコーヒーを体験してもらって、魅力を伝えたいですが、まずは好きなものを好きなように楽しんでもらえれば」
持ち前の探求心で、今も各地のコーヒー店を訪ね、弛まず研鑽を重ねる金さん。初めて日本に来て以来、東京には延べ10回ほど行っているそうだが、実はカフェ・ド・ランブルには、あえて再訪しないことにしているとか。「今、飲んだら、最初に味わったときと同じ気持ちにならないかもしれないから。当時、感じたショックを、そのまま持ち続けたいので」。これからも続く金さんのチャレンジの原点には、忘れられない体験が鮮やかに刻まれている。
店は交差点の角地にあり、全面ガラス張りで立ち寄りやすい雰囲気
■金さんレコメンドのコーヒーショップは「depe coffee shop」
次回、紹介するのは、大阪市旭区の「depe coffee shop」。
「店主・日比さんが、2024年の夏にオープンしたばかりの新しいお店です。GLITCH COFFEEでの修業経験を活かして、フルーティーなコーヒーを主役にした個性がしっかりわかりやすい豆のセレクトで、時にインパクトのある風味に出合えるのも楽しみ。プレゼンがとても上手なので、初めて訪れる方でも安心です。まだ若いですが、お店のカラーを打ち出して、努力を重ねている姿を見て、同業者として応援したい一軒です」(金さん)
【Oliver Coffee Roastersのコーヒーデータ】
●焙煎機/プロバット 1キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(テイスターズコーヒー)、エスプレッソマシン(ラ・マルゾッコ)
●焙煎度合い/浅~中煎り
●テイクアウト/ あり(650円~)
●豆の販売/シングルオリジン10種。100グラム1400円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。