
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
四国編の第19回は、高知県北部、本山町の「JOKI COFFEE」。大阪・東京で飲食店の仕事に携わるなかで、「いつかはコーヒーで店をしたい」、との思いを形にした店主の大下健一さん。吉野川の上流域、里山の風情漂う町でスタートした店では、生産者のストーリーが伝わる、多彩なスペシャルティコーヒーを提案。中でも、「自分がいいと思う味わいを多くの人と共有したい」と、浅煎りの魅力を実感してもらえる味作りに力を入れ、ここで真価に気付いたというお客も、いまや少なくない。開店から10年、山間の町に遠来の人々をも惹きつけるよきコーヒーには、地道に味を磨き続ける“コーヒー屋”としての揺るぎない信念が貫かれている。
Profile|大下健一 (おおした・けんいち)
1977(昭和52)年、福岡県生まれ。大阪の大学を卒業後、レストラン、バーテンダー勤務を経て、東京のD&DEPARTMENTダイニング事業部に転身。結婚、出産を機に奥様の地元である高知県に移住し、地域おこし協力隊として活動。3年の任期の後、2013年、観光案内所の跡地を改装して「JOKI COFFEE」を開業。
■山間の清流の畔でコーヒーの醍醐味を追求
四国随一の大河・吉野川の上流域にあたる高知県本山町。河口で見た悠々とした流れも、ここまで来ると川幅も狭まり、木々の緑に翡翠色の水面が鮮やかに映える。清らかな流れの畔に立つ「JOKI COFFEE」のログハウスの店構えは、山懐に抱かれたロケーションに似つかわしい。「ここは四国のど真ん中にあって、早明浦ダムや祖谷渓、アウトドアの施設も近く、隣県からのお客さんも多い。時々、海外からの観光客も来られますよ」という店主の大下さんが、本山町にやってきたのは13年前。今ではここでの暮らしが一番長くなったという。
以前は、バーテンダーを経て、ロングライフデザインをテーマとするD&DEPARTMENT(以下:D&D)の飲食部門のダイニングで長らく店長を務めた大下さん。「当時からドリンクの一つとしてコーヒーに関心を持っていたので、あちこちのカフェ、ロースターにはよく行っていました。D&Dでもコーヒーは扱っていましたが、なかなか納得できるものができなかったこともあり、いつかは自分で店をしたいと思って、独立するにあたってあらためてコーヒーを真剣に追求しようと思ったんです」と振り返る。
折しも、スペシャルティコーヒーへの関心が広がり、情報が得やすくなった時期。焙煎に対するハードルも下がってきたこともあり、自宅で小型の焙煎機を置いて自家焙煎を始めた。その後、結婚を機に奥様の地元である高知県に移住。2010年に、本山町の地域おこし協力隊に応募し、役場の一員として農業・林業なども携わりながら、「いつかはコーヒーで店をしたい」、との思いを形にしたのが「JOKI COFFEE」だ。
■カクテルに想を得た浅煎りブレンドの妙
D&D時代は、息長く続く、その土地らしい魅力を持つロングライフデザインを紹介し、創設者のナガオカケンメイさんと共に畑の開墾や無農薬野菜の栽培にも携わってきた大下さん。この店のコーヒー豆のセレクトにも、その経験が反映されている。「単にいろいろそろえるのではなく、産地がどこで、どんな人が作っているかがわかり、そこに味のクオリティがある豆が基準。自分が産地に行けないので、ちゃんと現地を見て知悉(ちしつ)して、何でも答えてくれる仕入れ先から入れています。長年、生産者のストーリーが伝わるものを扱ってきたので、知らず知らずにそういう目線でコーヒーにも向き合っている部分はあると思います」。生産者を明確にし、産地のよりよい環境作りを目指すスペシャルティコーヒーの考え方は、ロングライフデザインに通じるところが多い。
メニューには、定番のブレンド、シングルオリジンのほか、黒板に記される日替わりや期間限定の豆など多彩な品ぞろえ。開店にあたり、看板に据えた3種のブレンドは、力強い風味のバランスが魅力の中深煎りのヴィルタ、芳醇な香味がまろやかな深煎りのアデリー、華やかな香りと明るい酸味が広がる浅煎りのメリを順次考案。ずっと浅煎りのコーヒ-を愛飲していた大下さんにとって、「人気はほかに譲るけど、自分では一番好きな味わい」というのが、最後にできたメリブレンドだ。
「風味が繊細な浅煎りの配合は、カクテルの感覚を当てはめることも多い」という通り、メリはスタンダードカクテルの一つ、ホワイトレディから想を得たもの。トリプルセックとレモン、ジンで作る、すっきりフルーティーな味わいを、ブレンドのイメージに重ねている。「浅煎りはリキュールのイメージを重ねて自由に考えますが、コーヒーは焙煎で風味がブレるから、お酒のようには明確になりません。時には、似た風味の豆を組み合わせても違う風味が出たりします。でもそこを楽しんで、ちょっとアバウトでも狙った味をイメージするのは、独学だからできる発想かもしれませんね」と大下さん。バーテンダーの経験をいかした配合の妙もさることながら、何より印象的なのは味わいの透明感。鮮やかに広がるみずみずしい香りと、チェリーを思わせるジューシーな甘味は、厚みがありながらあくまでさわやかな後味に目を見張る。
■カフェではなく、あくまで“コーヒー屋”でありたい
メニューの幅広さゆえ、コーヒーの注文はおまかせがほとんどというが、「その際は、お客さんが普段飲んでいる味、今の気分を聞いて、できるだけ浅煎りをおすすめしています。ここで飲んでおいしいと感じた記憶を持って帰ってほしい。すると、ほかで飲み比べたときに思い出してもらえます。そのために、こちらから飲んでほしいと言うだけでなく、実際に浅煎りの醍醐味を実感してもらえるコーヒーを出さないと」。そこには、自分がいいと思う味わいを多くの人と共有したいという、コーヒー店としての矜持が垣間見える。
1人で切り盛りするため当初から食事は置かず、今はケーキを目当てに来る人が多いが、「本当はコーヒーオンリーで来てもらえる店でありたい。何でもあるカフェではなく、コーヒー屋というスタンスを、よりはっきり打ち出したい。このロケーションなので、全国からわざわざ来てもらえる存在を目指さないといけないから、自分が考えうる最高のものを作っていきたい」。本当にいいものを作れば、どんな場所でも求める人が来る。この一杯には、揺るぎない信念が貫かれている。
「2023年で10周年を迎えたが、10年は長い。その間、店を続けながら、気付いたこと、変わってきたことも多々あるので、次の10年もクオリティを上げながら続けていきたい。店を増やすとかではなく、本山町でやることに意味がある。町のためになる、来てもらうきっかけになるための店として認知されてきたので。日常のなかの贅沢としてコーヒーを楽しんでほしい」と大下さん。地道に味を磨き続けるこの店で、浅煎りのコーヒーを体験して好きになったというお客はいまや少なくない。
フィンランド語で、店名のJOKIは川を、思い入れあるブレンド・メリは海を意味する。山裾を伝う吉野川が大河となって注ぐように、大下さんが日々提案するよきコーヒーは、少しずつファンの幅を広げ、より多くの人の元へと広がっていく。
■大下さんレコメンドのコーヒーショップは「コーヒー7不思議」
次回、紹介するのは、高知県津野町の「コーヒー7不思議」。
「初めて訪ねたら、“こんなコーヒー店があるのか!?”と、衝撃を受ける一軒。山深い立地もさることながら、とにかく、コーヒーの味わい、透明感が段違い。自分も焙煎を始めたときに、この店のコーヒーを飲んで開眼した部分もあります。店主の山本さんは、まさにコーヒー一途、我が道を進んでいる方で、日本のコーヒー文化・歴史にも詳しい、高知では貴重な存在。ぜひ皆さんに一度、体験してもらいたいですね」(大下さん)
【JOKI COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/ギーセン2キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(コーノ式、オリガミ、カリタウェーブ) 、エスプレッソマシン(Lelit Bianca PL 162T V3)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/あり(600円~)
●豆の販売/ブレンド3種、シングルオリジン7~8種、100グラム700円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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