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コーヒーで旅する日本/四国編|思わぬ挫折がもたらしたコーヒーとの出合い。紆余曲折を経て「Landscape coffee37」ができるまで

  • 2023年12月6日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、各県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

四国編の第9回は、瀬戸大橋の四国側の玄関口、香川県坂出市の「Landscape coffee37」。2020年の開業以来、地元客から遠来のお客まで訪れる新たな憩いの場として、支持を得ている。実は、この店がオープンするまでには、店主・石川さんの大きな挫折があった。それでも、コーヒーとの出合いを機に、独学で道を拓き、多くの人の縁を得て構えた店は、いまや香川のコーヒーシーンに新風を吹き込む存在に。紆余曲折を経た石川さんが、心機一転、地元で取り組む新たな試みとは。

Profile|石川翔一郎(いしかわ・しょういちろう)
1991年(平成3年)、香川県坂出市生まれ。東京の大学を卒業後、就職活動での紆余曲折を経て、自由が丘のコーヒー店・茶乃子に勤務。以来、独学でコーヒーの勉強を重ね、定期的に香川で出張喫茶を出店。その後、川崎市のカフェバーに転職して、店舗立ち上げや店長業務を経験した後、坂出に戻り、2022年、「Landscape coffee37」を開業。香川コーヒーテーブルのスタートメンバーとして、地元のコーヒーシーンを盛り上げる活動にも力を入れる。2024年に2号店となる焙煎所「ヨル。」もオープン予定。

■コーヒーとの出合いは、学生時代の思わぬ挫折から
本州と四国を結ぶ瀬戸大橋の、四国側のたもとにあたる坂出市。港町から工業地帯として開けた市街には、モダンな施設や商店の建築が点在している。「Landscape coffee37」の店構えも、そんな建物のうちの一つ。外から目を引くアールのついた入口の意匠、大きく開いたアーチ形の窓が印象的だ。「ここは元々喫茶店で、閉店後、カウンターだけが残されていました。最初に見に来たときに、広い窓が素敵やなと感じて。カウンターに立つと、通りを行き交う人の動きも見えて、“ああ、ここやな”と決めたんです。最初は高松でも探したものの見つからず、地元に範囲を広げた途端にポンと見つかった。物件は出合いだと思いました」と店主の石川さん。開店から1年半ながら、かつての喫茶店の雰囲気を生かした、肩肘張らない空間は、界隈で早くも支持を得ている。

とはいえ、「以前は、自分がコーヒー屋をやろうとは思ってもみなかったですね」という石川さんが、この店に立つまでの道のりは紆余曲折。コーヒーとの出合いも、まさしくほろ苦いものだった。実は、学生時代を過ごした東京で、そのまま就職するはずだったが、「採用の過程でトラブルがあって、入社が叶わなくなったのが3月。とにかくアルバイトするしかないと思って、たまたま降りた自由が丘の駅前で入った喫茶店の求人を見て、店に事情を話して働き始めたんです」。そのとき、石川さんが入ったのは、自由が丘で40年続く喫茶店・茶乃子。面接の際に出してもらったコーヒー、エチオピア・イルガチェフ・ウォッシュドは、石川さんにとって忘れられない味であり、今も好きなコーヒーの一つだ。

思わぬマイナスからのスタートとなったが、この一杯が転機となって、以降、石川さんはコーヒーの道に没頭。週に6日の勤務に加えて、さらに独学で知識と技術を蓄積した。気付けば1年近くが経ち、再び就活することを忘れてしまったほどの熱の入れようだった。

「就職か、コーヒーか選択に悩みましたが、コーヒーの仕事なら地元に戻ってもできるかもしれないと思って、コーヒーを仕事にすることに決めたんです」と振り返る。そう腹をくくってからは、茶乃子で働きつつ、手回し焙煎機を購入して、独自に自家焙煎にも着手。個人ロースターとして屋号を決めて、SNSでの発信を始めた。幸い、高松のイベントスペースで定期的にコーヒーを淹れる場を得て、月に一回出張喫茶として出店。その間、茶の子から川崎市のカフェバーに移り、新店の立ち上げや店長の仕事も経験した。

「先々カフェをやるために、近い業態のノウハウを学ぼうと思って。コーヒーを扱う新旧の業態を体験して、土地柄に合わせた店作りの大切さを実感しました」と石川さん。東京と高松の2拠点生活は8年に及んだが、年々、独立したいとの思いは募っていった。

■地元の嗜好に応えつつ、スペシャルティコーヒーの魅力を提案
「当時、30歳までに店を持ちたいと思っていましたが、コロナ禍もあってリミットが差し迫っていました」という2020年、地元に戻って出会った喫茶店の跡に誕生したのが、「Landscape coffee37」。当初はドリンクメインのスタンドを想定していたそうだが、「地元のニーズと、母が店に参加できることがわかって、フードもある喫茶店の形になりました。開店前に、高松で出張喫茶をしていたこともあり、自分の存在を知ってくれているお客さんがいたこともありがたかった」と石川さん。自身の店として開店するのは初めてのことだったが、東京、川崎での経験が生かされ、やるべきことがスムースにわかったという。

今も変わらず、手回し焙煎機で焼くコーヒーは、シングルオリジンのみ5~6種を用意。好みを聞いて合わせられるよう、風味のバラエティは幅広く選んでいる。昔ながらの喫茶店文化が根強い香川だけあり、今も“酸味が少ないコーヒーを”とのオーダーが多いが、「スペシャルティコーヒーの良さを残しつつ、地元の嗜好に応えるため、今は、焙煎度は中浅~中深のレンジに絞っています。浅煎りが主流になりつつありますが、大都市と地方では普及に時差がある。高松と坂出でも事情はかなり違いますね」と、土地柄に合わせた提案を心掛ける。一方で、コーヒーは一律500円と界隈ではちょっと強気の設定に。「同じ値段ならうどんを食べる、という方も多いですが、ここではコーヒーに対する価値感を変えたいので、安易に価格は下げないようにしたい」と、コーヒー屋の矜持ものぞかせる。

さらに、定番の豆に加えて、石川さんが各地で訪ねたロースターのコーヒーを、セレクトロースターとして提案。今も毎月イベントなどに参加していることもあり、各地の個性的なロースターのストーリーと共に紹介している。「いろんな種類を楽しんでもらおうという試みの一つ。不定期なのであったらラッキーくらいの感じですね」。同様に、飛騨高山・岩本農園の希少なトマトジュースや、生口島の瀬戸田レモンのレモネード、横浜の青果ミコト屋のクラフトアイスなど、各地の生産者のこだわりに共感したメニューもここならではだ。

また、昼時には、ボリュームたっぷりのワンプレートランチが好評。中でも、母の貴美さんお手製の“おかんの唐揚げ”や“おかんの鶏の甘酢餡”といった、石川家の味は店の名物として地元のファンを増やしている。2023年から、スイーツのメニューも徐々に充実しつつあり、コーヒーの風味を加えたウィークエンドシトロンやアメリカンクッキーなど、オリジナルの新作も続々登場し、メニューをにぎわせている。

■香川のコーヒーシーンを盛り上げるための新たな挑戦
以前と逆に、月一回、東京で出張喫茶をしつつ、地元で店作りに試行錯誤を重ねる石川さん。「コーヒーに親しむ入口になるよう、まずは、さまざまな豆の違いを知ってもらう場になれば。お客さんとこの店が一緒に育てばいいなと思っています。これからは、浅煎りや個性的な品種やプロセスの豆、COEも増やしていきたい」と。早くも次のフェーズを見据えている。

一見、順調な滑り出しを見せる「Landscape coffee37」だが、実は、開店前は“商売が難しい街”との声も多く聞いたという石川さん。市内には40~50年続く店も多いが、逆に新しい店は少なく、高齢の店主がほとんどという状況を知ったのは、地元に戻ってきてからだった。開店後は「これから続ける人がいなくなるなら、自分が店を始めてうまくやれたら、次に続く人も出てくるかもしれない」との思いも抱くようになった。

それ以上に、石川さんが危機感を抱いているのは、四国のコーヒーシーンの現状だ。「開店した年に出た雑誌のコーヒー特集を見たとき、全国各地の店が紹介されているなかに、四国の店が一軒もなかったんです。これはまずいと思って、個店で発信するのでなく、地域のロースターが集まって発信しないと、と感じて、今までなかった同業者のコミュニティを新たに立ち上げたんです」と、危機感を感じていた矢先、地域の先輩ロースターの間で立ち上がったコミュニティ「カガワコーヒーテーブル」に参画。点ではなく線や面で発信するつながり作りにも取り組んでいるのは、長らく県外のコーヒーシーンを体感してきたからこそだ。

自らもロースターとしてのポジションを固めるべく、2024年にはサンプルロースターと5キロの焙煎機を導入し、2号店となる焙煎所を開設予定。本格的に機械を扱う焙煎は、自身にとっても初のチャレンジになる。「今までの経験から、外と中をつなぐ役割は向いてると思う。このエリアが盛り上がってるなと思われたいし、イベントなどにも参加して、香川のコーヒーの個性を作っていければと思う」。マイナスから始まったコーヒーとの縁は、いまや大きな波を起こそうとしている。

■石川さんレコメンドのコーヒーショップは「とよとみ珈琲」
次回、紹介するのは、徳島県徳島市の「とよとみ珈琲」。
「香川に帰ってきて、四国の各地のお店を巡るなかで、周りの人から推薦する声が一番多かったのがこちら。コーヒーのクオリティはもちろん、ユニークな店構えや店主・豊富さんのキャラクターも含めて、コーヒーのある日常を作られていて。訪れる皆さんが当たり前にスペシャルティコーヒーを飲んで、楽しそうに話している風景は、自分も目指すところ。地域に根付いた店作りに感銘を受けた一軒です」(石川さん)

【Landscape coffee37のコーヒーデータ】
●焙煎機/手回し焙煎機
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ・フラワードリッパー)、エスプレッソマシン(ラ・マルゾッコ)
●焙煎度合い/中浅~中深煎り
●テイクアウト/ あり(500円~)
●豆の販売/シングルオリジン5~6種、100グラム800円~


取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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