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コーヒーで旅する日本/九州編|開業から丸20年、変わらないからこその進化を「手音」に見る

  • 2023年7月24日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第75回は福岡市にある「手音」。開業は2003年(平成15年)5月と、今年でちょうど丸20年を経たところだ。南区大橋と暮らす街のイメージがあるエリアで、かつ店があるのは大通りから一本裏手に入った路地。決して目立つ場所ではないし、店構えも暖簾が掲げられているぐらいで主張もしない。ただ、福岡のコーヒー好きの間では知られた店で、最近では韓国や台湾など海外からの旅行者がコーヒーを目当てに来店することも多い。その大きな理由は開業した20年前から変わらず、ネルドリップ、手廻し焙煎を一貫し、あえて変わらない普遍的なコーヒーを目指してきたから。時に時代に合わせて変わることが良しとされる現代で、“変わらない”ことを選んだ「手音」の魅力に迫る。

Profile|村上崇(むらかみ・たかし)
生まれは福岡だが、父親の仕事上、幼少期は愛媛県や長崎県などを転々とする。佐賀県の大学に進学したころから喫茶店に通うようになり、コーヒーに興味を抱く。もともとは教員を志していたが、コーヒーの世界に強く惹かれ、一生の仕事にすると心に決めて珈琲美美の門を叩く。5年弱、珈琲美美で修業し、2003年5月に「手音」開業。

■静寂の中に流れる穏やかな時間
「手音」といえば福岡を代表するコーヒー店・珈琲美美で学んだマスターがやっている店、ネルドリップで淹れるコーヒーがおいしいというイメージがまず頭に浮かぶ。そして、BGMが流れていない無音の空間もあってか、どこか凛とした雰囲気で、「コーヒーを飲みに行く」という明確な目的を持って訪れる店という印象もある。ただ、それはあくまでイメージであって、地元に住み、長く暮らしている常連さんが、ふらり豆を買いに訪れると、マスターの村上崇さんはにこやかに、穏やかに応じた。常連さんもコーヒーとは一切関係のない世間話をしながら、楽しそうだ。勝手に「手音」をやや敷居が高いコーヒー屋と思っていたが、そんなことはない。

「手音」が開業したのは2003年5月。ちょうど今年で丸20年が経った。村上さんはなぜコーヒーの世界に飛び込んだのか。

「もともとは教員志望で、佐賀の大学に通っていました。その当時、自転車関連の部活に入り、仲間とワイワイ過ごすのも楽しかったんですが、ある時ふと、自分が知らない世界を見てみたいと考えるようになって。それで佐賀市内の喫茶店に通うようになりました。普段は暮らす世界が違う人々が集い、同じ時間を共有している喫茶店という空間がシンプルに楽しくて。それからは積極的にコーヒー屋さんに足を運ぶようになりました」と村上さん。

珈琲美美との出会いもその中の1つだったそうだ。「その当時、福岡に一月に一回ぐらい訪れていたんですが、その際は必ず珈琲美美さんに通っていました。マスターの仕事の美しさ、お客が静かにコーヒーだけを楽しむという独特な空間がとても好きで。コーヒーを一生の仕事に生きていきたいと考えた時、コーヒーの知識、技術を磨くなら珈琲美美さんしかないと思い、マスターの森光さんに働かせてもらいたいとお願いしました。これが私のコーヒーの入口です」と村上さんは当時を振り返る。

■手廻し焙煎とネルドリップ
「手音」のコーヒーはネルドリップで淹れることもあり、焙煎度合いとしては深めのものが多い。もちろん豆売りも行っており、レジ周りには豆が陳列。どれもしっかり焙煎された黒の色合いで、深煎り主体なのがわかる。昨今、飴色程度に焼き色がついた浅煎り、中煎り、中深煎りのコーヒーも多い中、「手音」では昔から深煎りがメインで、最も浅めの焙煎のものでも、一般的な中深煎り程度だ。その理由は焙煎方法にある。

「手音」で使っているのは手廻し焙煎機。よく見るとカウンターの目立たない場所にひっそりと収納されている。「私の焙煎の基本は手網で、手廻し式を使った際、しっくりきたんです。それで手廻し式の焙煎機を選んだのですが、その当時は400グラムのサンプルロースターしかなかったんですね。それで製造元である富士珈機さんに直接問い合わせて、1キロ式の手廻し焙煎機を特注で作っていただきました」

この焙煎機がまたいい味を出している。長年使ってきたからか、ドラム表面は鈍く光り、ハンドルの部分もすり減ってきている。ただ20年間使っているとは思えないほどまだまだ立派だ。一方で手廻し焙煎は、焙煎中ずっとハンドルを回し続けないといけないし、焙煎した豆をすぐにうちわであおいで冷ます必要もあり、相当な手間ひまがかかる。機械式の焙煎機に切り替えることは考えていないのか。「それはあまり考えていないです。手廻し焙煎が大変だと思ったことはないですし、このやり方が一番私に合っているような気がします」と村上さんは話す。

■「昨日よりも今日、今日よりも明日」の積み重ね
村上さんが淹れたコーヒーは思わずため息が漏れるほどの奥深さを感じる。欠点豆を取り除くハンドピック、手廻し焙煎、ネルドリップなど、一杯のコーヒーを生み出すまでの工程をとにかく丁寧に行っているからこその味わいだ。「手音」は奇をてらうことはせず、20年変わらず同じことを繰り返してきた。

豆の種類も中深煎りのブラジルベースの“爽”、深煎りのモカとマンデリンを使う“薫”、エルサルバドルベースで最も深煎りの“玄”の3種のブレンドと、各大陸の豆を使いたいと選んだストレート5種という昔から変わらないラインナップ。もちろん豆ごとの焙煎度合いも大きく変えることはない。“変わらないこと”、これが「手音」の一番の魅力なのだ。

ついついわかりやすい変化で自身の成長の度合いを判断しがちだが、同じことを繰り返していく中で、ひたすらクオリティを高めていく。村上さんのコーヒーとの向き合い方はまさにその究極のような気がする。

インタビュー中に「珈琲美美で働いていたときによく言われていたのが『昨日よりも今日、今日よりも明日。もっとよい仕事を目指す』ということ」と教えてくれた村上さん。ずっとそれを守り続けてきた20年。きっとこれからもそれは変わらないのだろう。


■村上さんレコメンドのコーヒーショップは「珈琲美美」
「私が働かせていただいた『珈琲美美』。現在、マスターの奥さんの充子さんが切り盛りされています。吉祥寺の『もか』から受け継いだ家具や調度品も雰囲気にとても合っていると思います」(村上さん)

【手音のコーヒーデータ】
●焙煎機/富士珈機 手廻し焙煎機(特注品)
●抽出/ネルドリップ
●焙煎度合い/中深煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム800円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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