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コーヒーで旅する日本/九州編|体裁ではなく、コーヒー屋になった理由の本質を追求し続ける。「珈琲花坂」

  • 2023年7月10日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第74回は福岡市にある「珈琲花坂」。大名エリアと市街中心部に位置するが、店があるのはビル5階となかなか隠れ家的な立地。しかも店は「ペトロールブルー」というバーの営業していない昼の時間帯を利用しており、“間借りの喫茶店”というイメージは強い。店がオープンしたのは2015年6月と、もう丸8年そのスタイルを一貫しているのはなぜか。大名という街では珍しい、落ち着いた空間でゆっくりとコーヒーが楽しめる「珈琲花坂」の魅力に触れてみたい。

Profile|花坂和英(はなさか・かずひで)
宮崎県高鍋町生まれ。高校卒業後、一度は地元で働き、その後上京。2010年ごろからコーヒーに興味を持ち、手網焙煎を始めたのがコーヒーの入口。然るべきところでコーヒーの技術・知識を学びたいと東京のカフェにて約2年半勤める。奥さんの故郷である福岡に移住し、コーヒー屋を開くことを決意するが、土地勘もないうえ、明確な店のイメージがまだなかったことから、福岡に来て一番好きだったバー「ペトロールブルー」の店主に間借りで営業させてもらえないか相談。快諾してもらい、2015年6月に「珈琲花坂」をオープン。

■自身の感性に従って
「珈琲花坂」を訪れたことがある人は、「不思議と居心地がよい」「大名とは思えない時間が流れている感じ」とおぼろげに同店の雰囲気のよさを口にする。その理由はビル5階と人通りが目につかず、隠れ家的な雰囲気であることも考えられるが、店主の花坂和英さんが醸し出す空気感が大きいと感じる。

花坂さんは普段から多くを語ることはなく、いつも黙々とコーヒーを淹れている印象。もちろんこちらが話題をふれば、にこやかに話してくれるし、決して愛想が悪いというわけではない。ただどこか空気のような主張しない存在感で、「珈琲花坂」で過ごす時間の邪魔をせず、居心地のよい空間を作り出している。それは花坂さんの人となりによるものだと感じる。

もともと宮崎県の海沿いの小さな町で生まれ育ち、高校卒業後しばらくして、だれも知っている人がいない街で暮らしてみたいと上京。大学進学などが理由で東京に出たわけではなく、自分の意志で故郷を離れ、見ず知らずの街で働き始めた花坂さん。東京ではもともと好きだった音楽や映画といったサブカルチャーの世界に傾倒していったそうだ。そんな中、出合ったコーヒーの世界が花坂さんにはしっくりきた。

「東京のとあるロースタリーカフェで飲んだコーヒーに感動して、自分もこんなコーヒーを作ってみたいと素直に思いました。それからすぐに手網焙煎を始め、その時点でいつか自分のコーヒー屋を開こうとすでに考えていましたね。決して計画的ではありませんでしたが、まずはカフェでコーヒーの抽出と接客、サービスを学ぶことに。偶然の出会いで入ったその店がよい雰囲気で、そこで2年ちょっと働かせていただきました」と花坂さん。

それから奥さんの故郷である福岡に移り住むことになり、「それなら」と花坂さんは自分の店を開くことを現実的に考え始めた。「ただ、福岡は土地勘もないですし、なにより計画的な移住・開業というわけではありませんから、なんの準備もしていなくて。そんなときに出会ったのが、今も間借りさせていただいているバー『ペトロールブルー』でした。映画や音楽が好きだったことから同店の情報は以前から得ていて、福岡に移り住んですぐに訪れてみたんです。一発でこの店の雰囲気に惹かれて、マスターに『昼間使っていない時間にコーヒー屋をやらせてもらえないか』聞いたところ、すんなり快諾いただきまして」と間借り営業を始めた経緯を教えてくれた。

ちなみにペトロールブルーには間借りで使わせてもらうお願いをした際、まだ3回目の来店だったらしく、マスターも花坂さんのことはほとんど知らない間柄だったそう。それなのに間借りを快諾するとは、よっぽど2人の間に相性のよさみたいなものがあったのだろう。

■手廻し焙煎による深く、妖艶な一杯
「珈琲花坂」はもちろん今も自家焙煎。開業時から手廻し焙煎機を愛用している。一度に最大1キロしか焙煎できないため、相当な回数焼いているのは容易に想像できるし、「大変でしょう」と聞いたところ、「焙煎量もしれていますし、そこまで」と涼やかに話す花坂さん。なにより機械に頼るのではなく、手廻しで行う焙煎が楽しいのだそうだ。効率ばかりを追い求めるのではなく、自身が心の底から楽しめているかを大切にする花坂さんの日々の過ごし方。

そんな本質的な考え方はコーヒーの味わいにも出ていると感じる。花坂さんが焙煎するコーヒーは手廻し焙煎という特性上、深めの焙煎のものが多い。浅めでも一般的なところの中深煎り程度だ。それを店では一滴一滴丁寧に湯を注ぐネルドリップで抽出する。深みがある妖艶な味わいのコーヒー。家では飲むことが叶わないような特別な一杯で、だからこそ開業から8年を経た今は多くのファンがついているのだろう。

大名という雑多な街の小さなビルの5階という立地、花坂さんが醸し出す不思議と居心地のよい空間、そして思わずため息が漏れるほど奥深い味わいのネルドリップで淹れたコーヒー。「珈琲花坂」はこの3つの要素のバランス感が最高なのだ。

■余計なモノ・コトは極力身近に置かず
最後に「間借り営業ではなく、実店舗を構えるという選択肢もあるのでは?」と質問したところ、こんな答えが返ってきた。「僕にとって大切なのは自分が焙煎し、抽出したコーヒーをお客様に楽しんでいただくことで、場所が“自分だけ”のものである必要性をあまり感じていません。なによりこのバーは福岡に移り住んで、最初に素敵だと感じた場所で、そこで自分が焙煎したコーヒーを淹れられるのは最高に幸せなこと」そんな話を聞いて思うのが、花坂さんは余計なモノ・コトはできる限り持たず、さらに無駄を削ぎ落とす人だということだ。

メニュー表の裏に書かれた「時に人生はカップ一杯のコーヒーがもたらす暖かさの問題」という言葉。アメリカの作家、リチャード・ブローティガンの短編集「芝生の復讐」に出てくる一節だそうだ。この言葉が「珈琲花坂」の存在意義を表しているという気がしてならない。

■花坂さんレコメンドのコーヒーショップは「手音」
「福岡市・大橋にある『手音』さんは10年以上前から知っていて、福岡に来てからよく行かせていただいている一店。店主の村上さんも手廻し焙煎をされていて、とてもおいしいコーヒーを作られています。ネルドリップで抽出するなど、店のスタイルを同じくしていることもあり、尊敬するコーヒー屋です」(花坂さん)

【珈琲花坂のコーヒーデータ】
●焙煎機/FUJI手廻しロースター
●抽出/ネルドリップ
●焙煎度合い/中深煎り〜深煎り
●テイクアウト/なし
●豆の販売/100グラム800円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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