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コーヒーで旅する日本/関西編|一杯のエスプレッソから生まれた衝動を胸に、尽きぬ好奇心と熱意でコーヒーの楽しみを追求。「Cauda」

  • 2023年2月28日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第54回は、奈良市街から少し離れた、広大な平城宮跡のすぐ側に店を構える「Cauda」(カウダ)。店主の杉坂さんは、島根の名店・カフェロッソのエスプレッソに衝撃を受けたことで、コーヒーの世界へ。スペシャルティコーヒー草創期に、奈良でいち早くロースターを開店した、知る人ぞ知るパイオニア的存在だ。カフェロッソの店主・門脇さんの薫陶を受けて以来、長年、焙煎に試行錯誤を重ねながら、いまだに好奇心と熱意は尽きないという杉坂さん。そんな職人気質の仕事ぶりから生まれるコーヒーは、界隈の憩いに欠かせない一杯として、厚い支持を得ている。

Profile|杉坂知久 (すぎさか・ともひさ)
1974(昭和49)年、奈良市生まれ。会社員時代に、島根のカフェロッソ・門脇洋之さんの著書をきっかけにコーヒーへの関心を深め、現地に通って教えを請うと共に、独学で焙煎、抽出の技術を研鑽。2007年に奈良市内の富雄で「Cauda」を創業。界隈のスペシャルティコーヒーロースターの先駆けとして支持を得て、2015年に平城宮跡西側に移転。

■島根の名店で出合ったエスプレッソの衝撃
“なんと(710年)立派な”の、語呂合わせで覚えた平城京遷都。かつての都の広大な遺構の傍にある「Cauda」の周辺は、いまや住宅街に変わったが、窓の向こうの抜けるような空の開放感には、どこか悠然とした時間の流れが感じられる。

奈良市西部の富雄で創業して16年になる店主の杉坂さんは、会社勤めを経てこの道へ進んだが、「実は、元々はお店を開こうなんて考えていなくて。全く興味がなかったんです」と意外な答え。当時、カフェや喫茶店へ行くこともほとんどなかったそうだが、それでもコーヒーが好きで、“面白い飲み物だな”という関心だけがあったという。そんな折に出合ったのが、全国にその名を知られる島根県のカフェロッソ店主・門脇洋之さんの著書。ふと手にした1冊の本が、杉坂さんとコーヒーの縁を決定づけるきっかけとなった。

その頃は、本格的なエスプレッソやスペシャルティコーヒーが、日本でようやく知られ始めたくらいの時期。「読んでみると、初めて聞く知識や技術がいっぱいで、“ここに書いてることは本当なのか”と、疑問に思って。それなら、本人に直接確かめてみようと、島根まで訪ねていったんです。その時、お店で飲んだエスプレッソのインパクトといったら!あれほどクオリティの高いコーヒーが味わえるところは当時、他になかったので、思わずその場で“この味の作り方を教えてほしい”と言っちゃったんです(笑)」と、衝撃の邂逅を振り返る。

門脇さんといえば、現在のジャパン バリスタ チャンピオンシップ(JBC)の前身である、全日本バリスタチャンピオン競技大会の初代チャンピオン。2005年のワールド バリスタ チャンピオンシップ(WBC)で準優勝にも輝いた、日本のバリスタ界の第一人者。世界を唸らせたコーヒーの洗礼を受けて以来、杉坂さんは仕事の傍ら、休日を利用して島根に通って教えを請うた。「このコーヒーを自分でも再現したい、との思いが今に至る原点にあります。“何でこんな味になるの?”という単純な疑問から、コーヒーの世界に引き込まれていきましたね」

とはいえ、門脇さんも手取り足取り指導してくれたわけではない。杉坂さんは現場で、その仕事ぶりを観察し、自ら学び取ることを繰り返した。「例えば、焙煎などは、本当に横に立って見るだけなんです。その間、何も言われないから、どの時点で窯の温度を調整して、ダンパーを開け閉めするか、煎り上げのタイミングはいつか、などとメモをして、それぞれの所作にどういう意味があるか、自分なりに解釈することを続けました。今思えば、チャンピオンの焙煎をかぶりつきで観察できたのはラッキーなことで、技術よりもコーヒーに対する姿勢や考え方に大きく影響を受けました」と杉坂さん。門脇さんをして、“ここまでする人はいない”と言わしめた熱意で、1年半にわたり島根通いを続けながら、焙煎機メーカーのセミナーなどにも参加し、研鑽を重ねていった。

■開店の経緯に垣間見える、職人気質のキャラクター
一方で、抽出については、サイフォンに注目。「その頃、抽出器具としては廃れていく傾向でしたが、パフォーマンス性もあって、面白さを感じていました」と杉坂さん。ここでも、抽出のスキルを学ぶべく各地の名の知れた店を訪ね、門脇さんと同年の全日本バリスタチャンピオン競技大会・サイフォン部門優勝の神戸・GREENSの巌康孝さん、JBCサイフォン部門優勝の三重県のCafe de UN Daniel'sの吉良剛さんら、チャンピオンの仕事からも多くを学んだ。

この頃になると、自らの店を持つことも視野に入り始めたが、開店に至るプロセスに杉坂さんのキャラクターが伺える。「本当は、ただただ好きなコーヒーに触れていたかっただけなんですが、それでは生活していけない。ならばお店をやるしかないな、という発想で。コーヒーに関わりながら生きていくには、ロースターかカフェしかないと。本来なら、まず開店を目指して始めるはずが、考える順番が逆だったんです」。そんな職人的な性向は門脇さんも共通していたようで、こんなアドバイスを送られたそうだ。「僕の性格を何となく感じていたのか、“店の運営に追い立てられるから、都会よりも田舎の静かなところで始めた方がいいよ”と。今思えば、ちゃんとレクチャーしてくれたのは、唯一それくらいですね(笑)」

その後、久しぶりに地元の富雄に帰省した際、商店街がガラガラに空いた状態になっていたのを見て、当時の言葉を思い出した杉坂さん。「あの時の助言があったから、閑散としている場所が、逆にいいかもしれないと思えたんです」と、2007年、富雄駅前の商店街から「Cauda」はスタートした。当初は、カフェロッソからコーヒー豆を仕入れ、メニューにはエスプレッソ系のドリンクだけでなく、アルコールやフードも充実した、イタリアンバールのスタイルだった。

開店1年後に、門脇さんが焙煎機を入れ替えるタイミングで、古い機体を譲り受け、自家焙煎にも着手した。「結果的に、カフェロッソの焙煎機を譲ってもらったので、お店に通って得た経験をある程度、活かすことができました。同時に、当時から“焙煎のやり方を見ても参考にはならないよ”と言われた意味が、自分で携わってみて初めて分かりましたね」という杉坂さんにとって、新たな試行錯誤の始まりでもあった。

■16年を経ても尽きないコーヒーへの好奇心と熱意
開店した当時は、ちょうど関西でスペシャルティコーヒーを謳う店ができ始めた頃。ただ、高品質の豆や本格的なエスプレッソを提供する店は奈良にはまだなく、「Cauda」は界隈の新たなコーヒーシーンを先駆けた存在でもあった。「最初の頃は、今までにないコーヒーの味に驚く人が多かったですね。スペシャルティとかシングルオリジンとか、そもそも言葉自体が広まってなかったですし、伝えても“何それ?”っていう反応でした」と振り返る。

2015年、現在地に移転を機にメニューはコーヒー中心に絞ったが、現在のブレンドやシングルオリジンの品揃えは、富雄時代からほぼ変わらないラインナップ。中でも、幅広いフレーバーを提案するシングルオリジンには、新興産地のタイの豆や、コロンビアのアナエロビックなど新たなプロセスの銘柄もあるが、「産地がどこかはあまり気にしない。どういうニュアンスを出したいかによって、豆のチョイスや焙煎度を変えています。スペシャルティ専門と言ってしまうと、味作りの中で言葉に縛られてしまうので、面白いと思う豆をどんどん探していきたい」という。例えば、エチオピアベースの香りブレンドは、ジューシーな酸味の個性を出しつつも、ふっくらと厚みのあるボディ感、どこかホッとするやわらいだ余韻が印象的。カフェラテも然り。マロンを思わせるまろやかな甘味とコクは、エスプレッソ専用ブレンドの配合の妙が感じられる。

いまや、コーヒーの豆も器具も年々進化を遂げているが、「ハイテク化した焙煎機やミルも当り前になりつつあるけど、うちは今も100%マニュアルでやってます」と杉坂さん。焙煎や抽出の随所に見せる職人的な手仕事が、ユニークでかつ心和む味わいを生み出しているようにも思える。そんな癒やしの一杯を求めて、訪れるお客は夕方から夜にかけてが多いそう。遅くまで営業している店が界隈では希少なだけに、仕事帰りにエスプレッソで一日を締めたり、帰宅前にコーヒーを飲んでスイッチをオフに切り替えたりする場として定着している。

奈良でいち早く、新たなコーヒーの楽しみを広げ、若い同業者からも厚い支持を得てきたが、「これからも、ひたすら焙煎の腕を磨いていくだけ」と、楽しげに語る杉阪さん。Caudaとはイタリア語で“熱い”の意。島根で衝撃の一杯と出合ったあの頃と変わらず、コーヒーに向き合う熱意はいまだ衰えることはないようだ。

■杉坂さんレコメンドのコーヒーショップは「Cafe manna」
次回、紹介するのは兵庫県猪名川町の「Cafe manna」。
「店主の長田さんは、コーヒーの勉強会などで知り合って以来のご縁。Qグレーダーの資格を持ち、カッピングの競技会準優勝など、女性では数少ないカッパーとして、味覚のセンスの鋭さで同業者からも一目置かれる存在です。里山の只中にあるお店の雰囲気がとても良くて、“こんなところにカフェが?”と思ってしまう、ロケーションも魅力です」(杉坂さん)

【Cauda のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 5キロ(半熱風式)
●抽出/サイフォン、エスプレッソマシン(ラ・マルゾッコ)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン5~6種、100グラム600円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




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