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コーヒーで旅する日本/東海編|コーヒー業界の一端を担うべく、やるべきこととやらなくてもいいことを選択していく。「コクウ珈琲」

  • 2023年2月15日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも名古屋の喫茶文化に代表される独自のコーヒーカルチャーを持つ東海はロースターやバリスタがそれぞれのスタイルを確立し、多種多様なコーヒーカルチャーを形成。そんな東海で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

東海編の第9回は、岐阜県美濃加茂市にある「コクウ珈琲」。店主の篠田康雄さんは、コーヒーを生業に選び、なおかつ休みには喫茶店に出かけていくという筋金入りのコーヒー好きだ。「コーヒーが好きだし、コーヒーを出している店も好き」と、折に触れて少年のように真っすぐな思いを語っている。篠田さんが生まれ育った愛知県一宮市は、一説にはモーニング発祥の地とも言われるほど喫茶店のモーニング文化が根付いている土地。しかし、「コクウ珈琲」ではモーニングをやらず、あえてコーヒー専門店で在り続けた。「最初の2、3年はお客さんが全然来なくて、本当に大変でした。でも、いつの間にかお客さんがちょっとずつ増えてきて、ようやく余裕が出てきたのはこの3年くらい」と笑う篠田さんを支え続けた思いとは、一体何だったのだろうか。

Profile|篠田康雄(しのだ・やすお)
1972(昭和47)年、愛知県一宮市生まれ。モーニング文化の盛んな一宮市で育ったこともあり、喫茶店は小さいころから家族で通っていたなど慣れ親しんだ場所。学生時代には、駅前の喫茶店で友人とコーヒーを飲みながら過ごすことも多かった。社会人となり、コーヒー専門店に勤めるうちに独立を考えるように。「フレーバーコーヒー」(愛知県西尾市)で焙煎の基礎などを学び、2009年に「コクウ珈琲」をオープン。

■歴史ある宿場町を照らすコーヒーの灯
江戸の日本橋と京都の三条大橋を結び、別名「姫街道」と呼ばれる中山道に設けられた51番目の宿場町、太田宿。古い町並みが残され、江戸時代の風情を今に伝えるこの場所に「コクウ珈琲」が誕生したのは2009年のことだった。「木曽川があって、すぐ近くには里山があって。なんか見える景色がちょっと違ったんですよね。この、宿場町の寂れた何ともいえない雰囲気」と話すのは、店主の篠田さん。コーヒーは、いわば嗜好品。そのため、当初は人口の多い都市部や裕福な人が集まる高級住宅街を候補地として考えていたものの、最終的には真逆と言えるような場所を開業の地に決めた。

古い木製の扉を開けると、店内はまるでギャラリーのような雰囲気。無駄な装飾を排除したシンプルな空間に、どこかホッとさせるコーヒーの深い香りが漂っている。壁に掛かっているのはアート業界で働いているという奥様が選んだ作品で、気が向いた時に展示替えが行われている。

この素敵な空間に魅せられる人も多く、コーヒー豆の販売がメインの営業スタイルではあるものの喫茶も人気がある。コーヒーは2杯目から半額。1杯目と違う種類を選んでもOKと言うから、つい違った味を試してみたくなるものだ。店では通常、松屋式ドリップで抽出しているが、濃厚なコーヒーを飲みたい人のためにネルドリップにも対応しているので、同じ豆を飲み比べてみるのもおもしろい。フードは、クッキーやサブレなどコーヒーのお供に最適なものを選んでいる。

20時30分まで営業しており、夜カフェとしての利用も可能。だんだん暗くなる宿場町にポツンとオレンジ色のライトが灯る夕暮れの情景がまた、ノスタルジーを誘う。

「開店当初は周りにほとんど店がありませんでしたが、今は古本も扱う本屋さんや皮製品を扱うショップ、工芸やファッションなどを含めたジャンルレスなアーティストの作品を紹介するギャラリーなど、おもしろい店がたくさんオープンしています。レストランや甘味処など飲食店も増えました。お互いに尊重しながら太田宿を魅力ある場所にしていて、その一員であることがとても楽しいです」

歴史ある太田宿を散策し、最後にコーヒーを飲みながらゆったりとくつろぐ。なんとも満ち足りた気分で一日を締めくくることができそうだ。

■自分がやりたいことに対して、ぶれない姿勢
将来、自分がどんな仕事をして生きるのかを考えた時に「興味あることがコーヒーくらいだった」と当時を振り返る篠田さん。自家焙煎コーヒー店という営業スタイルを知り、焙煎を教えてくれるところを探している時に、愛知県西尾市の「フレーバーコーヒー」の中川正志さんに出会った。「抽出と焙煎を教わるために、3年くらい通いました。特に、抽出に関しては、中川さんが教えてくれた松屋式ドリップを私が繋いでいきたいという気持ちでやっています」

コーヒーミルの設定は最も粗挽きに。蒸らしを十分にして、豆の状態を確認しながらお湯の注ぎ方で抽出具合をコントロールしていく。濃くゆっくりと抽出し、半分程度まで淹れ終わったらストップ。これが、すっきりとしたコーヒーの旨味を存分に引き出す松屋式ドリップの極意だ。サーバーは「上から見て、どれくらいの量を抽出したのかメモリを確認できるところが使いやすいんです」と、プラスチック製の料理用メジャーカップを採用。自分にとって何が大切なのかを選び、余分をそぎ落とす篠田さんのシンプルな生き方が、こんなところにも垣間見える。

抽出に関しては「師匠である中川さんの手法を技術的にも精神的にも繋いでいきたい」と語る篠田さんだが、焙煎に関しては自分のやりやすいように試行錯誤を重ねてきた。「中川さんの焙煎は浅めが多いんですが、自分としては深い味が好き。だから、焙煎に関しては基礎的なところを教わって、開業してからもいろいろとやってみて、自分なりのやり方に変えてきました。結果、細かくデータを取りながら付きっきりで焙煎するのではなく、タイマーを駆使しながら温度に注意して焙煎するようになりました(笑)」と大らかな焙煎スタイルを明かしてくれた。

その分、ハンドピックはシビアにチェックし、焙煎した豆の10%ほどを弾いてしまうのだとか。「私は生豆アレルギーなので、焙煎後に選別します。粒を揃えたいので、形がキレイじゃないものは弾きます」と、焙煎後の豆を見つめる表情は真剣そのものだ。

■「おいしい」と言ってもらえるコーヒー
篠田さんのコーヒー体験の原点は、家族や友人と過ごした地元の喫茶店にある。「愛知県一宮市というところは、喫茶店が生活に根付いた場所でした。私の家でも例にもれず、子供のころから家族揃って喫茶店に通ったものです。高校を卒業してからも、地元発祥のコーヒーチェーンや駅前の小さなコーヒー店に友人たちと集まり、時間を問わず楽しい時間を過ごしながら『コーヒーっておいしいな』と思っていました」

そんな篠田さんが大切にしていることは、店を訪れる人にも「コーヒーっておいしいな」と思ってもらうこと。「うちのお客様像は『おいしいコーヒーを家で飲みたい』というライト層。だから、飲んでおいしいと思ってもらえるコーヒーを届けたい。純粋な『おいしい!』という気持ちは、何物にも代えがたいと思っています。そのためには、私自身も楽しく、そして長く営業を続けていきたいですね。コーヒーを生業としているからには、とにかく長く続けることがひとつの目標。そのためにどうするのかを考え続けてきました。正解はありません。ただ、コーヒー業界の一端を担っていくためには、それぞれがやらなければならないことと、やらなくてもいいことを選択してくことが大切なんだと思います」

開業してからこれまで、サードウェーブやスペシャルティコーヒーに注目が集まるなど東海エリアのコーヒー業界にもさまざまな動きがあったが、「コーヒーファンが増えることは悪いことではないし、幅が広がってよかった」と話すように、篠田さん自身が変わることはなかった。開業から14年目を迎え、ようやく「こうなったらいいな」という理想の姿に近づいてきた「コクウ珈琲」。「やりたいことの方向性は間違ってなかった」と話す篠田さんは、充実した「今」を楽しんでいる。

■篠田さんレコメンドのコーヒーショップは「星屑珈琲」
「コロナ前は、コーヒー店主を店に招いて、コーヒーの楽しさを伝えるイベントをよく開催していました。その取り組みの一環で出会った名古屋市の『星屑珈琲』は、個人的にも通っているお気に入りの店です。伝説の珈琲店と言われる『大坊珈琲店』の影響を色濃く受けていて、手回し焙煎機による深煎りの豆をネルで抽出してくれます。夜に営業している、おいしいコーヒー店はなかなか少ないこともあり、とてもいい店だと思います」(篠田さん)


【コクウ珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル直火式3キロ
●抽出/ハンドドリップ(松屋式、ネル)
●焙煎度合い/中煎り~深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/200グラム1200円~

取材・文=大川真由美
撮影=古川寛二


※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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