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台湾『鬼滅の刃ブーム』の根底にあるのは?「日本アニメへの“恩返し”と、ファン同士の“連帯感”」

  • 2020年11月12日
  • Walkerplus

11月9日、映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の台湾での興行収入が10日間で2億7500万台湾元を突破し、日本のアニメ映画として『君の名は。』を超えて史上最高興行収入を記録したことを配給元の木棉花が発表した。まさに、台湾でも日本と同様の「鬼滅ブーム」が起きているのだ。

そこで、ガンダムの生みの親・富野由悠季著「映像の原則」(キネマ旬報ムック)など、日本書籍の翻訳に携わっている台湾人翻訳家・林子傑氏にインタビューを実施。台湾における『鬼滅の刃』ムーブメントの舞台裏や、台湾人ファンが抱く「日本アニメへの思い」について聞いた。

■台湾で「鬼滅の刃」は“大人気”に留まらず、“超人気”に相応しい盛況ぶり

――今、台湾の「鬼滅人気」はどのような状態ですか?

「現在、台湾はかつてない『鬼滅ブーム』を迎えています。10月30日より公開されている『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の興行収入は、公開からわずか10日で2億7500万元(約10億1200万円※11月10日時点、1台湾元=3.68円で計算)に達し、これまでに日本アニメ映画の史上最高興行収入である『君の名は。』の2億5000万元(約9億2000万円)の記録を超えただけでなく、このペースでいくと、今月末にもアニメ映画の史上最高興行収入である『アナと雪の女王2』の3億4300万元(約12億6224万円)を超えるといわれています。しかし個人的には、興行収入よりも注目してほしいのは“吹き替え版”の制作についてです」

――吹き替え版は日本ではアニメのみならず、洋画においても普通に制作されますが、台湾では珍しいのでしょうか?

「台湾のアニメファンは“声の演技まで堪能したい”ため、大半のファンは吹き替え版よりも字幕版を好む傾向があります。逆にいえば、アニメファンを主な視聴者と想定した場合、吹き替え版はあまり制作されません。一方、ファミリー向けのアニメは吹き替え版が数多く制作されています。アニメファンからはあまりよい評価を得ることはないですが、ファミリー層にとってはその方が見やすいのです。今回、『鬼滅』の吹き替え版が制作されたことは、それだけ“アニメファン以外の視聴者にも注目されている”ということになります」

――つまり、アニメファンだけでなく幅広い層に見られていると。

「今や、アニメとおよそ無縁な方々の間でも『鬼滅』の話題で持ちきりです。私の経験を言わせてもらいますと、先日、カフェで隣に座っている主婦の雑談に『鬼滅』の話題が出ているのに驚きました。また学校でも大人気で、『生徒からすすめられた』という話を知り合いの先生から聞きました。さらにブームは拡大している最中で、ネット上の話題を独占するだけでなく、コラボ商品も街中の至る所に見かけますので、“大人気”に留まらず、“超人気”に相応しい盛況ぶりです」

――「一般層にまで響くアニメ映画」はこれまでどんなものがありましたか?

「台湾では、一般層にも広く受け入れられるアニメ映画は、アニメ全般だとディズニーやピクサー作品、日本アニメに限定するとジブリアニメや『ドラえもん』『名探偵コナン』、あとは新海誠監督作品くらいでしたね。これらのタイトルと並べると、やはり『鬼滅』は異色に映ります」

■「日本アニメ」は“メジャーな娯楽”と認知されている

――そもそも、『鬼滅の刃』はどのようにして台湾で盛り上がったのでしょうか。

「台湾でヒットした経緯は日本とそれほど違いません。最初のころ、台湾のマンガ雑誌『宝島少年(※1)』が連載漫画を選定するとき、『鬼滅の刃』はその選定に入っていませんでした。その後、柱たちの登場で日本での人気が沸騰したように、台湾でも徐々に盛り上がってきて、アニメ放送開始で一気に認知が広まった感じです」
※1 台湾漫画翻訳出版の最大手「東立出版社」による週刊誌。ページ数の都合もあって『週刊少年ジャンプ』の全連載ではなく、その中から約10作を選定して、日本とまったく同じ連載ペースで掲載する形になっている。なお、稀に他誌の連載も混ざっている。

――やはりアニメがきっかけなんですね。

「はい。日本のみなさんは『海外では、日本アニメは“マニア”が見るもの』というイメージが強いようですが、台湾はちょっと違います。各々の作品の人気や認知度はさておき、質の高さや題材の豊富さ、本数の多さから見ても、『日本アニメ』は1つのジャンルとして“メジャーな娯楽”と認知されています」

――日本のアニメが台湾でそれほど人気とは知りませんでした。

「やはり映像の力は大きいですね。台湾では、マンガを一切読まない、日本語をまったく喋れないようなおじさんでも、『コナン』や『ワンピース』を見ています。今回の『鬼滅』にしても、いろんな正規配信プラットフォームで視聴できるため、子供のみならず、たくさんの大人も見ています。もともと良質な原作漫画があって、アニメ・マンガファンの間で話題となっていましたが、そのあと派手な映像を伴うアニメをきっかけに、徐々にそれ以外の人たちにも波及し、さらに今回の劇場版の歴史的ヒットがマスコミやネットでも大きく取り上げられ、一般層にもブレイクしたかたちです」

――台湾における興行の成功は、新型コロナウイルス感染症の封じ込めに成功している点と関係していますか?

「台湾は早期に新型コロナウイルスの抑えこみに成功したこともあって、社会生活は日本以上に“日常”を取り戻しています。とはいえハリウッド映画などの大作が乏しいため、映画館の客入りは芳しくありませんでした。そんなとき、『鬼滅』のようなクオリティの高い作品が上映され、客が一気に集まり、それが話題となって、さらに客を集めるという好循環となっています。新型コロナウイルスの対策も無関係とは思いませんが、『鬼滅』の劇場版が台湾でヒットしたのは、それ以上に大事な要素があると思っています」

■同じブームを享受し、ブームを一緒に作る…その“お祭り感”を楽んでいる

――劇場版がヒットした、台湾ならではの要素とは?

「先日、日本の菅(義偉)首相が国会答弁で『鬼滅』の用語を引用したことが話題になりましたが、台湾ではそれがもっと日常的に起きていて、『鬼滅コスプレ』をする政治家が何人もいました。そうしたことからも、台湾はもともと“日本のサブカル”との親和性が高いのだとわかります。そういう素地がある台湾の観客が今回一番求めているものは何かというと、『連帯感』なんです」

――同じブームを共有するという連帯感ですか?

「そうですね。もとより、台湾のアニメ放送が日本とほぼシームレスになったとはいえ、サブカルを享受する環境は日本と比べて大きく劣っています。そういうことからも、台湾のファンは常に“ある種の疎外感”を感じています。それが今回、さまざまな要素が重なって、台湾でも今の日本と似たような状態で『鬼滅』の劇場版を見られることで、図らずも“連帯感”を獲得していました。同じブームを享受するだけでなく、ブームを一緒に作っている…。そういった“お祭り感”は、観客動員の後押しにもなっていると思います」

――私も、台湾で『鬼滅ブーム』が起こっていることをうれしく思いました。

「『鬼滅』を見た日本の観客の中には、少なからず“コロナ自粛疲れ”への『リベンジ消費』という心理も入っていると思いますが、台湾ではそれ以上に“お祭り感”を共有したいという気持ちが強いと思います。もっとも、そういった“お祭り感”もよい面ばかりではなく、例えばアニメフォーラムや掲示板では一時期『鬼滅』の話題が乱立し、ほかのファンが排除されたりすることが起こって、それに対する反発もありました」

■『鬼滅の刃』を見ることは日本のアニメ業界への「恩返し」、または日本への「応援」

――日本でも「キメハラ(鬼滅の刃ハラスメント)」が話題になっています。

「そうですね。日本にもあると思いますが、上映中に隠れて写真を撮る行為は台湾でも散見するようです(※2)。記念撮影が多いとはいえ、やはり許されない行為です。そういった一部の不作法に対し、自粛を呼び掛けたり、配給元に協力したりする動きはファンの中で拡散されています」
※2 配給会社の木棉花は10日、盗撮映像をSNSに投稿したネットユーザーを相手取り訴訟を起こすと発表した。

――台湾の方々の日本アニメへのリスペクトを感じます。

「台湾のアニメファンは『認められたい』という欲求が強いと思います。版権を重視していることを見せたい、消費力を示すことでより良い環境を勝ち取りたい、という思いがファンの心の中に常にあります。そういった“理想性”を意識しているところは、台湾ならではだと思います。また、映画館で日本製のアニメを見ることは、ある種の、日本のアニメ業界への『恩返し』、または日本への『応援』と言えます。台湾にとって日本は一番好感を持つ国であり、今なおコロナウイルスで大変な状況に陥っている“日本を応援したい”という思いは、台湾ファンの中にあると思います」

――今後、『鬼滅の刃』によってどのような盛り上がりが期待されますか?

「すでに原作が完結している『鬼滅』ですが、劇場版のあと、まずはテレビアニメ第2期、それから次の劇場版が順次に制作されて、今回のような『祭り』が続いたらうれしいですね。それと『鬼滅』そのものから離れますが、次々と『鬼滅』に塗り替えられる記録を見て、どこかの大先達が『若い人に負けてたまるか!』と奮発して、新作に乗り出してくれればうれしいかな、個人的に(笑)」

取材協力:林子傑

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