南米に生息するアカエリシトド(Zonotrichia capensis)は、薄茶色または白っぽい体に黒い斑点がある小さな鳥だ。オスはきわめて特徴的な鳴き方をする。その歌は、親世代から子世代へと受け継がれてきた。しかし、生息地が失われたり、個体数が減ったり、教師役の成鳥がいなくなるなどして学びの糸が断ち切られてしまったらどうなるのだろうか。
2020年から2023年にかけて、アルゼンチン、ブエノスアイレス大学精密・自然科学部の研究者たちは、野生から失われたアカエリシトドの歌を、ロボットを使って再導入するという大胆な仕事に取り組み、成功させた。この研究は2025年2月3日付で学術誌「Physica D: Nonlinear Phenomena」に掲載された。
アカエリシトドの歌は、2〜4個の導入音と、最後のふるえ音で構成されおり、わずか数秒と短い。それぞれ家族ごとに独特な歌があり、生涯同じ歌を歌う。しかし、その前にまず歌を学ぶ必要がある。本来はおとなのオスが、小さな若鳥に自分の歌のパターンを教えるのだ。
今や消滅した鳥の歌を研究者たちがどのように知り得たのかというと、1960年代に歌を書き留めた楽譜が残っていたのだ。先端技術を組み合わせた革新的なアプローチを使って、科学者たちは忘れられたメロディーを生成し、若い鳥たちに学ばせる「ロボット先生」を開発した。
すると、ブエノスアイレスにある面積約10万平方メートルの自然保護区ペレイラ・イラオラ公園に生息するアカエリシトドは、合成した歌を習得して自分のものとし、今ではそれを自慢げに歌うようになった。
「生物多様性を守るというと、つい遺伝的な問題だと考えられがちですが、文化的な問題でもあるのです」と話すのは、ブエノスアイレス大学学際・応用物理学研究所の所長を務めるガブリエル・ミンドリン氏だ。
「私たちはここで、廃れた歌を再び流行させることに成功しました。必要とあれば一つの文化全体を再導入することが可能であることが示されたのです」。ミンドリン氏は、アナ・アマドール氏とロベルト・ビステル氏とともに、この研究を発表した。
世界には、知られているだけで4000種の鳴き鳥がいる。アカエリシトドの歌は、遺伝的に決まる側面もあるが、オスは成鳥(たいていの場合は父親)からそれを学ぶ。
若い鳥は、教師の歌をまねて学習し、家族の歌と、自分が属する群れの歌を組み合わせた歌を歌うようになる。たとえば、リオ・デ・ラ・プラタに生息する群れの歌は、締めの音が別の地域のものとは異なっている。
この学びの期間は、生まれてからおよそ3カ月。最初は筋肉のコントロールがやや不正確だが、やがて高度に洗練された歌になる。
通常、1羽の個体は1曲しかレパートリーを持たないが、なかには2曲や3曲持っている個体もいる。メロディーの長さはわずか2秒で、夜明けから太陽が最も高い位置に来るまで繰り返し歌う。
「彼らの歌は指紋のように特徴的ですが、学んで習得するものです。メスを引き寄せたり、自分の縄張りを守ったりするために歌います。『僕だよ。ここにいるよ』と周囲に伝えようとしているのです」とアマドール氏は言う。
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アルゼンチン生まれの鳥類学者で、米ロックフェラー大学名誉教授のフェルナンド・ノッテボーム氏は、1960年代にペレイラ・イラオラ公園で聴いたアカエリシトドの歌を、楽譜のようにして書き留めていた。そのおかげで、現代の科学者たちは当時の鳥たちの間でどんな歌が流行していたかを知ることができた。
「歌を記録するためにノッテボーム氏は、周波数が上昇したら上向きの印、下降して低い音になったら下向きの印、最後のふるえ音は何本か組になった小さな線で表していました」とミンドリン氏は説明する。
60年代の“ヒット曲”のうち、鳥たちの間で今でも歌われているものはあるのだろうか。そんな疑問を抱いた研究チームは、ペレイラ・イラオラ公園に行って鳥の歌を録音した。そして、ニューラルネットワークを訓練して、古い歌のうちどれが今でも人気で、どれが消滅してしまったのかを検証した。
すると、今でもこの地域で歌われている“クラシック曲”は3曲だけだったことがわかった。理由としては、公園を取り巻く地域の都市化が進んだことや、ほかの種の鳥に生息地を奪われたことで、アカエリシトドの数が減った可能性が考えられる。
そこで、消滅した歌を復活させようと決めた科学者たちは、本物の歌の一つひとつについて、音の始まりと終わりの周波数や長さなどを分析し、鳴き声の物理特性に基づいて鳥の歌を合成できる数学モデルを構築した。そのために、鳥の発声器官である鳴管筋の動きまで観察して、アカエリシトドの声道をシミュレートした。
こうして作られた合成曲を、アカエリシトドの学習に重要な時期である10月から翌年の2月にかけて、ペレイラ・イラオラ公園の鳥たちに聞かせた。この時期に、若い鳥たちは音声モデルをまね、学習する。鳥たちの応答を促すため、自然な鳴き声の間隔よりもわずかに短い間隔に設定して、鳥が最も活発に鳴く早朝から最大8時間、繰り返し流した。
「再生装置を3カ所に設置して、歌と歌の間隔はランダムにしました。鳥たちが本物の歌だと思って反応するようにするためです」とビステル氏は述べた。
アルゼンチンの気温が下がる2月から7月まで、アカエリシトドは完全に沈黙する。寒さは9月まで続くが、その後鳥たちは発声練習を再開し、学んだモデルに基づいて自分の歌を微調整する。驚いたことに、一部の若いアカエリシトドは実際にロボット先生を教師として選び、失われた歌を学んで、自分のレパートリーに組み込んだ。
若鳥が習得した歌は、合成曲のパターンを受け継いでいたが、最後の下降部分が合成曲よりも幅広い周波数を持っていた。この特徴は、公園で録音されたすべての成鳥の歌に共通するもので、この群れが持つ独特な「方言」だと思われる。おそらく、ほかの本物の教師から学んだのか、または遺伝子のプログラムがそうさせたのかもしれない。
「忘れられた古代言語を救い出すのと似ています」。ミンドリン氏はそう話し、鳥であろうと人間であろうと、世代を超えた学習と伝達によって文化の特徴は再生が可能であることを強調した。
ミンドリン氏、アマドール氏、ビステル氏は、野生の鳥の歌を保存するために、この研究が役立てられるはずだと考えている。
アマドール氏は言う。「巨大な冷凍庫を使った遺伝子バンクがありますが、文化の保存はどうでしょう。歌の記録バンクというのがあってもいいのではないでしょうか。私たちの研究は、より総合的に種の保存を考えるための道を切り開くものです」