知っておきたい認知症の兆候、症状は多岐に、なぜ診断が困難?

  • 2025年4月22日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

知っておきたい認知症の兆候、症状は多岐に、なぜ診断が困難?

 米カリフォルニア大学バークレー校の著名な統計学者スティーブ・セルビン氏は、70代になった頃から彼らしくない言動をするようになった。過去の話はできるのに、現在の話は不思議なほどできなかったのだ。娘のリズ・セルビン氏は、「私たちは、退職後の不安やうつ病のせいだろうと思っていました」と語る。

 セルビン氏の行動は徐々に変わっていったため他の精神疾患と間違えられやすかったが、これは認知症の症状だった。氏は認知機能の低下を巧妙にとりつくろっていたが、やがて隠せなくなったとリズ氏は言う。知らない人を家に招き入れたり、同じことを何度も言ったり、朝食に何を食べたか忘れたりするようになった。

 アルツハイマー病と関連する認知症の患者は非常に多い。全世界に約5700万人、米国だけで650万人以上もいるので、身近に認知症の人がいる(いた)人は多いはずだ(編注:厚生労働省の研究班による「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」によると、日本では2022年時点で約443万人が認知症と推定される)。

 実際、認知症の患者は増え続けている。2025年1月に医学誌「Nature Medicine」に発表された研究では、米国で1年間に認知症を発症する人数は2060年までに2倍に増え、55歳以上の米国人の42%が生涯のある時点で発症すると推定されている(編注:2020年に医学誌「Neurology」に発表された研究によると、日本人高齢者(60歳以上)の認知症の生涯リスクは55%)。

 俳優のブルース・ウィリス氏は、前頭側頭型認知症と診断されるまでに長い時間を要した。こうした著名人のエピソードは、認知症の種類や原因を特定することの難しさを浮き彫りにしている。

 認知症は、脳細胞が壊れたり、脳細胞どうしをつなぐシナプスが切れたりする多くの疾患や損傷によって引き起こされる症候群だと、英ケンブリッジ大学の神経科学者のティモシー・リットマン氏は説明する。

 思考力、判断力、感情や行動のコントロール、運動能力が徐々に損なわれるため、患者は日常生活に支障をきたし、支援を必要とするようになる。数学の天才だったスティーブ・セルビン氏も、あるときからATMの操作ができなくなった。

 認知症は高齢者に多いが、「通常の老化現象ではありません」とリットマン氏は言う。

 認知症の症状は、脳のどの部位が損傷したかで変わってくる。多少は管理が可能な認知症もあるが、元に戻せるものはほとんどない。米シーダーズ・サイナイ医療センターの神経外科医ウーター・シービンク氏によると、治る可能性があるのは脳脊髄液の漏れが原因の認知症のみで、それ以外のタイプでは治療の選択肢は限られているという。

「治療薬はほとんどなく、リスクが非常に高いにもかかわらず、効果は低いのです」と氏は話す。

 介護の経済的な負担は莫大だ。世界保健機関(WHO)は、2019年に認知症が世界経済に負わせたコストを1兆3000億ドル(約190兆円)と推定している。介護の責任の約半分は(主に女性の)家族や友人が負っていて、深刻な精神的・肉体的な負担を強いている。

 遺伝子や生活習慣から、外傷や他の疾患の二次的な影響まで、認知症の原因やリスク要因は解明され始めているが、まだ多くのことが不明なままだ。

次ページ:認知症の一般的な症状、さまざまな原因による認知症

認知症の一般的な症状

 認知症のリスクは年齢とともに高くなり、初期症状は多岐にわたる。多くの人が過度の仕事に追われる社会では、物忘れや置き忘れ、時間感覚の喪失や、運転中に道に迷うなどの症状は無視されがちだ。

 しかし、毎日のように混乱するようになって、日常的な作業や、言葉を発する、単語を記憶する、金銭の管理、距離を視覚的に判断するなどが難しくなると、認知症の診断はしやすくなる。

 記憶障害に先立って性格が変わる人もいる。神経質になる、不安が強くなる、攻撃的になる、悲観的になる、怒りっぽくなるなどの変化が表れるのだ。人付き合いを避けるようになったり、不適切な行動やぎょっとするような行動を取ったりするようになることもある。

「認知症の進行は直線的ではありません」と、米ジョンズ・ホプキンズ大学ブルームバーグ公衆衛生大学院の研究者で、専門家としても患者の家族としても認知症をよく知るメリッサ・トムズ・ミノッティ氏は言う。「日によって違いがあるのです」

さまざまな原因による認知症

 最も一般的でよく知られているのはアルツハイマー型認知症で、プラークとタングルというタンパク質のかたまりが主な原因だと疑われている。

 アミロイドベータというタンパク質の断片が神経細胞の間に蓄積したものがプラークで、タウというタンパク質の線維の絡まりが細胞内に蓄積したものがタングルだ。これらが蓄積した神経細胞は、損傷されて死んでしまう。

 レビー小体型認知症は、思考、記憶、運動を制御する脳の神経細胞に、アルファシヌクレインというタンパク質が異常に沈着することを特徴とする。患者は、反復する幻覚、震え、硬直、血圧や心拍数の変動といった自律神経障害を示すこともある。

 高血圧などにより脳への血液や酸素の安定供給が妨げられると、血管性認知症を引き起こすおそれがある。症状は突然現れたり、徐々に現れたりする。

 脳卒中を起こしたら必ず脳血管性認知症になるわけではないが、「複数の脳卒中が起きて脳の広範な組織が死んでしまい、健康な組織が足りなくなって正常に機能できなくなることはあります」と、米ニューヨーク大学公衆衛生学教授のジョセフ・コレシュ氏は言う。

 前頭側頭型認知症のうち、脳の前頭葉が損傷されるタイプでは、性格、社会的行動、感情を制御する能力が変化する。また側頭葉が損傷されるタイプでは、語彙(ごい)を失ったり、話すのが困難になったり、日用品の用途を忘れたりする症状が現れる。

次ページ:認知症のリスク要因は?

 ウイルス性脳炎、インフルエンザ、単純ヘルペスウイルスなどのウイルス性感染症や、過度のアルコール摂取、脳損傷も、認知症と関連づけられている。

 炎症は要因の1つだとリットマン氏は指摘する。ウイルス感染や脳卒中や頭部外傷が起こると、脳に特有の炎症細胞が大量に集まってきて、損傷部位の修復を試みる。これらの細胞が残す傷跡は、脳細胞の正常な機能を妨げ、脳細胞どうしの接続を切断してしまう。リットマン氏は、「炎症が脳内のタンパク質の変化を引き起こしているのかもしれません」と言う。

 70歳以上のほとんどの人に見られる聴力の低下も、認知症の一因となる可能性がある。胸焼け、うつ病、失禁、パーキンソン病の症状などに対して処方される特定の治療薬も認知症のリスク要因となる。

 状況を複雑にしているのは、複数の要因によって引き起こされる混合型認知症の存在だ。最近の研究で、混合型認知症の人が多いことが明らかになっていて、認知症の症状に個人差がある理由の一部がこれで説明できる可能性がある。

認知症のリスクが高い人を特定する

 アルツハイマー病や前頭側頭型認知症のリスクを大幅に高める遺伝的変異を持つ人では、症状が現れる何十年も前から脳機能の変化が見られることがある。こうした変異を持たない人々ではどうかを調べるため、リットマン氏らケンブリッジ大学のグループは、50万人分の健康、遺伝、生活習慣、認知機能に関するデータを集めた「UKバイオバンク」のデータを分析した。

 その結果、新たに認知症と診断された人々は、その9年も前から認知機能の検査で神経機能の低下が見られる可能性があることが明らかになった。

 一方、コレシュ氏とジョンズ・ホプキンズ大学医学部のチームは、米国立老化研究所と協力して、45歳から65歳までの約1万1000人の成人の血漿を分析し、特定のタンパク質と認知症リスクとの関連を調べた。

 コレシュ氏によると、認知症を発症する20〜30年前に検出される可能性のあるタンパク質が32種類特定されたという。これらのタンパク質の一部は、血管疾患の進行や、神経細胞を損傷する炎症や、神経細胞の間の情報伝達に影響を及ぼす可能性がある。

 これらのタンパク質は、将来、認知症のリスクのある人を見つけるツールとして利用されたり、早期から使える診断や介入の指標となったりする可能性がある。

認知症は予防できるか?

 専門家は、脳の健康を守って認知症を防ぐことは可能かもしれないと言っている。そのためには、がん、糖尿病、心臓病を予防するのと同じ習慣を実践すれば良い。つまり、栄養バランスの良い食事をし、運動をし、たばこは吸わず、血糖値と血圧を適切に管理するのだ。

 30年にわたる米国での研究で、中年期に高血圧だと、その後の認知症のリスクが高くなることが明らかになっている。コレシュ氏は、「幸い、血管疾患は予防ができ、高血圧や糖尿病は治療することができます」と言う。

 リットマン氏は、「私たちは認知症の予防や治療につながる理解に向けて、着実に進んでいるのです」と言う。

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