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「おせちが机の上にあります」部屋のあちこちに貼られた衝撃の手紙の数々/子育てとばして介護かよ

  • 2021年7月23日
  • レタスクラブニュース




久しぶりに会った親が「老いてきたなぁ」と感じることはありますか?
著者の島影真奈美さんは31歳で結婚し、仕事に邁進する日々を送っていました。33歳で出産する人生設計を立てていたものの、気づけば30代後半!いよいよ決断のとき…と思った矢先、なんと義父母の認知症が立て続けに発覚してしまい…。
話題の書籍『子育てとばして介護かよ』から、仕事は辞めない、同居もしない、今の暮らしを変えずに親の介護を組み込むことに成功した著者の、笑いと涙のエピソード『「おせちが机の上にあります」部屋のあちこちに貼られた衝撃の手紙の数々』をお届けします。

※本作品は島影真奈美、川著の書籍『子育てとばして介護かよ』から一部抜粋・編集しました

お正月のおせちが机の上にあります

周囲を見回すと、ドアや和室のふすまなど、部屋中のあちこちに何枚も便せんが貼られていた。

「他人の家に断りなく入り込むのはやめてください」
「大切なものがなくなった気持ちを考えたことがありますか」
「お願いだから出て行ってください」

そんなメッセージが几帳面(きちょうめん)な文字でびっしりつづられている。

例の「2階の女性」に宛てた手紙だった。義父母は本気でその存在を信じている。
というか、やっぱり実在するの? どうとらえたらいいのかわからない光景だった。隣にいた夫も顔をこわばらせている。「あれ、撮っておいて」と小声で伝えると、無言でうなずき、かばんからデジタルカメラを取り出した。

手紙の文面はどれも、驚くほど長かった。厳しい口調で不法侵入を問い詰めたかと思うと、「子どものとき、友達のおもちゃは友達に断ってから使わせてもらいましたよね」と改心を促す。さらには、「わたしたちは子どもの支えになりたいのに、それができないのがつらい。あなたが出て行ってくれさえすれば……」と泣き落とす。

年明け早々に書かれたらしき手紙に至っては「新年おめでとうございます」で始まり、なぜか「初詣(はつもうで)に行ってきます」と〝女ドロボウ〞に向かって報告している。「お正月のおせちが机の上にあります。少しずつですがお召し上がりください」というメッセージまで添えられていた。下宿のおばちゃんと店子(たなこ) か。

もはや「見知らぬ貴女」に対して、義父母がどういう感情を抱いているのかもよくわからない。思い切って、この手紙について聞いてみたほうがいいのか。さすがにそれはマズいのか。

「最近ね、物騒になっていて困るの」
「そうそう、あの女ドロボウだろう? 早く出て行ってほしいんだが……」

義父母が顔を見合わせうなずき合う。義母によると、「2階の女性」は夜中になると階下にやってきてタンスの中を物色し、あれこれものを盗んでいくという。

「この間も、あれだろう? カーディガンを盗まれたんだよな」
「そうなの! すごくお気に入りだったのに」
「けしからんな」
「しかも、ちょっとおかしいのよ。わたしのパンツまで盗んでいくの……」

義母が顔を赤らめ、恥ずかしそうに身をよじる。

ぶっちゃけ、認知症の症状じゃないですかね?






そんなセリフがのど元まで出かかったけれど、グッと飲み込む。さすがにそれを言うのはマズいだろうと理性が働いた。

ただ、黙って聞くだけに徹することもできなかった。

「思い切って家のなかに防犯カメラをつけてみるのはどうですか」

自分でもどうしてこう、おせっかいなのかと思う。

「それはいいアイディアね!」

最初に飛びついたのは義母だった。ところが次の瞬間、「でも……」と表情をくもらせる。

「何か気になることがありますか」
「すごくいい案だと思うんだけど。でも、あの方がどう思うか……」
「あの方、ですか?」
「そう、お二階にいらっしゃるあの女性の方ね。見張られているみたいで、気を悪くするんじゃないかしら」

「え、例の女ドロボウですか?」
「あなた、声が大きいわよ!!聞こえたらどうするの」
「すみません……」

どうにもややこしい話になっている。義母の話をまとめると、女ドロボウには出て行ってほしいが、できる限りことを荒立てたくない。穏便にすませたいということらしい。
「だって、すごくズル賢い人なのよ」
「監視されてるって、ちょっと気分がよくないわよね」
「きっと防犯カメラの死角になるところで盗むんじゃないかしら」

話が一向にまとまらない。義父も防犯カメラの設置に乗り気だったが、義母がうんと言わない。結局、夫が「よさそうな防犯カメラを探してみるよ。具体的なものが見つかってから考えよう」と会話を打ち切った。

「防犯カメラの件だけど、このまま探さずにうやむやにしたほうがいいかもな」

実家からの帰り道で、夫がそう言い出した。

「どうして?」
「洋服や現金がなくなっているのは多分、おふくろのせいだよな」
「うん。お金まわり以外はおかあさんのものしかなくなってないって言ってたし。ただ、おとうさんが忘れているパターンもあるかも」
「親父の性格を考えるとさ、防犯カメラをつけたら必ず、その記録を見ると思うんだよ」
「おとうさん、真面目だもんね」
「一連の〝犯人〞が、じつはおふくろだと気づいたとき、親父はどう反応するのか、正直言って想像がつかない」

夫が言うには、義父は義母のことをかなり溺愛(できあい)していて、〝守らねば〞という意識も強い。うすうすはおかしいと思っても、義母の言い分をすべて信じこむことで義父自身がなんとか正気を保っている可能性があるという。

わたしとしても、ヘタに真実を暴き出し、義父母の仲が険悪になるのは避けたい。夫婦喧嘩の仲裁なんかしたくない。大丈夫、わたしたちにはまだ「もの忘れ外来受診」という希望がある。親自身が「近々受診するつもり」と言っているのだから、その日さえ来れば、何か進展する。そう信じて疑っていなかった。

著=島影真奈美、マンガ・イラスト=川/『子育てとばして介護かよ』(KADOKAWA)



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