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Vol.70 うどん風土記

  • 2014年10月23日

 好きな食べ物は?と聞かれて、よく答えるのが「うどん」です。小さな頃からよく食べているので、以前はありがたみをそれほど感じていませんでした。けれど初めて一人暮らしをしてから風邪を引いたときのこと、自分で作って久しぶりに食べたうどんに身体が癒され、同時にノスタルジックな想いに満たされことで、一番ホッとする食べ物「=いつでも食べたい」になりました。

 だんだんと肌寒くなって来たこの季節、風邪を引いたらやっぱりうどんに限ります。温かい卵とじうどんに擦った生姜をたっぷり入れれば、身体の芯から温まってホカホカに。「かぜうどん」という落語もありますが、好きな噺のひとつです。

 大阪では明治時代、ある薬屋の創業者がひらめいて、うどん屋で風邪薬を販売することにしたところ、大阪じゅうに広まっていったそうです。しかし戦後に薬事法が制定されて、売れなくなってしまったのだとか。

うどん

 2年前、NHKの「新日本風土記」という番組でうどんを特集していたのを、オンデマンド配信で最近見て、いろんなことを知りました。うどんといえば香川県ですが、降水量が少なく、稲作には不向きなこの土地では、昔から水が少なくても栽培できる小麦が作られて来ました。秋に蒔いた小麦の花が4月に咲き、6月になると麦秋、つまり収穫の時期を迎えます。

 香川県では、うどんは香川県の善通寺で生誕した弘法大師(空海)が、唐(中国)から伝えてきたと言われているそうです。しかし臼と杵で小麦を作るのは重労働で、長らく庶民の元には届きませんでした。江戸時代に入り、御影石の採掘技術が発達して石臼が普及したことで、うどんが一気に広まったそうです。真っ白なお米が満足に手に入らなかった時代、うどんは庶民の味方でした。

 香川県にある金刀比羅宮で、昔から行われているこんぴら祭を記録した江戸時代の屏風絵には、すでにうどん屋さんがたくさん描かれています。ここを訪れた参拝客が、うどんの文化を全国に広めていったと言われています。ちなみに太い麺と黒いつゆが特徴の伊勢うどんも、お伊勢参りの参拝客にふるまうために生まれたとか。麺は素早く食べられるように、柔らかく煮てあります。

 僕は15年ほど前、ひとりで「讃岐うどんの旅」に出掛けました。電車で高松、坂出、丸亀、琴平と乗り継ぎ、こんぴらさん参りがてらその周りのうどん屋にも立ち寄りました。丸亀城の近くで「うどんは別腹」という看板を見つけたときは驚きました。でもその言葉に従って、お腹がちぎれるほど朝から晩まで何食も食べ歩いたのが、もはや懐かしい思い出です。今も香川県にライブに行くたびに、何軒か立ち寄ります。

耳うどん

 全国各地、他にもいろんなうどんがあります。名古屋の味噌煮込みうどん、山梨の吉田うどん、長崎の五島うどん、秋田の稲庭うどんなどなど、どれも大好きです。福岡のうどんも、近年また注目されていますね。

 「関西はうどん、関東は蕎麦」などと言われますが、関東にも武蔵野うどんに代表されるように、美味しいうどんがたくさんあります。そのなかでも変わったうどんを見つけました。栃木県佐野市の「耳うどん」といって、人間の耳の形をしています。まるでうどん版ペンネ。先日、鍋料理に加えてみました。悪魔払い、魔除けにもなると言われているそうなので、縁起が良さそうです。今日もうどんをいただきます。




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