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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第74回 日本列島の自然と外来種

  • 2010年3月11日

特集/生物多様性を脅かす外来生物種〜外来生物種とどのように付き合っていくか 日本列島の自然と外来種 兵庫県立人と自然の博物館館長 岩槻 邦男

外来種とは

 「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(以下「外来生物法」)が準備される長い助走期間中、環境省では「移入種」という用語が使われてきた。「外来種」は『広辞苑』の定義では「人為によって渡来した、その地域に在来でない生物種」とある。『生物学辞典』の「移入」の定義は「ある生息場所またはある個体群に注目するとき、そこに個体が外部から入ってくること」である。古くは「帰化」という言葉が普通に使われていたが、この語の定義は『広辞苑』では「人間の媒介で渡来した生物が、その土地の気候・風土に適応し、自生・繁殖するようになること」で、『生物学事典』では「生物が本来の自生地から人間の媒介によって他の地域に移動し、その地で生存・繁殖できるようになること」である。「帰化」という語は差別につながるというので、最近では使われなくなった。「移入種」という語が使われたのは、「外来」という言葉には、「(1)外からくること(2)外国からくること」(『広辞苑』)とあるように、外国が強く意識されるから、ということだったと聞いた。
 「外来種」は外国からきた種には限らないし、言葉の本来の意味からいっても学術用語としての普及度からも、この用語が最も望ましいというので、法律には「外来生物」が用いられた。ただし、実際には、「外来生物法」では、この法律でいう「外来生物」を、おおむね明治以後に外国から日本列島に人為的に導入された種、と限定している。国内移動種については、検討に当たった審議会の小委員会委員長名で、具体的な対応を求めるコメントがつけられた。

人為的に日本に導入された種

オオイヌノフグリ
◆春の路傍に見る「外来植物」オオイヌノフグリ。
明治時代に日本に入り、在来種のイヌノフグリを駆逐している
(横浜市寺家ふるさと村にて撮影)
レンゲソウ
◆春の路傍に見る「外来植物」レンゲソウ。
根粒菌による窒素固定により水田の富栄養化を図るために休耕田に意図的に導入されたものが逸出した外来種
(横浜市寺家ふるさと村にて撮影)
 人為的に導入された、という定義も明快ではない。日本列島についていえば、約4万年前に人が大型動物を追って狩りをしながら移住してきたが、その際日本に自生していない生物を意識的、無意識的にいくつも持ち込んだだろうが、そのうちには日本列島に定着したものがあったはずである。その後の大陸との往来の際にも、いくつもの生物種を運び込んだに違いない。前川文夫が史前帰化植物と呼んだ生き物は、歴史に記録される以前に持ち込まれたものであるが、このような生き物は「人為的に」導入されたというのだろうか。少なくとも、「自然の」の反対語である「人為・人工の」はホモサピエンスの行為であっても、縄文時代の人の行為にはなじまない表現である。
 史前帰化植物は日本列島の景観に不可欠の要素となっている。田園風景を、人がつくり出した「人為・人工の」産物だから「自然破壊」の結果で、そこに旺盛に生育する「外来種」は生態系にとって危険な存在だ、と主張する意見を聞くことはない。弥生時代に始まった田園風景の創成を、人為によるものだから自然破壊の成果物だとは誰も言わないからである。
 日本列島の開発は、里地で農を営んで資源の安定供給を意図し、その後背地の里山で薪炭材の育成や補助的資源の狩猟採取を行って、緑豊かな二次的自然を育て、奥山に生きる野生生物との共生を見事に演出してきた。もちろん、里地・里山は人為の所産である。もともとの自然と異なった生態系が維持されるのだから、そこに適応する外来種が定着するのは自然の摂理である。日本列島の景観から、外来種のシロツメクサを追放しろと目くじらを立てる人はいない。
 今年は太宰治の生誕百年と聞くが、彼の人生の最も穏やかな頃に書かれた『富嶽百景』に「富士には、月見草がよく似合ふ」という一文がある。黄金色の、と形容されているのだから、オオマツヨイグサを見たのだろうことはほぼ間違いないが、いずれにしても江戸時代に渡来した外来種である。最高の芸術家が、日本の景観の象徴である富士山に、外来種がよく似合うというのである。ここでも、外来種を富士に結びつけるのはけしからんという意見は聞いたことがない。
 自然の生態系を脅かす外来種はすべて悪者だというのだったら、外来種が定着するようになった生態系の改変すべてをとがめることになる。しかし、田園風景を育て、里山を維持してきた開発を悪となじるだろうか。日本列島の自然となじみながら、人と自然の共生を演出する開発を進めてきたわたしたちの先祖の活動を、讃えこそすれ、非難することはない。そして、人為的に開発された部分にはうまい具合に定着している外来種を、今になって敵視する必要もない。「外来種法」で、おおむね明治以後に導入された外来種に限って「特定外来生物」に対応するのはそういう背景のもとである。

外来生物による被害

 明治以後に日本列島に加えられてきた人為・人工の圧力は、それ以前と比べてはるかに強大だった。都市周辺をはじめ、日本列島は人の営為によってはなはだしい変貌を遂げた。日本に在来の生物たちにとって、自分たちの生活場所が急速に失われることになった。絶滅の危機に瀕する生物種が後を絶たないのも当然の成り行きである。逆に、野外に放出される外来種が定着する機会も大きくなっている。地球全体の環境の変化、例えば地球温暖化なども、在来種にとって厳しい条件をもたらすのに反して、外来種には生存の機会を増大させる。
 森林を伐開して農地をつくるのは自然にはなはだしい営為を加えることだったが、つくりあげた田園地帯は日本列島の自然の要素として、人にとって望ましい住環境を描き出した。しかし、都市のコンクリートジャングルと、絨毯的に開発した画一的な住宅地は日本列島になじむ景観を生み出しはしなかった。そこへ、外国との往来に伴って多様な生物が持ち込まれるのである。持ち込まれた生物は、飼育に飽きると、生かすことがかわいがることであるとの身勝手な誤解に基づいて野外に放出される。生き物は一生懸命に生きようとするから、周辺に悪を垂れ流すことがある。危険をもたらす外来種が後を絶たないのは、そういう現実が知られていないからでもある。
 強盗殺人犯はそれなりに罰し、可能な範囲で矯正される必要がある。特定外来種に指定されるほどの種は、生態系に対して凶暴な殺人犯に相当する悪影響を及ぼしている。すべての人が、この種の罪を裁く法廷で、裁判員になることが求められる。


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