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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第119回 「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」が目指すもの〜日本の金融業界の取り組みの現状と課題

  • 2013年12月12日

「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」が目指すもの〜日本の金融業界の取り組みの現状と課題

 日本の金融業界は、2011年に「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則(21世紀金融行動原則)」(以下、原則)を策定した。金融業界といっても銀行、保険、証券、リースといったさまざまな業態がある。これらをまたぐ横断的な連携の機会が滅多にない中で、バックグランドの異なる約30社が自主的に集まり、1年もの時間をかけゼロから業務上の共通プラットフォームを構築したことは画期的であった。国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)など国際的な金融連携は少なくないが、国レベルでここまでの取り組みはあまり例がなく、海外からの注目度も高い。

 筆者は原則本文(総論)を策定したワーキンググループの座長と、現在は運営委員会の共同委員長を務めているが、今更ながらよく実現したなと思う。逆に原則など名ばかりで行動が伴わなければ、周囲の期待は失望に変わるかもしれない。推進者の一人として責任を感じざるを得ない。

原則策定に至るまでの経緯

 原則の策定は、2010年にまとめられた中央環境審議会の「環境と金融に関する専門委員会」の報告書「環境と金融のあり方について〜低炭素社会に向けた金融の新たな役割〜」における提言が出発点だった。その後、2010年9月に同委員会の委員長を務めた末吉竹二郎UNEP FI特別顧問によって起草委員会が組成され、6回の委員会、17回の業務別ワーキンググループ会議における活発な議論を経て、2011年10月に開催された第7回起草委員会で原則と三つの業務別ガイドラインが決議された。

 原則への署名は2011年11月に始まった(署名機関数は現在187)。2012年3月には第一回年次総会が開催され、原則を踏まえた金融行動を推進する運営委員会とその傘下に業態別、テーマ別のワーキンググループが組成され現在に至っている。

 ところで、原則の策定趣旨は前文の第二段で言い尽くされているといってもよいと思う。そこでは「社会を持続可能なものに変えていくにはお金の流れをそれに適合したものに変える必要」があり、金融はお金を「社会の様々な資源が経済主体間や地域間、世代間をつないで最適に配分」することで社会の持続可能性を高める必要があると説かれているが、これは金融機関が果たす社会的責任の原点に他ならない。

 ちなみに「持続可能な社会」については、原則はその基本を「明日を不安に思うことなく今日一日が生きられることにある」としたが、このような定義は起草作業の最中に東日本大震災が起きなければできなかった。そもそも中央環境審議会は「環境金融行動原則」の策定を提言していた。この環境に限定するかどうかは起草委員会でも論点になっていたが、震災の被害を目の当たりにし、ほとんどのメンバーが金融機関として広範な社会に関わる課題に取り組むことの必要性を感じ、委員会のムードが一変したことを覚えている。その結果、原則は、世界の金融サステナビリティの潮流であるESG(環境、社会、企業統治)に沿ったものになった。

金融行動原則の構成

 原則本文は七つで構成されている(表)。それぞれに背景があるのだが、ここでは原則2の重要性を強調しておきたい。原則2は「環境産業に代表される『持続可能な社会の形成に寄与する産業』の発展と競争力の向上に資する金融商品・サービスの開発・提供を通じ、持続可能なグローバル社会の形成に貢献する」と規定したが、これは環境や社会の課題の解決には、投融資における積極的なリスクマネーの投入や新しい金融商品やサービスの開発が必要であることを強調したものだ。すなわち、原則は本業で取り組むべきであり、社会貢献の延長で行うものではないということである。

今後の課題

 さて、第一回総会をキックに具体的な推進活動が開始されたのは先に述べた通りだが、その後も署名機関が漸増する中、運営委員会や各ワーキンググループにおいて実務的な議論が行われ、署名機関の互選で「グッド・プラクティス」が選定されるなど、まずは良好なスタートを切ったと言っても良いだろう。しかし、いくつかの課題が見えてきたことも事実であり、ここではそれらについて私見を述べるとともに、今後の展望に言及したい。

 一つは、大手と地域金融機関の取り組みの格差である。この点については地方銀行などからグローバルな業務を展開するメガバンクとは立場が異なるという意見もよく聞くが、果たしてそうであろうか。貿易立国の日本において、地方の中小企業であっても世界とのつながりは浅くない。環境配慮がサプライヤーとしての企業の競争力強化に貢献する場合もあり、地域金融機関が地場の取引先にアドバイスする意義は小さくない。また、再生可能エネルギー発電事業の有望サイトは、当然ながらビルが立ち並ぶ都市部にはない。太陽光発電のみならず風力、バイオマス、小水力発電など地方のプロジェクトを金融機関が積極的に推進することは地域だけでなく国益にもつながる。ちなみに環境省は、平成25年度の重点施策として「低炭素社会創出ファイナンス・イニシアティブ」を打ち出しているが、地域金融機関においてもこういった官民連携に積極的に参加すべきだと考える。

 一方、環境をめぐる技術革新や政策動向が劇的に変化している中で、金融機関は後手に回らず変化を先取りし、何がリスクなのかを知り、どこまでそれを許容できるか知見を養わなければならない。例えば、再生可能エネルギーの全量買取制度が始まる前、「お天道様のリスクは取れない」とうそぶいていた審査担当者は多かったと聞くが、1年も経たぬうちに銀行は競って融資するようになった。金融機関の調査・審査能力をもってすれば、日射量の安定性、発電事業の堅牢性、買取制度の意義等々を踏まえた事業リスクを分析することは難しくない。結局のところ問われているのは本気度である。

 他方、環境や社会に関連する新たなリスクへの感度を高めることも必要だ。例えば、2012年に開催されたリオ+20でUNEP FIは「自然資本宣言」を発表した。日本のビジネス界において自然資本はあまり話題にならないが、EUなどでは資源の効率性という視点から急速に注目されているテーマである。中国を始めとした新興国の資源需要が猛烈に拡大する中で、水や土壌、大気と言った自然資本の枯渇リスクは企業のオペレーショナル・リスクと考えられるため、金融機関も注視して良いはずだ。

 このようなリスクに対するスタンスは「予防的アプローチ」と言い換えることもできる。原則でも「不確実性を含んだ科学的知見であっても、環境や社会に重大な影響を及ぼす可能性が高いと考えられる場合は、率直に耳を傾け、事業活動にも慎重な姿勢で臨むことが望ましい」と指摘した。さまざまな要素が錯綜する21世紀型のリスクの予見は簡単ではないが、リスクをコントロールし上手にハンドリングしてビジネス機会に変えることができる金融機関は、競争上も優位に立つことができるだろう。

 環境や社会の問題に取り組む金融機関の動機はいろいろある。しかし重要なことは、リスク管理と機会創出という本業の根幹部分との重なりが増えてきていることではないだろうか。原則の副題を「21世紀金融行動原則」とした理由は、まさにそこにある。持続可能社会の形成への貢献は、これからの金融ビジネス戦略そのものであるからである。

表:七つの原則
原則1基本姿勢
原則2 事業を通じた環境産業などの発展への貢献
原則3 地域や市民活動、中小企業などへの配慮
原則4 多様なステークホルダーとの連携
原則5 自社の環境負荷の軽減
原則6 経営課題としての認識・情報開示
原則7 自社役職員の意識向上

グローバルネット:2013年6月号より


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