ネタバレなしの米Gizmodo記者のレビューです。
ワームホールを使った宇宙旅行が当たり前になった遠い未来の世界。でも、最高の娯楽とされているのは、なんと安っぽいメロドラマ。そんな世界を舞台にしたApple TV+の新作ドラマシリーズ『マーダーボット』は、ある危険な惑星に調査チームが向かうところから始まります。
チームにしぶしぶ同行するのは、セキュリティユニット通称「マーダーボット」。もしこのロボットがいなければ、チームのある発見は命取りになっていたかもしれません。 このシリーズは、そんなユニークな設定を土台に、驚きやユーモア、そしてマーダーボットやチームメンバーたちによって物語が展開されていきます。
ある惑星に調査に行くことになった科学者たち。彼らはちょっと珍しく孤立した惑星プレザヴェーション・アライアンスの出身なのですが、企業のルールに従わなければ調査の許可を得ることができません。調査に必要な機材も企業からレンタルしなければならず、限られた予算の中で一番安い選択肢を選ぶことに。そこに修理された古いタイプのセキュリティユニットが付いてきたのでした。
そのセキュリティユニットを演じるのはエグゼクティブプロデューサーも務めるアレクサンダー・スカルスガルド。自己意識を持つロボットを演じています。彼は密かに自分自身を「マーダーボット(殺人機械)」と呼んでいたことを調査チームの科学者たち全く知らず、さらには、そのセキュリティユニットが、人間の命令に従うためのプログラミングをハッキングして自由意志を獲得していたこともまったく知らなかったのです。
マーダーボットも自分に意思があることがバレてはいけないので、人間は変わっているとか、ぶつぶつ皮肉を言いながらも、渋々指示に従います。セキュリティとしての仕事をするよりも、ダウンロードした連続メロドラマを見るのが大好きなマーダーボットですが、科学者たちの惑星調査に同行することに。
マーダーボットにとって意外だったのは、登場する科学者たち(マーダーボットは最初は心の中で「バカたち」と呼んでいました)が、自分をただのロボットではなく、人間のようにチームの一員として扱ってくれたことでした。
科学者たちはマーダーボットの人間っぽい顔つきや、少し不器用でぶっきらぼうな態度の中に、ちゃんと「人格」のようなものがあると感じ取っていたのです。そしてマーダーボットが科学者たちを理解し、何度も命がけで彼らを守ろうとする中で、ますますその人格があることが確かなものになっていくのです。
こうしたやりとりを通じて、『マーダーボット』は、「人間」と「機械」の違いとは何か、自分という存在を理解するにはどれだけ時間と経験が必要かというような深いテーマを掘り下げてきます。
Image: Apple TV+『マーダーボット』は完璧とも言えるキャスティングです。このグループを集めたクリエイター、脚本家、監督、エグゼクティブプロデューサーのクリス・ワイツとポール・ワイツとそのチームに称賛を送りたいですね。
スカルスガルドに加えて、冷静な(しかしパニックを起こしがちな)チームリーダーのメンサー博士を演じるノマ・ドゥメズウェニと、最初からマーダーボットに不信感を抱くグラシン博士を演じるデヴィッド・ダストマルチアンが主要キャスト。他には、サブリナ・ウー、アクシェイ・カンナ、タティアワナ・ジョーンズ、タマラ・ポデムスキなど。
『マーダーボット』はマーサ・ウェルズのヒューゴー賞とネビュラ賞を受賞した『マーダーボット・ダイアリーズ』シリーズが原作ですが、シリーズの中でも2017年の『オール・システムズ・レッド』の筋書きに沿って作られています。
かなり忠実ではありますが、納得が行く変更もいくつかあります。マーダーボットの心の中のつぶやき(彼の嫌悪感たっぷりの反応は、このシリーズ特有の皮肉っぽいユーモアの元です)を視聴者に伝えるために、ナレーションを多く使っています。また、原作に登場するいくつかのキャラクターは登場しません。その代わりに、物語の中心となる謎がより視覚的にわかりやすく、印象的になるように、一部のストーリー展開が変更されています。
そう、忘れてはいけないのが、『マーダーボット』はミステリー作品でもあるということ。調査チームが遠い惑星に到着するとすぐに、目に見えることだけが真実ではないと気づきます。マーダーボットと人間たちは、正体がはっきりしない、でもものすごく強力な脅威に立ち向かおうと決意し、物語は緊張感を保ちながらテンポよく進んでいきます。各エピソードは約25分とコンパクトで、ほとんどが次回が気になる終わり方で締めくくられます。
ここではストーリーのネタバレはしませんが、SFスリラーとしてのおもしろさに加えて、『マーダーボット』の本当の魅力はキャラクターたちだということは強調しておきたいポイントです。
ドゥメズウェニは、皆を家族のように大切にする心優しいリーダー役を見事に演じており、いざというときには迷わず行動に出る強さも見せます。ダストマルチアンは『レイト・ナイト・ウィズ・ザ・デビル』以来の当たり役で、今回は過酷な過去を乗り越えてメンサーのチームに安息の場所を見つけた男性として登場。その平穏を、重武装で信用できるかわからないロボットに脅かされることは絶対に許さないという姿勢を貫いています。
Image: Apple TV+とはいえ、何より素晴らしいのはスカルスガルドの演技。スカルスガルドはマーダーボットを、威圧感のある外見とオタクっぽさを併せ持つキャラクターとして見事に表現しています。思慮深い内面のモノローグ、無表情なリアクション、そして瞬時に暴力に転じる行動のバランスが絶妙です。
マーダーボットのメロドラマ中毒はコメディの要素でもありますが、ドラマも俳優もそれを非常にうまく活かしていて、「くだらないテレビドラマに夢中になることが、実は感情的な成熟を育てていた」という示唆にまでつなげています。さらには、現実世界の問題に対して驚くほど的確な解決策を見いだすヒントにもなっているのです。
『マーダーボット』の最初の2エピソードは5月16日からApple TV+で配信開始、その後は毎週1話ずつ公開されます。