雷をだれかに落とすんじゃなく、自分に落として周囲にダメージを与えるとか、捨て身にもほどがある。
生命というのは、ときに人間の想像がおよばない方法で生き延びる道を見つけます。が、わざわざ自分を痛めつけて、最悪の場合、自分の生命が絶たれるかもしれないリスクをあえて選ぶ猛者もいるみたいです。
今回、パナマの熱帯雨林で、雷に打たれることで生き延びやすい状況をつくるという、びっくりするような進化を遂げている可能性がある樹種が発見されました。
森林生態学者エヴァン・ゴラ氏を中心とするチームが科学誌New Phytologistに発表した研究成果によると、トンカ豆の木と呼ばれている熱帯樹の「Dipteryx oleifera」は、雷に打たれることで周辺に生息する競争相手の木々や、自身に寄生するつる植物を排除して、生き残るためにより有利な環境を作り出しているそうです。
研究は、中米パナマの「バロ・コロラド自然保護区」で行なわれました。研究チームは独自開発のセンサーとカメラを組み合わせた落雷追跡システムを用いて約100件の落雷を調査したそうです。
その結果、Dipteryx oleiferaは他の多くの樹種と異なり、雷による損傷がほとんど見られないことが判明したといいます。
雷に直撃されてもダメージをほぼ受けないだけでも驚きなのに、もっとすごいのは、この樹木が雷から受ける恩恵です。雷がこの木を直撃すると、その電流が周囲に広がり、寄生性のつる植物や周囲の樹木にダメージを与えるというのです。
Image: Evan Goraこの画像は、落雷前後のDipteryx oleiferaを比較しています。左の画像が2019年に落雷を受けた直後(28日後)で、右の画像はその2年後とのこと。周辺の木や絡みついていたつるがなくなっているのがわかりますね。とても雷の直撃を受けたとは思えないくらい、木自身は元気そうです。
下の動画では、同じプロセスを研究者が説明しています。こちらでは、周囲の木やつるが枯死している様子をより詳細に確認できます。
1本の樹木に落雷があると、周辺にある木が平均で9本以上、つる植物は78%枯死したとのことです。結果的に、落雷がD. oleiferaにとって有利な環境を生み出します。まるで雷を利用して間引きをしているよう。
研究チームは、この樹種が雷に強い理由として、内部構造の高い導電性を挙げています。雷の電流が内部をスムーズに通り抜けることで、熱が蓄積せず、他の木のように深刻なダメージを受けずにすむのではないかと考えられています。雷の電撃を受け流すというのか、この木は…。
また、この樹種は最大で高さ40mまで成長し、数百年から千年以上生きるとされており、その間に何度も雷に打たれることが予想されています。平均して56年に一度の確率で落雷を受けるとのことなので、数回から数十回の雷の直撃を生き残っているかもしれないんですね、この樹種は。観測した個体の中には、5年間で2度も雷に打たれた木もあったそうです。
背の高さと、通常の樹木よりも異常に広い樹冠が、周辺の木々よりも落雷直撃の確率を最大で68%高めている可能性があるといいます。
さらに、落雷を受けることによって、競争相手や寄生植物が減るため、D. oleiferaの繁殖能力は14倍にもなると推定されています。サバイバル能力がすさまじい…。
研究を率いたゴラ氏は、「(Dipteryx oleiferaの隣にいる木は)他の大きな木の隣にいる場合よりも明らかに死亡リスクが高くなります」と述べ、「データは、特定の樹木種が雷に打たれることで恩恵を受けることを示す初めての証拠を提示しています。この樹木は、落雷を受けるほうが、受けないよりも良い状態になるのです」としています。
今回の研究に参加していない、メルボルン大学の園芸学者グレゴリー・ムーア氏は、「この種の研究は、樹木が広く分散している森林や低木林など、樹木が優勢な他の植物群落にも適用できる可能性があります」と述べ、他の種にも当てはまる可能性が高いと指摘しています。
今後、研究チームはアフリカや東南アジアの熱帯林でも同様の現象が見られるかどうかを調査する予定とのこと。そして、気候変動が進むなかで、雷が森林形成に与える影響と、研究を続ける重要性について以下のように締めくくっています。
「気候変動によって多くの地域で雷の発生件数が増加していることから、その影響はさらに大きくなりますが、Dipteryx oleiferaのような雷への耐性がある種にとってはそれが有利に働くかもしれません。雷とその森林形成における役割を理解することは、生物多様性や炭素貯留の変化を予測し、熱帯林の再生計画に役立つ可能性があります」
Source: Live Science, Cary Institute of Ecosystem Studies
Reference: Gora et al. 2025 / New Phytologist