俳優、ミュージシャン、クリエイター、作家……いまをときめく方々に「日々自分らしくあるために」大切に読んでいるもの、聴いているもの、飲み、食べているものを伺う新連載。
今回は、新曲『HERO』をリリースし7月にワンマンライブ「石崎ひゅーい LIVE 2025 - Season2 -」を控えているシンガーソングライターの石崎ひゅーいさんが登場。普段はなかなか見ることができない、石崎さんの素顔の一面に迫ります。
「僕、外で食事をしているとどんな調味料を使っているかとか、味がわかっちゃうんですよ。それで、美味しかったものを家で再現したりするのが趣味。例えばラーメンだったら『この出汁はウェイパーで代用できるかも』とか、あくまで再現の範囲ですけど、いろいろ試しています」
ごはんを食べることも作ることも好きで、手料理をハッシュタグ「#石崎ごはん」「#ひゅーい飯」でSNSに投稿している石崎さん。料理が好きになった背景には、料理上手だったお母さんの影響があるそう。
「とにかく食事にすべてを捧げろ! というか、エンゲル係数が高い家庭で育ったので、食に貪欲なのかもしれません(笑)。母がめちゃくちゃ料理が上手くて。上手すぎて、学生時代には俺が帰るよりも前に俺の友達が家で母の作った飯を食べてたんですよ。
僕自身は母のレシピを受け継いでいないんです。姉がいろいろ記憶しているので、知りたいときには姉にレシピを聞いたりしています。『ニラ玉作るんだけど、何入れるんだっけ』とか。
思い出の一品といわれると色々ありますが……肉まんが印象に残っていますね。皮から手づくりで、コンビニの肉まんみたいに皮がふわふわじゃなくて、みちっと詰まってるんです。味付けも具もシンプルで、豚肉、タケノコ、シイタケ、生姜、オイスターソース、醤油、砂糖……とかだったかな。出身が茨城県なので、多分醤油は少し濃いめだった気がします。皮から作るの大変だと思うけど、普通のなんでもない日に作ってくれるんです。母はもう亡くなっているけれど、『肉まん作るから生地踏んでおいて』なんて言われていたことも含めて思い出の味です。とにかくめちゃくちゃ美味しかった!」
今年の誕生日(3月)にはマネージャーからせいろをプレゼントしてもらったという石崎さん。
「最近、シュウマイに挑戦したばかり。近いうちに石崎家の肉まんも作ろうと思っています」
石崎さんにとってかけがえのない一冊は、大正から昭和にかけて活躍した稲垣足穂の名著『一千一秒物語』。中学生の頃に出合って以来、何度も読み返している作品だそう。
「食事以外にも、僕は生きる上で母親の影響を強く受けているんですが、この本を手に取ったのも母がきっかけ。ある日『ひゅーはたぶん好きだと思うから読みなよ』と渡されました。
僕はどちらかというと本を読むのは苦手で、あまり多くの作品を知っているほうではないんです。読んでハマった記憶があるのはJ・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』くらい。小説よりは谷川俊太郎さんとか、詩集のほうをよく手に取っていました」
『一千一秒物語』は表題作のほか、2、3行の短い物語も含め70篇もの短編が収められた短編集。大人になってから手に取るのは主に制作に行き詰まっているときが多いのだとか。
「文体が独特なんです。『鉄砲で星を打って追いかけられた』とか『月をロープで縛って食べた』とか、シニカルでユーモアがあって。小説というよりも、ロマンやイマジネーションに溢れた散文がパン、パン、パンと自由に並べられていて、詩に近い感じです。
歌詞を書いたり、音楽を作ったりしていると、凝り固まっちゃうんですね。どうしても自分の表現が同じようなものになってしまうというか――そんな自分を解き放ってルールをぶっ壊してくれる、僕にとってのバイブルなんです」
石崎家にはこの一冊にまつわるおかしな思い出があるそう。
「ある時、母からこの本に納められた『自分を落としてしまった話』の一節を留守番電話の応答メッセージにしたいと言われて、僕が朗読したんです。
ふつうの家だったら留守だったら〈石崎です。ただいま外出中です〉とか流れるじゃないですか。それがある時期の石崎家では謎のメッセージが流れていたんですよ(笑)」
自分を落としてしまった話
昨夜 メトロポリタンの前で電車からとび下りたはずみに 自分を落としてしまった
ムーヴィのビラのまえでタバコに火をつけたのも―かどを曲がってきた電車にとび乗ったのも――窓からキラキラした灯と群集とを見たのも――むかい側に腰かけていたレディの香水の匂いも みんなハッキリ頭に残っているのだが 電車を飛び下りて気がつくと 自分がいなくなっていた
(稲垣足穂『一千一秒物語』より「自分を落としてしまった話」)
無類のコーヒー好きで、取材時も傍らにコーヒーを置いていた石崎さん。ボーイスカウトに所属していた中学生の頃、山で飲んだコーヒーが今でも忘れられないという。
「『日本ジャンボリー』という、4年に1度開催される全国各地のボーイスカウトが集まる大きなイベントがあって。朝、山に到着してすぐ鎌を持たされて、ひたすら背丈ほどもある草刈りをしてからやっとテント設営……もちろん風呂にも入らずトイレも穴を掘ってする、というような本気の野外活動にいそしむ7日間を過ごしたことがありました。
山なので夜は真っ暗になるんですけれど、ふとあたりを見たら……ランタンやテントに灯る明かり、火――いろんな光が重なって、おぞましいほどの幻想的な世界が広がっていました。そんな灯りのなかでボーイスカウトの隊長がコーヒーを淹れてくれたんです。ボロボロのアルミのカップで。
『世の中にこんなにおいしいものがあったなんて! なんで誰も教えてくれなかったんだろう』と感動した! 今思えば当時はコーヒー牛乳くらいしか飲んだことなかったし、コーヒーの味の違いがわかる年齢ではなかったと思うけど、あの時の味は忘れられないです。特別いい豆とかではなく、インスタントコーヒーだったと思うんですけどね。“大人のたしなみ”に触れた感動もあったのかもしれません。おかげで今では毎日必ずコーヒーを飲むようになりました」(石崎さん)
お母さんの影響を受け、幼少期からデヴィッド・ボウイをはじめ洋楽を聴いてきた石崎さん。「大切な一曲は?」という問いに洋楽を選ぶのでは、という予想に反して選んだのは、1997年にリリースされた玉置浩二さんの『JUNK LAND』。
「昔から玉置さんが好きで、元気がない時、悩んでいる時に聴いては救われてきました。『JUNK LAND』に出合ったのは大学生の頃です。それから少し経って、20代の後半で大学時代に組んだバンドのまま音楽を続けていくか、シンガーソングライターとして1人でやっていくか、悩んでいた時期がありました。
そんな時にたまたまこの曲を聴いて。もともと何度も聴いていた曲なのに、この時だけ今までとは違うインスピレーション、違う解釈で聞こえてきたんです。『あ、俺、こういう風になりたい』と思った」
石崎さんがソロデビューを決心した理由のひとつに音楽プロデューサーの須藤晃氏との出会いがある。奇しくも、この曲は玉置さんと須藤氏がともに作詞を担当している。
「高揚感のある曲調と歌詞に『お前、行けよ!』って背中を押されているように感じて。この曲に描かれている主人公は等身大で、気持ちがすっと自分の中に入ってくるんですよね。言葉選びがこんなにも素直で、それでいて深みがあって。今でもテンションを上げたいときに聴きますし、自分の作品作りにおいても指標になっています」
待ってる人の その前で
泣いてる人の その前で
困ってる人の その前で
迷ってる人の その前で
笑ってる人の その前で
祈ってる人の その前で
遊んでる人の その前で
愛してる人の その前で
心配ないって言いたくて こんなボロボロのまんまで
(『JUNK LAND』歌:玉置浩二 作詞:須藤晃・玉置浩二 作曲:玉置浩二)
そんな石崎さんの新曲は『HERO』。桐谷健太主演のドラマ「いつか、ヒーロー」(テレビ朝日系列 日曜22時15分〜)の主題歌だ。
「初めから、自分が思う“ヒーロー”を描こうということは決めていました。ただ、ヒーローってマライア・キャリーをはじめ、日本のアーティストもさまざまな人が描かれてきた大きな題材であり、『本当に自分に作れるだろうか』というプレッシャーを感じていました。
でも、これは自分がシンガーソングライターとして成長するチャンスかもしれない、とも思ったんです。曲の中に、どれだけ等身大の“ヒーロー像”を落とし込むことができるか、ある種、戦いに挑むような感覚で書いていました」
ドラマの脚本を読み、桐谷健太さん演じる主人公・赤山誠司の生き方に触発されて生まれたという楽曲には、どこか不器用で泥臭く、まっすぐに生きるヒーローが表現されている。
「自分の中のヒーローは、“できすぎる存在”というよりも、どうしようもない奴だったりする。それでも、たった1人守りたい人がいるとか、何かひとつ信念があるような、もっと身近で自分の近くにいるようなヒーローを描きたいと思いました。これまでは作品に寄り添った曲作りもほとんどやっていなかったので、そういった意味でも新たなチャレンジでしたね。ドラマの中でもすごくいい使い方をしてもらっていて。特に第1話はまるでミュージックビデオのようで――それを観た時、報われたような気持になりました」
2025年7月には初となる大阪と東京の2か所でのホールワンマンライブ「石崎ひゅーい LIVE 2025 - Season2 -」の開催が決定している。
「僕にとっての『JUNK LAND』のように、いつかこの曲が誰かの“ヒーロー”になれたら嬉しいですね。ライブでも絶対に歌うので、楽しみにしていてほしいです」
石崎ひゅーい(いしざき・ひゅーい)
1984年3月7日生まれ、茨城県水戸市出身のシンガーソングライター。高校卒業後、大学で結成したバンドにてオリジナル曲でのライブ活動を本格化させる。その後は音楽プロデューサーの須藤晃との出会いをきっかけにソロシンガーに転向し、精力的なライブ活動を展開。2012年7月、ミニアルバム「第三惑星交響曲」でメジャーデビューを果たす。2013年6月にテレビ東京系ドラマ「みんな!エスパーだよ!」のエンディング曲「夜間飛行」を、7月に1stフルアルバム「独立前夜」をリリース。2018年3月に初のベストアルバム「Huwie Best」を発表後、全48公演におよぶ全国弾き語りツアーを実施した。2020年11月、菅田将暉へ提供した映画「STAND BY ME ドラえもん 2」の主題歌「虹」が大ヒットを記録する。2024年11月、初のカバーアルバム「night milk」をリリース。「アズミ・ハルコは行方不明」や「そらのレストラン」といった映画に出演するなど、俳優としても活躍している。
公式サイト https://www.ishizakihuwie.com/
X @huwie0307
文=河西みのり
撮影=釜谷洋史