樋口真嗣監督によるNetflix映画『新幹線大爆破』に主演した草彅剛。昭和50年(1975年)に公開された傑作鉄道パニック映画のリブートとなるこの作品で、草彅は東北新幹線の車掌、高市を演じている。
原作では草彅が敬愛する高倉健が主演だったが、高倉は爆破を計画する犯人役。一方、草彅が演じる高市は爆破を回避し、乗客たちを守ろうと奮闘する役であり、原作には登場しない人物だ。
ヒーローではあるものの実直な人柄という以外は背景がわかりにくい難役だったが、完成後にあることに気づいたという。インタビューであまりに面白くそれを表現する草彅剛は、やっぱり憑依型の名優だった――。
――昭和版の「新幹線大爆破」はご覧になってから演じたのですか?
草彅 もちろん見てます。昔、「笑っていいとも」でよく関根勤さんが「新幹線大爆破」で運転士役の千葉真一さんのモノマネをされていたんですが、当時はこの映画を知らなくて。生放送終わってからの後説が30分あるのに、25分ぐらい「新幹線大爆破」のモノマネをやって、タモリさんも盛り上がっていて。
関根さんによれば、「チバちゃんは最初のカットでは汗かいてないのに、2秒も経ってないのに次のカットでは汗だくなんだよ」って(笑)。
それで観たのがきっかけで大好きになって。その後、高倉健さんとも一緒にお仕事ができました。今観ても、皆さんの目力とかもう凄いんです。しかも当時は国鉄(現・JR)の協力がなかったのに、あれを作ってしまった。いろんなものを飛び越えたエネルギーっていうのが、原作にもありますよね。
――オリジナル版も傑作ですが、一番好きなところを教えてください。
草彅 健さんの役(沖田)が好き。健さんが煙草を吸ってて、回想を挟んで、その灰で時間経過を表してるシーンがあって、多分当時そういう表現ってあんまなかったのかなと思ったりとかして。これは僕の想像なんだけど、多分健さんが現場で監督に提案した気がする。
(ここから草彅さん、想像の健さんになりきって)「これね、すごい発想だよ。いい気がすんだよ。回想あけ、煙草の寄りなのよ!」って言ったんじゃないかな。回想あけの健さんの説得力しかないアップが好き。
あと、バイクに乗ってるシーンがめちゃめちゃかっこよくて。当時あんなふうに撮影でバイク乗りこなしてる人もあまりいないと思うし、スタイルもめちゃめちゃカッコいい。やっぱり、あの映画は健さんが一番好き。
――原作は高倉健さんが純粋な悪役をやったおそらく唯一の映画ですね。実は昨年、今回の作品の撮影前に草彅さんが「高倉健さんの気持ちを受け、全力で挑みます」ってコメントを出されていたので、てっきり草彅さんも犯人側を演じるのかと思っていました。完成した作品を観たら草彅さんは、乗客を守る側である車掌の高市を演じています。どのように健さんへの想いを込めて演じられたのでしょうか?
草彅 僕が演技をするにあたっては役柄に関係なく、高倉健さんに僕が実際に接して感じたものや、健さんの遺志とか想いのようなものを受け継いでいけたらと思っているんです。だから、「健さんから受け継いだ気持ち」というのは、同じ役だからとかそういうことでもなく、もっと色々と飛び越えていて。いつもどの作品のどの役でも、僕は健さんのことをちょっと思っていたりするんですよ。
――映画『あなたへ』(2012)で高倉健さんと共演されていますね。
草彅 そうです。当たり前の話ですけど、人ってそれまで関わってきた人の影響をすごい受けるもの。僕にとっては、高倉健さんはすごく影響を受けた方なんです。今回の『新幹線大爆破』もリブートであってリメイクではないので違う作品ではあるんですけど、共演以降、本当にどの役でも健さんにどこか近づきたいなと思っていて。
演じながら、健さんは役としてこういうアプローチをしているんじゃないかなとか、そんなふうに考えている。そういった意味で健さんの気持ちを受け継いでいけたらなと思っています。
――“高倉イズム”が綿々と草彅さんに流れているんですね。今回は特にどういう時に“高倉イズム”を発揮してたんですか?
草彅 それがなかなかなくて。『碁盤斬り』(2024)の時はね、健さんが降りてきてくれてたんですよ!
――観ていても、そんな感じがしました。
草彅 あれは東映京都撮影所での撮影だったから。健さんが銀幕スターの時代、毎日あそこで寝ずに撮っていたような場所なので、残像が見えるっていうか。
あの映画(『碁盤斬り』)も大変だったの。朝リハーサルしてから、キャメラ回さずお昼になっちゃうから、待ちすぎて、やることなくて、着物で刀を差していて座れないからずっと立ってるわけ。その間、撮影所の俳優会館を見ると、なんか健さんがこちらに向かって歩いてくるような残像が見えるの。ほんとなんだよ。高倉健さんは座らないから、だから僕も座らなかった。
おこがましいけど、『碁盤斬り』は映画を観てもちょっと自分の中ではさ、寡黙な役だったし、高倉健さんを感じてやった感じが出てるなと思って、めちゃめちゃ気に入ってるわけですよ。でも、『新幹線大爆破』の現場では、電車の中で健さんを感じようと思っても一向に降りてこなくて。残像も何も見えなくて、どこにもいないわけ。多分原作では、健さんが新幹線に乗ってないからなんだよ(笑)。
――『鉄道員』(1999)の健さんも降りてきてくれなかったですか?
草彅 降りてきてくれないの! だから、途中から“高倉イズム”ではなく、自分の力で“高市イズム”を作らないといけない、と思って演じていました。
車掌さんの役って難しいんですよ。新幹線を運転するシーンがないから緊迫感を出しにくいし、『碁盤斬り』の侍みたいに、最後に我慢して我慢して爆発する、というそれこそわかりやすい高倉イズムもない。
何でそんなに難しいかというと、この人(高市)のバックボーンがわかりにくいんですよね。樋口監督も色々考えたらしいんだけど、高市の私生活とかをわかりやすく見せられないんですって。
車掌さんは業務中は携帯電話とか持てないから、命が危ない時に携帯の息子の写真を見る、とかそういうわかりやすことが出来ない。そしてお客様に対しては冷静でいないといけないから、感情をあまり出せないし、なんか“手足を縛られて芝居してる”ようなところがあったんです。
でも完成した『新幹線大爆破』を観たら、高倉健さんがいたの。いたの、いたの! なんか側にいてくれたんだなと思って。色々試行錯誤しても健さんの姿が僕には見えなかったから、僕は高市イズムで上書きしたんだけど、それが良かったみたい。「あんまり俺に頼るんじゃねえぞ」っていう、健さんならではの突き放しておきながら側にいてくれる感じがしたんですよ。
――どんなところでそれを強く感じました?
草彅 最後の高市のアップのところとか。俺の中で、健さんの声が聞こえたの。聞きたい?
――それは聞きたいです!どんなことを言ってたんですか?
草彅 「剛くん、役者とか、こういうものは作り物でしょ。だけどあなたが今この映画を最後まで見終えて、ちょっと自分が車掌に見えたでしょ。だけどね作り物だから、お客さんにはすぐ見透かされてしまうよ。ちゃんと自分と向き合って生きてなければダメだよ」って、俺の中の健さんに言われたの。
――うわー、それは健さんっぽいですね。草彅さんの頭の中に響いたんですね。
草彅 そう、響いてきたの。つまり、ちょっと本物らしく見えて安心していると、すぐにそうは見えなくなってしまうから、ちゃんと自分と向き合って生きていないとならない。まさに健さんの言葉なんですよ。健さんにも、樋口監督にも感謝。もう感謝しかないですね。
――とてもいいお話をありがとうございます。
草彅 この話、気に入ってるから、さっきも言っちゃったんだけどね(笑)。
――『新幹線大爆破』のリブート主演という依頼があった時、草彅さんは率直にどう思われましたか?
草彅 樋口真嗣監督とは『日本沈没』(2006)でご一緒して以来のお付き合いなんですが、考えてみると僕がずっと連絡を取り合ってる監督さんって、樋口監督だけなんですよね。
監督はこの18年間、「今度ね、剛くんで作品考えてるからね」って時々連絡くれるんだけど、実際には主役が斎藤工くんだったり、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』ではワンシーンだけの出演だったり、いつも“やるやる詐欺”みたいな感じで、全然やんないじゃんと思ってたの(笑)。で、今回も「剛くん、これはね、すごいんだよ」と連絡が来て、またやるやる詐欺じゃないかと思ったら、台本が届いて今回はマジだってわかった。
僕は樋口監督が『新幹線大爆破』が大好きなのは以前から知っていたし、しかも高倉健さんの映画だ、っていうのもあるし、めちゃくちゃ嬉しかった。映画やドラマのお仕事はなんでも嬉しいんですけど、樋口監督との18年越しの約束というのが実現して、いつにも増して嬉しかったですね。だから、本当に僕の代表作になっていると思います。
――樋口監督とそんなに色々な企画の話をしていたんですか?
草彅 してましたね。樋口監督って、子供みたいにすぐ思ったことを言うんですよ。「今度は剛くんを熊と戦わせたい!」とか、「あれと戦わせたい」ってよく言う。僕も「監督とだったらやる」って言うけれども、大体そういうのは実現しないんですよ(笑)。
でも樋口監督は僕の作品をなんかすごく丁寧に見てくれてて、ドラマも映画も、あと舞台も、本当にいつも来てくださるし、監督ご自身が好きな映画とかも僕に薦めてくれるんですよ。色々送ってきてくれるんだけど、その数がもう多すぎて全然観られない(笑)。
――樋口監督とはとても濃い交流をされてきてたんですね。
草彅 そう、謎に濃い。忙しい時は連絡も2ヶ月ぐらい放置してる時もあるんですけど、そういうふうに気を遣わないくらい仲良くしていただいています。僕は役者として監督をちゃんと敬って接しないといけないという気持ちが心のどこかにはあるんですが、(樋口監督には)会って10秒ぐらいでそれを忘れちゃう(笑)。「あれさ、あれさ」「それそれ」なんて話しながら、本当に中2、いや小2ぐらいの精神年齢の状態でお仕事できる、唯一無二の稀有な監督ですね。
樋口監督が子どもみたいだって言いましたが、それってすごく素晴らしいこと。だけど子どもでは映画は撮れないから、大人の部分もある。僕がそういう顔を知らないだけで、打ち合わせやロケハンとかでは大人になるらしいですよ(笑)。そのバランスがほんとに素晴らしい。すごく信頼しているし、まあ本当にたくさんいろんな監督とお仕事をさせてもらってるんですけど、特別な監督ですね。樋口監督ともう20年っていうのも結構びっくりしますけどね。『日本沈没』を撮っていたのは2005年っていうから、そんなに時が経つのは早いんだなと思って、もう驚いちゃって。柴咲コウさんとのヘリコプターでの別れのシーンとか、日が落ちちゃったら撮れないから監督がすごく焦り出して撮ってる姿を、本当に昨日のように覚えているんです。
草彅剛(くさなぎ・つよし)
1974年7月9日生まれ、埼玉県出身。91年、CDデビュー。俳優として、『黄泉がえり』(塩田明彦監督/03年)、『あなたへ』(降旗康男監督/12年)、NHK大河ドラマ「青天を衝け」(21年)、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」(23~24年)など多数の作品に出演。17年には「新しい地図」を立ち上げ、20年公開の『ミッドナイトスワン』(内田英治監督)では第44回日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀主演男優賞に輝いた。近年の主な作品に、『サバカン SABAKAN』(金沢知樹監督/22年)、『碁盤斬り』(白石和彌監督/24年)など。樋口真嗣監督とは『日本沈没』(06年)でタッグを組み、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』(15年)にも出演している。
Netflix映画『新幹線大爆破』
出演:草彅剛 細田佳央太 のん 要潤 尾野真千子 豊嶋花 黒田大輔 松尾諭 大後寿々花 ・尾上松也 六平直政 ピエール瀧 坂東彌十郎 / 斎藤工
監督:樋口真嗣
原作:東映映画『新幹線大爆破』(監督:佐藤純彌、脚本:小野竜之助/佐藤純彌、1975年作品)
特別協力:東日本旅客鉄道株式会社 株式会社ジェイアール東日本企画
制作プロダクション:エピスコープ株式会社
製作:Netflix
4月23日(水)より世界独占配信
文=石津文子
撮影=深野未季
スタイリスト=栗田泰臣
ヘアメイク=荒川英亮