仲間内との雑談中にふと始まる怪談が一番怖い、というコンセプトの元、生配信サービス「TwitCasting」で2016年から実に9年もの間新作怪談を語り続けているチャンネル「禍話(まがばなし)」。北九州で書店員を務めるかぁなっきさんと相方の映画ライター・加藤よしきさんのコンビ「FEAR飯」が語る珠玉の怪談たちは、軽妙な雑談風トークという語り口とは裏腹に、どれもゾクッとするものばかりです。
今回は禍話の中で準レギュラーとなっている“怪談の集め手”の一人が体験した不気味な廃墟のお話をご紹介します。
かぁなっきさんは大学や職場の友人や知り合い、その知り合いの知り合いと、たくさんの人から怖い話や不思議な話を集めているそうですが、そんなネットワークの中に廃墟探訪を趣味にしている女性のKさんという方がいます。
Kさんは休みが取れるとバックパックを背負って人里離れた山奥や廃墟を探訪し、そこでキャンプをするのが趣味なのだとか。あまり人と群れるのが好きではなく、いつもソロキャンプが主体という寡黙かつクールな性格ですが、一方で甘いものが好きというギャップから、放送では“甘味さん”なんてあだ名で呼ばれて親しまれています。
今回の話は、そんなKさんが九州地方の廃墟で体験した恐怖体験のひとつです。
◆◆◆
その廃墟は、バブル期に地方自治体の創生事業か何かの一環で幹線道路をいくつも通した折に、当時リゾートブームだったことと相まって、山間の別荘地的な場所を作ろうという名目でとある企業が建てた集合住宅でした。
しかし、別の利用しやすい幹線道路沿いに人が集まってしまったこと、なによりバブルが崩壊してしまったことでその目論見は潰え、あっという間にそこは廃墟になってしまったのだそうです。
Kさんが興味を持ったのは、そこで不可思議な出来事があったという噂を耳にしたからでした。
あるとき送電線の整備をしていた電気工事士が仕事が遅くなり日が暮れてしまった折に、その集合住宅付近で走り去る子どもたちらしき人影を見たというのです。しかもそれは、肝試しに着た中高生たちという雰囲気ではなく、むしろ夜中に出歩きそうもない4〜5歳くらいの小さな子どもたちのシルエットだった、と。
不審に思ったその電気工事士は念のために警察に連絡をして、簡単な捜索も行われたそうですが、結局その子どもたちは見つかりませんでした。
仮に家族連れだったとしても、自分のような廃墟マニアでなければわざわざ廃墟に子どもを連れて行くとも考えづらい。Kさんは事前にネットでその集合住宅付近で悲劇的な事件が起きてないか探ってみたそうですが、それらしきものは何もなかったそうです。
かくして、怪談好きでもあるKさんの琴線にその廃墟は触れたというわけでした。
早速ネットで登記情報を調べたところ、当時建設していた企業は無くなってしまっていましたが、その後とある別の企業に吸収されており、そちらとは連絡がつきました。廃墟探訪が趣味なだけで場を荒らすようなことはしないので、と慣れた口調で説明するKさんに説得されたその企業は、無事施設への立ち入り許可をくれたそうです。
そしてある休みの日。Kさんはようやく車でその地方の山に向かうことになりました。
空は冴え渡るような快晴で、キラリと光る日差しも初春の暖かな午後を演出してくれていました。正直言って、あまりにも天気が良すぎて、これでは怖い雰囲気や噂の子どもの人影など出てきてくれないのではという思いもあったそうです。
人気の少ない山に入っていくと、陽光に照らされて青々と輝く生い茂った山の斜面に、薄汚れたコンクリートの建物が2棟ほどそびえ立つその集合住宅が見えてきました。
「近づくと結構、雰囲気あるな」
車を停め、トランクからキャンプギアを詰め込んだバックパックを取り出して担いだKさんは、「いよっし!」と一声入れてから早速廃墟に向かいました。
ヒョロロロ……ヒョロロロ……。
廃墟の周辺はとても静かで、遠くからかすかに聞こえるトンビの鳴き声以外に物音はしませんでした。
良い気分で足を踏み入れた1階のフロアは広々とした待合室のような空間で、特に落書きもされておらず、廃墟としてはきれいな部類でした。窓はすでに取り払われているようで、差し込む外の明かりに照らされた土埃が室内に音もなく舞っていたのが印象的だったそうです。
あまり中高生の肝試しスポットとしての知名度は高くないみたいだな——そう思いながらKさんが懐中電灯で暗がりを照らしながら探索を進めていくと、待合室の向こうに大きな中庭が見えました。
行ってみると、中庭を取り囲むように各部屋がズラリと上に伸びており、Kさんは改めてこの廃墟の広さを感じたと言います。
「あれ?」
建物を見上げていたときに、あることに気がつきました。各部屋にドアが取り付けられていないのです。
7階建ての建物にはドアのない灰色の暗がりがまるでパックリと開いた口のように並んでいました。
「こりゃ建設途中でやめちゃった感じ——」
コォォーーン。
突然、3階付近から何かがぶつかるような音が響きました。
(後篇に続く)
文=むくろ幽介