「TwitCasting」という生配信サービスで2016年から新作怪談を語り続けているチャンネル「禍話(まがばなし)」。北九州で書店員をしている語り手のかぁなっきさんと、聞き手役の映画ライター・加藤よしきさんの雑談風トークから繰り出される怪談は、思わず身を縮めてしまうほど恐ろしいものばかり。
今回はそんな「禍話」の怪談の中から、かぁなっきさんの知人であり、彼に怪談を届けてくれる“甘味さん”こと廃墟探訪マニアの女性・Kさんが体験した、とある地方の集合住宅での出来事をお送りします――。
昼下がりの廃墟に響いた、コォォーーンという奇妙な物音。
Kさんは息を潜めて耳を澄ませました。
何かが倒れたのか……? いや、これは誰かが何かを蹴ったような物音だ。
3階に上がるとその予想は的中していました。
「何もないねぇ〜」
コォォーーン……コロコロコロ……。
「だなぁ〜」
暇を持て余した様子で足元の空き缶を蹴っている女性と、辺りをキョロキョロとする彼氏と思しき男性。そして2人をスマホで撮影している男性が廊下の向こうに見えたのです。
なんだ先客か……見たところ大学生くらいかな——心の中でため息をついたKさん。自分だけの特別な時間を荒らされた、そんな気がしたと言います。
ふと、彼氏の方と目が合いました。
「おい、人いる」
「え? あ、本当だ」
カメラマンの男性が当たり前のようにこちらにカメラを向けてきたことに少しムッとしましたが、Kさんは軽く会釈をすると黙って彼らの横を通り過ぎようとしました。
「肝試しですか?」
「え、まあ、そんなところです」
「へぇ〜。珍しいっすよね、女性ひとりって。遅くまでいるんすか? 何なら送っていきますよ」
善意で言ってくれているのかもしれないけど、放っておいてほしいんだよな……独りごちながら、Kさんは「はい」とも「いいえ」ともつかない曖昧な感じに首を曲げ、形だけの“受け取り”を示すと、そそくさと上の階に上がりました。
最上階の7階まで探索を続けたKさんでしたが、これといって目ぼしいものはありませんでした。
本来は賑わうはずだった別荘地。
確かに景色は良かったですが禍々しい空気はなく、心地良い風がKさんの気持ちを落ち着かせてしまいました。
「こりゃ、ここに泊まっても意味ないかなぁ」
外の明りが徐々に陰りを見せ始めた午後。Kさんは探索に見切りをつけて一旦外に出ようと階下に降りることにしたそうです。
「あ、お姉さん」
「……どうも」
4階付近まで降りたとき、さっきの大学生とまたバッタリ遭遇しました。
「僕らもう帰りますけど」
「え? ああ、私、車で来ているので大丈夫ですよ」
「そっすか……」
当然Kさんを送ることになっていたかのような言い回しに戸惑っていると、突然、男の子の背後で何かが動くのが目に入りました。なんと、背後に立っていた女の子が貧血のようにグラリと揺れて、そのままその場にへたり込んでしまったのです。
何事かと彼女の方を見た一同でしたが、当の女の子もキョトンとした顔で一同を見返していました。
「なんか、え、何これ……」
「え、どうしたの?」
彼氏の子に支えられてフラフラと立ち上がった女の子でしたが、またグラリと、今度はKさんの方に倒れこんできたので、とっさに彼女の肩を支えました。
「おっと、大丈夫? とりあえず、1階まで行きましょう」
万が一のことがあってはいけないと、Kさんは彼女を連れて1階まで降りることを提案したそうです。
トトッ、トトトッ、トトッ。
女の子を支えながら、おぼつかない足取りで階段を降る一同。
「さっきまで何ともなかったんですけど、息が苦しくなって急に意識が……」
「気にしないで。お水とかこまめに摂らないと、急な脱水症状とかもありますから。早く降りましょう」
なんとか1階まで降りたKさんは、彼らが乗って来た車に女の子を座らせ、ひとまず胸をなで下ろしたそうです。
「マジ、助かりました……」
「本当にすみません……でも、階段降りている途中からフッと楽になったので、もう大丈夫だと思います。ありがとうございます」
「無理しないで早く帰った方がいいですよ。日も暮れてきましたし」
「お姉さんはどうするんですか?」
「私も、もう少しで帰り——」
ガタガタンッ!!
それは木製の椅子が倒れるような音でした。
「……え……?」
「…………建物からだよな?」
「…………」
普通ならばそんなことはしないでしょう。けれど長年不思議な気配を逃すまいと探索をしてきたKさんの足は、気がつくと建物の方に向いていたそうです。
「ちょっ、お姉さん! 今降りてきたんですよ!」
あとを追いかけてきた男の子2人と共に、Kさんは再び集合住宅の中に戻ることになったのです。
「倒れるような物なんかあったか?」
「……というか、人自体、俺たち以外にいなかったって」
誰に聞かれるでもないのにやたら静かな足取りで階段を上っていたそのとき、息が首のあたりで詰まり、視界がグラリと揺れて意識が遠のくような感覚がKさんを襲いました。
「ちょっ、大丈夫っすか?」
気がつくと、Kさんは3階の階段で男の子たちに支えられていたそうです。
「なんか、突然フラついていましたよ!?」
「え……?」
朦朧としているKさんをよそに、2人は「ここに居てください、さっと上見てくるんで」と告げて行ってしまいました。
今の立ちくらみはなんだ。今日はしっかり水分は摂っていたし、熱中症になるような隙は見せていなかった。それに、この症状さっきの女の子と全く同じじゃないか……。
「うおわぁっ!!」
「逃げろ、逃げろ!!」
1〜2分経った頃でしょうか。突如、上の階からドタバタと顔面蒼白で2人が降りてきたのです。
「何、どうしたの!?」
2人はKさんの呼びかけも聞かずに走り去っていくので、なんとか立ち上がってあとを追いかけたそうです。幸い、慌てる女の子に呼び止められていたことで間に合ったKさんは、改めて何があったのか2人に問いただしました。
「人が……居たんです、上の階に」
「音が、音がしたっぽい部屋に、入ろうとしたら、出、出てきたんです……」
「……誰が?」
「知らないっすよ! 知らないおじさん、木の椅子引きずって出てきたんですって!」
“ガタガタンッ!!”
「目が合ったら『もう終わりました』って、言われて……」
結局、大学生たちは「すみません! もう帰るんで! すみません!」と逃げるように車に乗り込んで帰っていったそうです。
不意に戻ってきた山の静寂。
どうしようもない恐怖はすでに感じていたはずです。
◆◆◆
「それなのにさ、私、なぜか一目だけその部屋を覗きたくなったの。でも、部屋の手前まで行ったところでやめて帰ったんだ」
部屋の手前にポツンと置いてあった木の椅子。
「あそこで誰かが首を吊っていた。多分、女の人が。部屋の手前でそう感じたの。そういうニュースは見つけられなかったけどね。でも、それより私が怖かったのは、あのおじさんの言葉だよ」
『もう終わりました』
「あそこ定期的に“過去に起きた女の首吊り”が起きるんじゃない? それをおじさんとか、噂の子どもとか、いろんな幽霊がいつも見にきているとか……だから私も見たくなったのかも。私の想像だけどね」
Kさんはのちに、かぁなっきさんにそう言ったそうです。
文=むくろ幽介