ライブ配信サービス「TwitCasting」で2016年から放送されている怪談チャンネル「禍話(まがばなし)」。語り手のかぁなっきさんと映画ライターでもある聞き手・加藤よしきさんの名コンビは、背筋の凍るような不可解で恐ろしい話はもちろんのこと、その合間に挟まれる軽妙なトークの魅力もあって、女性・男性問わない人気を獲得しています。
今回はそんな「禍話」から奇妙な行方不明者、そして“赤いリボン”に関わる不可思議なストーリーをご紹介――。
車のドアをバタンと閉めて外に出ると、夜の山の澄んだ空気がスーッと鼻を抜け、ようやく息抜きできる土地に来た、という思いがしたそうです。
しかし、そんな爽快感のすぐ後にやって来たのは山奥の静けさ。
都心部からここまで延々と聞き続けていたエンジン音が途切れたのもあって、辺りは息苦しいほどに静まり返っており、駐車場には彼女たち以外に車は停まっていませんでした。
「こんなところにコンビニなんか作っても誰も来ないだろうなぁ」
扉を押し開けて入った店内は、古めかしくて印象的な外観と違って別段変わったところはなく、品揃えも悪くないごく一般的なコンビニという風合いでした。
なんで外観だけ昔のままなのだろう——そう思ったFさんでしたが、店員さんにその理由を聞くのもなんだか失礼かなと、入ってすぐ横の雑誌コーナーで時間を潰そうとしました。雑誌コーナーの週刊誌や女性誌はきっちりとビニールで包装がされており、立ち読みすることができない状態だったそうです。
さて、どうやって時間を潰そう。むしろ、車に残ってスマホでもいじっていた方がよかったかな……そのチラシが目に入ったのはそんな風に周囲を見渡したときでした。
チラシというよりも貼り紙のようなそれは、乱雑な手書きをコピーしたような作りで、街中の掲示板とかに貼られているならまだしも、コンビニの店内にデカデカと何枚も貼るようなものではない印象だったそうです。
【さがしています】
○○○○さんをさがしています。
身長:約○○○cm
失踪日:○○年○○月○○日【特徴】
・灰色の上着
・茶色いズボン
・婦人用の黒いバッグ
・少し足をひきずる歩き方
・右手に赤いリボンを巻いています何かご存じの方はご連絡ください。
○○○-○○○○-○○○○
上部には老婆の不鮮明なモノクロ顔写真が貼られていました。
認知症などが原因で、あるときふと姿を消してしまう事例は耳にしたこともあったので、Fさんはかろうじてわかる老婆のうつろな表情を見て心が痛んだそうです。
印象的な“赤いリボン”というのも、もしかしたら普段から行方をくらましがちだったこともあって、親族が目印がわりに付けさせていたのだろうか。きっと、山中のコンビニにまで貼りに来るほど、彼女の親族は気が気じゃなかったのかもしれないな。——そんな風に考えていたとき、Fさんはあることに気がつきました。
【さがしています】
○○○○さんをさがしています。
身長:約○○○cm
失踪日:○○年○○月○○日【特徴】
・黒い上着
・ベージュのズボン
・グレーのリュックサック
・首の右側にホクロあり
・右手に赤いリボンを巻いています何かご存じの方はご連絡ください。
○○○-○○○○-○○○○
ガラス窓に貼られているのは同じ貼り紙のコピーと思っていましたが、全部“違う老人”の失踪情報の貼り紙だったのです。
違う名前。違う身長。違う日付。違う服装。
それにも関わらず、その文言だけは全く同じでした。
【右手に赤いリボンを巻いています】
同じ老人ホームにいた人かな……だとしたら7枚はあるかというこの貼り紙の老人が、全部同じ場所から逃げたということになる。貼り紙の中には失踪したのが数年前と記されているものあるし、それはさすがにあり得ないか——そんな疑念が頭をよぎりました。
昔見たファックスのコピーのようにガビガビにぼやけた老人たちの顔写真。
“この人たちみんなもう生きていないだろうな”
突然、頭に浮かんだそんな予感。ガラスの向こうの暗い夜道に浮かぶ生首のような老人たちの白黒の写真が、自分を見つめているような気持ちがして、Fさんは急に恐ろしい気持ちになったそうです。
「いやぁ〜ごめん、ごめん! お待たせ。危なかったわ……」
トイレのある従業員扉の奥から安堵の表情を浮かべながらUさんが出てきました。
「車で待っていてくれてよかったのに」
「間に合ってよかった」
「旅行初日にゲームオーバーかと思ったよ。なんか買っていく?」
「そうだね。お茶でも買っていこう」
【右手に赤いリボンを巻いています】
その文言と貼り紙の顔を早く忘れたかったFさんは、Uさんを導くようにコンビニの奥に進んでいきました。
「翌朝の朝食は豪華だから我慢しようとも思ったんだけどさ、着いたらご飯もうないだろうし、パンかおにぎりでも買っていかない? 旅行だからって羽目外しすぎかなぁ。でもなぁ〜」
妙にはしゃいでいるUさんを横目にお茶を選んでいたFさんですが、気持ちは一向に晴れません。
一体あの貼り紙はなんなのだろう。
仮に街中にああいったものが無許可で貼られていたのなら、少し気の変な人が貼って回っているものとしてスルーできるけど、コンビニの店内にあれほどのスペースを取って貼られているということは、お店の人にも許可を取っているということになる。やっぱり店員さんにちょっと聞いてみようかな——。
レジでパンを買い込んでいるUさんの背中が退いたとき、Fさんはそう決心して店員さんに声をかけようとしました。
「あの——」
それが目に入った瞬間、Fさんの息はキュッと詰まってしまったそうです。
男性店員の右手首に赤いリボンが結ばれていました。
「118円です」
うつろな顔をして一人でレジに立っている中年店員は、Fさんの次の言葉を待っているように彼女の目を見ていたと言います。
「あ、はい……」
それ以上何も言わず、Fさんはそそくさと会計を済ませてコンビニを後にしました。
◆◆◆
旅行は何事もなく楽しく進み、週明けからまたいつもの日常が戻ってきました。
でも、Fさんの頭からはあのコンビニの光景が離れませんでした。
ネットであの地方に関する行方不明者や、奇妙な貼り紙の噂を調べてみたこともあったそうですが、それらしいものを見つけることはできなかったそうです。
多分、なんてことのない理由なのでしょう。
でも、もしそうじゃなかったら。
行方不明の貼り紙に何らかの不可解な理由があるのだとしたら。あの顔が一生自分に付きまとうような気がしてならない——Fさんは今でも思うのだそうです。
文=むくろ幽介