こんにちは。おこめをつくるフドウサン屋、omusubi不動産の殿塚建吾と申します。
私たちは「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、空き家を使ったまちづくりを生業としています。
私は一応、omusubi不動産の代表をつとめています。父方の家業が都内で不動産屋、母方の家業は千葉県白井市で梨農家を営んでいて、それぞれの文脈にバッチリと影響を受けながら、出身地の松戸市でomusubi不動産を立ち上げました。
この連載では、omusubi不動産のメンバーが代わる代わる書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介させていただきました。
連載9回目は、田んぼのお話をお届けします。
「田んぼ」という私たちの原点田んぼというと「リノベーションと関係ないじゃん」という声が聞こえてきそうでドキドキします。
そもそも、これまで私たちが手がけた事例をいくつかご紹介してきましたが、その建物の多くは建築士やデザイナーによる劇的なbefore・afterではなく、使い手によるDIYなど、時間とともに育てられ、変化していくものが多いです。
しかも田んぼとなると、もはや土地です。それの何がリノベなのでしょうか。
その答えとして、私たちは「コミュニティ自体をリノベーションしている」のではないかと考えています。
そして、その根底にあるのは、田んぼであると信じています。今回はそのお話をさせてください。
「神々廻の森」にある田んぼ。
自給率0%の自分が情けなかった私たちの田んぼは、松戸から車で40分くらいの千葉県白井市の神々廻(ししば)という場所にあります。周りは目の前にある市民プール以外は森に囲まれていて、その地名の通り、いまでも神聖な空気を感じられる場所です。そこに1反ちょっとの小さな田んぼを借りています。
田んぼを借りた理由。それはシンプルで、自分の自給率を上げたかったからです。
仕事の意義はたくさんありますが、私は最終的には食べるために働いていると考えています。それなのに食べ物をつくっていない自分が情けない。そして本業である不動産はゼロからイチをつくるより、あるものを横に流すイメージを持たれていて、事実そういう側面もあることは否定できない。なので、ちょっとでも本質に近いことをやっている免罪符がほしかった、というのが当時の心境でした。
田んぼを借りたのは2012年。実はomusubi不動産を始める2年ほど前から田んぼの活動は始まっています。
当時の自分には、根っことなるような信念がありませんでした。
仕事を辞めて、千葉県の房総半島に移住するも、東日本大震災があり6か月で松戸に帰郷。そこで前職のMAD Cityに出合い、なんとかお仕事を進めていくも、自分には何ができるのかわからずモヤモヤする日々。
そのなかでマイプロジェクトとして、「自給自足できる街を考える」というテーマの〈green drinks 松戸(gdm)〉を立ち上げました。
gdmは月1回のイベントで、トークイベントをしたり、廃材で秘密基地をつくったり、畑でバーベキューをしたりと、これまで延べ43回にわたって実施してきました。
gdmの様子。ソーラークッカーでBBQ。右の写真は、gdmメンバーの〈SlowCoffee〉の小澤陽祐さんと、オーガニックレストラン〈CAMOO〉の伊藤淳さん。
廃材を使って秘密基地をつくった。
そのなかで「田んぼをやりたい」とずっと言い続けていたところ、当時のgdmメンバーである松戸のオーガニックレストラン〈CAMOO〉の淳さんが「とのくん、田んぼ出たよ」と田んぼを貸してくれる方の情報を教えてくれました。
「不動産屋なのに、レストランの店主に連れられて土地を内見するんだ」とおもしろさを抱えつつ、着いた場所は祖父母の実家のそばである白井。「これは縁しかない」と思い、よくわからないままお借りすることだけを決めました。
そして私とCAMOOさんらが中心となり、とにかく1回目の田んぼの活動が始まりました。
1回目はハプニング続きいきなり自分たちだけでは田植えができないので、green drinks の一環として田んぼをやることにしました。「田植えします!」と告知したところ、15人も集まってくださいました。全員が猛者に見えたことをいまでも覚えています。
第1回の猛者たち。
そして2枚の田んぼを丸々1日かけて手で植えていきました。
やり方がわからなかったので、とりあえず大変さを紛らわそうと、地ならしのために田んぼでかけっこしたり、CAMOO 特製のドリンクを販売してもらったりしているうちに、徐々にみんなに謎のテンションが宿りはじめ、オリジナルのかけ声が生まれたりしながら、なんとか終了。
途中に淳さんの車が畔(あぜ)に落ちるというハプニングもありましたが、なんとか終えることができました。
よくわからないけど、田んぼでかけっこ。
車が埋まったり。
2年目からは農家のきいちさんにお手伝いしてもらう「これはプロに手伝ってもらわねば」とのことで、2年目からは白井で暮らす農家のきいちさんにご相談をすることになりました。いまでも毎年お願いしているので、かれこれ10年以上、私たちの田んぼを見守ってくださっています。
畔の補修、苗の片づけ、荒起こし、代かきなどなど。田植えをする前にはたくさんの地ならしがあります。そして、ここをちゃんとやればやるほど、その年の田んぼの風景が良くなることがだんだんわかってきました。
きいちさん。荒起こしのために機械を入れてくれます。ちなみに、荒起こしとは、田んぼの土をトラクタなどで大きく掘り起こす作業のこと。
左が荒起し後の田んぼ。
水が入ったら、きいちさんと代かきをする。代かきとは、田んぼに水を入れ、土を砕いて均平にする作業のこと。
代かき完了。
田んぼは人と人がつながる場当初は、「参加者のみなさんが自然体験のような気持ちで来てくれたらいいな(実際は労働っぽいけど)」と思いながら毎年、毎年、田んぼのメンバーを募集していきました。
田植え、稲刈りというメインイベントに加え、年数回の「田んぼマッサージ」という名の草取りもみんなで実施をしています。
初年度は15人からスタートした田んぼも、いまや毎年70名前後で集まって植えたり刈ったりしています。
参加される方も本当に多様です。
お子さんやお孫さんと毎年来てくれるご家族をはじめ、クラスのみんなで来てくれた学生さん、ときにはアメリカ在住の方が日本の短期滞在中にわざわざ来てくれたこともありました。
生まれたつながりにもうれしいものが多くありました。
「物件を借りるかわからないけど、とりあえず田んぼに来ました」というアーティストの女性が、このイベントで友だちができて松戸に引っ越しをしてきたり、田んぼで知り合った方同士で結婚して、人生をともに歩んだり。私自身の結婚式のときも、妻と収穫に行き、採れたお米を式場に持ち込ませてもらいました。
そして何より毎年参加してくれている常連さん。もはやスタッフ以上にしゃかりきに作業してくれたり、新規の方にそっとやり方を教えてくれたりしていて、本当に頼もしい限りです。
肩書、世代、住まい、国籍もバラバラに、フラットに集えるのが田んぼのいいところだなと毎年思っています。
田植えは列になって。
1本1本手で植える。(photo:Hajime Kato)
田植え完了!(photo:Hajime Kato)
みんなで稲に埋もれながら雑草をとる。
手で稲を刈る。(photo:Hajime Kato)
当初は仕事と田んぼは切り分けてやっていたのですが、ここで知り合った人が「家を借りたい」と言ってくれたり、お客さんが田んぼに遊びに来てくれたりなどを繰り返し、「あぁ、ここはコミュニティの場でもあるのだな」と実感しました。
omusubi不動産を立ち上げるときに「いまの自分たちが確実に約束できることを掲げよう。えっと……、いまは田んぼしかない」と考え、「とりあえず、なにがあっても田んぼだけは続けよう」と決めて、『おこめをつくるフドウサン屋』というキャッチコピーを掲げました(のちに、物件はつくらないのですか? という指摘を受けて、ハッとしました 笑)。
リノベも田んぼも、 人が手をいれることで環境がつくられていくつくづく、田んぼとリノベーションまちづくりは似ているなと思います。
田んぼに苗が植わり、育ち、連なって田園風景になるように、空き家に人の手が入り、使い手が育ち、それが連なるとまちの風景になる。そしてリノベーションとは、単に「古いものを新しくする」ことではなく「その場所が持っている意味や関係性を耕し、未来につなげること」だと思っています。どうしてこの場所にこの建物が建っているのか。オーナーさんがどんな想いを持っていたのか。いまの時代や予算に合わせると、どんな生かし方が考えられるのか。田んぼの準備がその年の収穫を左右するように、リノベーションにおいてもこうした「下準備」がなにより大切。
そして私たちが建物を再生するときには、「DIY可能」という条件を多く取り入れています。オーナーの支出を最低限にし、家賃を下げ、空間を改装OKにすることで、使い手にある程度の余白をつくり、あとは自分で育てていただける。
環境を整備して、あとは個々の成長に委ねるところも田んぼとの共通点です。
とある入居者さんによるDIYのbefore。
とある入居者さんのDIYによるafter。同じお部屋とは思えない仕上がり!
場に手を加えることが、 自分たちで環境を良くするマインドを育む田んぼの参加者の方がよく「この前は草取りに行けなくてすみません」と言ってくれます。こちらとしては、むしろ1回でも来てくれてありがたい限りで「そこまで思ってくれていたのか」とうれしくなります。
きっとみなさんにとって田んぼが自分たちの場所になっていて、「いい収穫をすることがみんなの共通の目標になっている」と、そんな気持ちを持っていただいているような気がしています。
そのマインドは、どこから生まれるのか。私はDIYなどを含めて、空間に自ら手を入れて関わっていることから育まれていると考えています。
この連載でご紹介させていただいた〈あかぎハイツ〉〈せんぱく工舎〉〈OneTable〉〈123ビルヂング〉〈KAMINARI〉〈アークタウン〉などは、どれもわかりやすいbofore・afterがあるというよりも、使われていく過程で住まい手や利用者の関係性が変化していき、どれも「自分たちの場所」としての実感が芽生えているように感じます。
みんなでDIYしたり。
みんなでお掃除したり。
ときにはオリジナルグッズが生まれていたり。
空間を改装してOKという、本来なら自分ではやってはいけなさそうなことを一緒にやることで、貸し手と借り手の明確な線引きが消え「自分たちの場所」になる。
自分たちの場所になるから、そこをよくしたいと思える。この想いが広がると「住んでいるまちを自分たちでよくしていきたい」という気持ちにつながっていきます。
いまこそ、コミュニティのリノベーションが大事!都市機能の老朽化、人口の減少、商店街の衰退、空き家の増加、そして環境問題など。これらは全国どの地域もが抱えている共通の課題です。
しかも問題が複雑で多様なため、いままでのように行政ばかりに頼っていては、解決することはほとんどありません。一方で草の根の活動をしていくには、たくさんの人の意見を集約するので、合意形成に時間がかかる。
若い店主と商店会、アーティストと企業、不動産オーナーと賃貸住民……。それぞれ立場が違うから、話す機会も少ない。
だからこそ、田んぼのように一緒の目的に向かって、肩書や世代を超えてフラットにつながる場をつくることが大切だと思っています。
まずは、DIY賃貸のように空間に自分の手を入れられる仕組みをつくる。ペンキを塗ったり、棚を取りつけたりする。上手であるかどうかより、小さくても手を入れることで自分の場所と感じられるようになる。
次に広場などの共用部分でウッドデッキをつくったり、イベントを一緒につくったりすることで自分「たち」の場所になっていく。芸術祭のようなお祭りもそのひとつ。
自分たちの手で刈り取った稲。
田んぼも、最初はお借りしていた、ただの土地でした。でも、手を入れて関わるうちに「自分たちの場所」になり、いまではアイデンティティにすらなっています。
草を刈る、苗を植える、盛り上げるために音楽を演奏する、お弁当をつくる。小さくても役割を持ち、人とつながることで居場所ができてくる。
そうしたお互いさまの関係によって、ちょっとずつ一緒に協力できることが増えていく。
リノベーションは建物を直すだけじゃなく、そのプロセスを共有することで「誰かのもの」から「みんなのもの」にすることでもあります。
まちを育てるための「下準備」は、こうした新しいつながりの再構築、つまりコミュニティのリノベーションが必要。その下地があってこそ、まちもリノベーションできるはずです。私たちの場所がどれも新しいつながりと小さなDIYの積み重ねから自ら変化していったように。
そのために、私たちはこれからもまちを耕し続けていきます。
毎年のうれしい風景!
リノベのススメ、長い間ありがとう!この連載は、今回で最終回となりました。vol.1の記事でも書かせていただいたように、〈リノベのススメ〉が始まった頃、私はまだ独立をする前で、最初にMAD Cityのスタッフとして連載記事を書かせていただきました。この10年でリノベーションの定義自体もかなりアップデートされてきたように感じます。〈リノベのススメ〉はその変化を追い、地域ごとに実践者の生の言葉から発信してくれていて、「うぉー!こんなやり方があるんだ!」とか「いやあ、◯◯さん、まじで大変っすよね。沁みる……」など、私個人にとっても、すごく心の支えになる連載でした。きっと全国にも同じような想いをもった読者がたくさんいるはずです。連載が終わっても、全国の実践者はそれぞれのリノベをススメていくはずですし、私たちもできる限り、続けていきたいと思います。編集部のみなさん、すてきな連載を続けていただき本当にありがとうございました。
information
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おむすびふどうさん●「自給自足できるまちをつくろう」をコンセプトにまちの方々と田んぼや稲刈りをするフドウサン会社。築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」をはじめとしたシェアアトリエを運営するほか、松戸市主催のアートフェスティバル「科学と芸術の丘」の実行委員として企画運営を行う。2020年4月下北沢のBONUS TRACKに参画。空き家をつかったまちづくりと田んぼをきっかけにした暮らしづくりに取り組んでいます。https://www.omusubi-estate.com/
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編集:中島彩