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札幌のギャラリーで開催中の絵本原画展。かわいらしい動物たちの姿に癒される。

  • 2023年11月8日
  • コロカル
1番好きな生き物は、ラッコとパンダ

2020年夏に東京から、北海道岩見沢市の山あいにある美流渡(みると)地区に移住した画家・MAYA MAXXさんは、絵画制作とともに絵本も描き続けている。昨年から今年にかけて絵本の原画展が北海道各地を巡回。現在、札幌のギャラリー〈HUG〉(北海道教育大学 アーツ&スポーツ文化複合施設)で原画展が開催されていることから、今回はMAYAさんの絵本について紹介したい。

10月30日まで東川町のモンベルギャラリーで開催された『ぱんだちゃんとおらんちゃんがやってくる!』展。

10月30日まで東川町のモンベルギャラリーで開催された『ぱんだちゃんとおらんちゃんがやってくる!』展。

9月30日まで新十津川町図書館で開催された『タオルの帽子』絵本原画展。故郷、今治がタオルの名産地であることから、タオルが人生の節目節目に寄り添う存在であることを表現した(原案・伊藤幸恵)。

9月30日まで新十津川町図書館で開催された『タオルの帽子』絵本原画展。故郷、今治がタオルの名産地であることから、タオルが人生の節目節目に寄り添う存在であることを表現した(原案・伊藤幸恵)。

札幌のギャラリーHUGで開催されているMAYA MAXX絵本原画展(11月12日まで)。

札幌のギャラリーHUGで開催されているMAYA MAXX絵本原画展(11月12日まで)。

最初に刊行された絵本は『ORPHAN』(1997年)。タイトルは「みなしご」という意味で、たったひとりになった「僕」が世界に向かって叫びを上げるという内容。個展のときに、大きな原画を本のように束ねて展示した作品で、会場を訪れた編集者から絵本として刊行したいというオファーがあってかたちになったそうだ。

『ORPHAN』(小学館)。

『ORPHAN』(小学館)。

子どもに向けた絵本をつくるという意識で初めて取り組んだのは『しろねこしろちゃん』。お話は、50年以上前に月刊『母の友』に掲載された森佐智子さんによるもの。福音館書店の編集者から、この物語の絵を描いてほしいという依頼があったそう。

「福音館書店といえば絵本出版社の金字塔ともいえる存在。子どもの頃、お母ちゃんがたくさん福音館の絵本を買ってくれたこともあって、出版が本当にうれしかったです」

黒ネコのお母さんが産んだのは、3匹の黒ネコと1匹の白ネコ。どうして自分だけ毛の色が違うんだろうと悲しい気持ちになっていたシロちゃんの元に、お父さん猫が帰ってきて……。勢いのある黒い線で描かれた作品。

黒ネコのお母さんが産んだのは、3匹の黒ネコと1匹の白ネコ。どうして自分だけ毛の色が違うんだろうと悲しい気持ちになっていたシロちゃんの元に、お父さん猫が帰ってきて……。勢いのある黒い線で描かれた作品。

この出版をきっかけに、福音館書店を中心に多数の絵本が刊行された。そのなかでも多くの人に親しまれているのが『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』だろう。この2冊は、MAYAさんが陸上と水上でもっとも好きな動物を描いたもので、月刊絵本「こどものとも0.1.2.」シリーズより刊行され、のちに単行本になった。

0〜2歳向けのシリーズとして刊行された『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』(いずれも福音館書店)。

0〜2歳向けのシリーズとして刊行された『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』(いずれも福音館書店)。

「好きなものほど、本物をあまり見たくないという習性があります。初めて本物を見たという1回しかない出合いの衝撃と喜びを大事にしたいから」

ラッコは長らく本物を見ないようにしてきた動物だったが、あるときコニーアイランドの水族館で思いがけず遭遇。「いま、見てしまう? どうする?」と葛藤したが、あまりのかわいさに耐えられずに結局2時間くらいそこに立ち尽くしたそう。

「ラッコは何も気にしていない。ただ生きている、ただ生きていることを楽しんでいる」

そのとき湧き上がってきた、歌いたくなるような踊りたくなるような感覚から、絵本が描かれたという。

『らっこちゃん』の最後のページ。

『らっこちゃん』の最後のページ。

『ぱんだちゃん』の絵本にも、この「ただ生きている」という感覚は共通している。

「パンダは、ほかの動物が食べない、栄養価が低くて消化も悪そうな竹をあえて食べている。あれだけの大きな体を維持していくために、起きている間じゅう食べている。食べることしかないように思います」

パンダの背景一面に葉を描き、竹をたくさん食べるということを表したページがある。しかし、その無数の葉を見て子どもたちは「葉っぱがパンダに刺さりそう、たいへん!」と捉えたそうだ。

無数の竹を食べるぱんだちゃんの原画。

無数の竹を食べるぱんだちゃんの原画。

「自分ではそんなつもりはなかったんだけど、なるほどそういうふうに見えるのかと思いました。自分の考えなんて本当に浅いなと思いましたね」

ずっと変わらない小さい子が自分のなかにいる

ラッコ、パンダと続いて「もし、ほかに好きな動物をあげるとしたら、それはなんですか?」と編集者から問われたことから、さらにもう1匹、動物が主人公となった絵本が生まれた。

「オランウータンが好きですね。動物園でも比較的、野生が損なわれないでオリジナルな生き方、あり方を続けていると思います」

月刊絵本「こどものとも年少版」シリーズ『おらんちゃん』(福音館書店)。

月刊絵本「こどものとも年少版」シリーズ『おらんちゃん』(福音館書店)。

北海道に移住してから、旭山動物園を訪ね、オスのオランウータンに魅了されたという。飼育員さんが解説をしている横で、自分がいま何を求められているのかをわかっている様子で、目をくるくるさせながら愛くるしい表情を見せていたそう。

「動きもユーモア、体つきもユーモア。腕から長い毛が垂れているところとか、すべてがユーモアでできているって、おらんちゃんを見ていて思うのね」

パンダとラッコの絵本は、背景は描かず紙の白を生かしたが、オランウータンは深い森のなかにいてもらいたいと、絵の具を3、4層重ねて背景を表現。ページごとにおらんちゃんが森で「遊ぶ」様子が描かれた。

モンベルギャラリーの原画展より。『おらんちゃん』。

モンベルギャラリーの原画展より。『おらんちゃん』。

アップで見ると、おらんちゃんを取り巻く世界が細かく描かれていることがわかる。

アップで見ると、おらんちゃんを取り巻く世界が細かく描かれていることがわかる。

あめがふってきました おらんちゃんは したを うんと のばしてあめを のむのが おきにいりだって おもしろくて おいしいんだもん

やまの むこうに ゆうひが しずみますおらんちゃんは ゆうひを みるとさびしくなって くちが とんがっちゃうの

そらの うえから よるが やってきましたおらんちゃんは ねむくなって おおあくびふわあーあ(『おらんちゃん』より)

『おらんちゃん』。

『おらんちゃん』。

MAYAさんは子どもの頃、雨が降ると口を開けて、飛び込んでくるしずくを飲むのが好きだったそう。また、夕日が沈むとき、ふと「心がジーンとなって」涙が出そうになり、口を尖らせることで、それを止めようとしたという。そして、故郷でいつも見ていた瀬戸内海では、闇が上からカーテンのように降りてきて、空と海との境が消えていったことを覚えていると語る。

「結局、子どもの頃に思ったことが、一生なんだね。もう62歳だけど、ずっと変わらない小さい子が自分のなかにいるんだよ。その小さい子は今でも夕陽が沈むのを見ていると、口がとんがっちゃうんです。そういうことを忠実に表現していけば絵本っていいんじゃないかなと思います」

最後のページでは、お母さんに抱かれて眠るおらんちゃんの姿が描かれている。

きょうも とっても たのしかったねあしたも きっと たのしいねおやすみなさい おらんちゃん(『おらんちゃん』より)

『おらんちゃん』。

『おらんちゃん』。

「今日も楽しかったな、明日も楽しいよきっとね、と子どもが思えていたら、この世は平和だなと思います」

伊藤比呂美さんとつくったばあちゃんの絵本

生きること、そして死を迎えることを、祖母と孫の姿を通じて描いた絵本もある。文は詩人の伊藤比呂美さん。あるとき伊藤さんは、京都で行われたMAYAさんの展覧会を訪ね、このとき一緒に絵本をつくりたいと思ったという。伊藤さんとMAYAさんは対話を重ね、MAYAさんがおばあちゃん子だったことがきっかけとなって、『ばあちゃんがいる』が生まれた。

月刊絵本「こどものとも」シリーズ『ばあちゃんがいる』文・伊藤比呂美(福音館書店)。

月刊絵本「こどものとも」シリーズ『ばあちゃんがいる』文・伊藤比呂美(福音館書店)。

MAYAさんは、ばあちゃんを絵にするにあたって、昔話で語られた山姥や鬼子母神の姿を描いても、いまの子どもにはフィットしないのではないかと考えた。

「ジャニス・ジョプリン(ロック・シンガー)がおばあさんになったら、こんな感じじゃないの? と思って描きました。服は、〈ドリス ヴァン ノッテン〉をイメージしています」

『ばあちゃんがいる』。

『ばあちゃんがいる』。

伊藤さんの文章を自分なりに解釈して絵を描いたMAYAさん。絵が上がると、それに合わせて伊藤さんは文章を書き換えていった。ラストシーンの改訂はとくに印象的だったという。

かえってきたのはばあちゃんの ねどこだ。ばあちゃんは いなかった。そとに あいつが いた。よんだら、きて わたしの てを なめた。あったかくて ぬれたベロだ。(『ばあちゃんがいる』より)

『ばあちゃんがいる』。

『ばあちゃんがいる』。

ばあちゃんの「国」で遊んだ孫が、現実の世界に戻ってくるシーン。最後の3行は、絵ができてから加えられたものだという。

「『あったかくて ぬれたベロだ』は、なかなか浮かばない言葉だと思いました。オオカミの子の口元を触る手は、最初片手だったんですが、それではリスペクトする気持ちが感じられないと思って両手に変えました」

ギャラリーHUGの原画展より。『ばあちゃんがいる』。

ギャラリーHUGの原画展より。『ばあちゃんがいる』。

サルは森のなかを探し、見つける

『ぱんだちゃん』で描いたように生き物にとって欠かせない「食べること」を、かわいらしい表現とは別の方向から描いた絵本もある。当時、MAYAさんが絵画作品に多く描いていたモノクロームのサルが主人公となった『さるが いっぴき』。

月刊絵本「こどものとも」シリーズ『さるが いっぴき』(福音館書店)。

月刊絵本「こどものとも」シリーズ『さるが いっぴき』(福音館書店)。

「この本のなかでさるは、雨が降っても風が吹いてもひたすらに食べ物を探し、そしてむしゃむしゃ食べています。そうやってただただ命をつないでいるうちにふと愛を見つけます」

『さるが いっぴき』。

『さるが いっぴき』。

サルが森から森を駆け巡っていく疾走感が伝わり、どんどんページをめくっていきたくなる。最後にそれが静寂へと転換し、1匹だったサルが2匹になって物語が終わる。ただそれだけなのだが、心が揺さぶられる。

ギャラリーHUGの原画展より。『さるが いっぴき』。

ギャラリーHUGの原画展より。『さるが いっぴき』。

今回、道内各地の原画展で、MAYAさんの絵本にあらためて触れる機会があった。旭川、剣淵、東川を巡回した『ぱんだちゃん』『おらんちゃん』と、札幌で現在展示中の『さるが いっぴき』『ばあちゃんがいる』は、絵のタッチが大きく違う。

しかし、そのどれにも貫かれた、共通の芯があるように感じられる。ページを閉じたときにあたたかな気持ちが残り、生きるという本質に目を背けてはいけないという思いに駆られる。

information

MAYA MAXX 絵本原画展

会場:北海道教育大学 アーツ&スポーツ文化複合施設 Hue Universal Gallery

住所:札幌市中央区北1条東2-4 札幌軟石蔵

TEL:011-300-8989

会期:2023年11月1日(水)〜12日(日)※火曜定休

時間:12:00〜18:00(最終日〜17:00)

入場料:無料

交通:地下鉄大通駅27番出口(テレビ塔)から徒歩7分

主催:北海道教育大学岩見沢校 アートマネジメント音楽研究室

問い合わせ:090-9671-0565(宇田川)

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。https://www.instagram.com/michikokurushima/

https://www.facebook.com/michikuru

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